くつ屋のペンキぬり-12(小説)

 聞きつけた場所まで行ってみますと、明るいうちから薄暗い、洞穴のような酒場でした。これはそんなに悪い意味ではなくって、何度も申し上げますけれども太陽の近い国ですから、明るいうちにはなんとかして日差しを避けて暮らさなくてはなりません。そうかと思えば、夜には凍えるほど冷え込む日もありますから、特に夜、夜中、明け方までやっている酒場なんてのは、なるべく地面とおんなじ涼しさになりますよう、分厚い壁でよく覆われているのでした。
 風通し用の窓がほんのちょっと開いている以外には青空の見えない店へきて、ぼんやりとした赤っぽいランプをなんともいえず味のある色だなあと眺めていますと、「兄さんもう酔ってんのかい」と脇から声を掛けられました。見れば入り口に近い丸テーブルの一陣が、羽振りよさそうに冷えた酒を掲げています。
「やあ、ここに北へ行く人があると聞いたのですが」
「それは俺たちだろうが、北って言っても関所をちょっとはみ出るくらいさ」
「そうさな。俺たちには違いなかろうが」
「兄さん聞いたぜ、ずっとずっといちばんに北から来たんだろう。生家のおふくろさんを見舞ってくれってんなら悪いがそういうわけだ」
「だが向こうの、カウンターでちびちびやってるのがいるだろう」
 順繰りに口を開いた四人目が、つい、っと奥の席を指差します。
「連れてけってうるさいもんで連れてくんだが、あいつはどうも関所よりだいぶ北までいくらしい」

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