だけど願いはかなわない 第十二話「ジュン」
５がつ 16にち
あした おたんじょおび です。
もうすぐ ６がつ です。
アメリカの がつこうが おやすみに なつて シロさんが かえつて きます。
わたしわ ６がつが だいすき。
五月十六日 はれ
明日は、わたしとあおいちゃんのたん生日。
今日、ピアノのおけいこがあったのをわすれて、あおいちゃんちでゲームをした。お母さんに、おこられた。
でも、あおいちゃんのおばさんが、シロさんが六月十五日にかえってくるっておしえてくれた。
だから、おこられても、へいき。
五月十六日（金）晴れ
明日で十一歳になる。
今日、あおいちゃんから、今年の夏は、シロさんがあんまり日本にいられないって聞いた。七月にニューヨークである、頭が良い子だけのサマースクールにしょう待されてるからだって。
あおいちゃんは、八月になったら、ニューヨークに行くらしい。ズルイ！
私も、あおいちゃんのトランクに入って、こっそり行けないかな？
今、ニューヨークのシロさんの家には、モーリスっていう男の子もいるんだって。前にいたキムっていう子には、会えなかったから、モーリスには、会ってみたいな。モーリスも、“ようし”になるかもしれないんだって。そうなったら、シロさんには兄弟がふえるけど、あおいちゃんとも兄弟になるのかな？？？
私はひとりっ子だから、とってもうらやましい。
五月十六日（月）小雨
明日は誕生日。だから、今日は十三歳最後の日だ。
シロさんは、サンフランシスコにある『カリフォルニア大学バークレー校』という所に進学する事が決まった。本当ならまだ高校生なのに、飛び級で進学する。さすが、私のシロさん！
それはおめでたいけど、寮への引っ越しの準備があるから、今年の夏は早めにアメリカに戻っちゃうらしい。
シロさんの彼女になれてから初めての夏休みなのに、すごくさみしい。
でも、私も再来年は高校生になる。そうしたら、アルバイトをして飛行機代を貯めて、サンフランシスコに会いに行くんだ。
こうやって日記を書いている間も、シロさんに会いたい。シロさん、早く日本に帰って来てね。
５／16（火）晴れ時々くもり
強引なサークル勧誘のせいでちょっぴり不安だったけれど、大学生活にも少しずつ慣れてきた。寮の住み心地は今ひとつ。でも、どうせ数ヶ月の我慢だ。
それより、もうすぐシロさんが日本に帰ってくる。今までの「帰ってくる」とは違って、シロさんは本格的に日本で暮らす事になる。それも、私と。
シロさんと一緒に住めるなんて、本当に夢みたい。去年の日記が出てきて、去年の今日、「ジュンが東京の大学に受かったら一緒に暮らそう」と言われた事が書いてあった。だから、今日は小さな記念日。
うちのお父さんは反対してたけど、お母さんが「どうせジュンはいずれシロウ君と結婚するんでしょうし、東京で一人暮らしするより安心じゃないの」って説得してくれた。
シロさんの大学卒業が待ち遠しい。シロさん、早く帰って来てね。
明日は、私とあおいちゃんの誕生日。
４／26（土）晴れ
シロさんは一人行動が好きなので、ふらりと旅に出たり夜の街に気分転換に出かける時は大抵一人だ。けれど今夜は珍しい事に、あおいちゃんに誘われて飲みに行った。私も行きたかったけど、二人きりで話したい事があるからってあおいちゃんに断られた。あおいちゃんのケチ。
仕方ないので、一人で駅前のカフェで読書を楽しんだ。最近のシロさんのお気に入りのお店で、二人でもよく通っている。
せっかくあおいちゃんも東京に居るのに、あんまり会えてないな。あおいちゃんのアパートよりうちのマンションの方があおいちゃんの大学に近いから、飲みの後そのまま泊まっていけばいいのに。
シロさんと一緒に住むようになって二年以上経つのに、未だにシロさんがずっと側にいる事が信じられなくて、今日みたいに帰宅が遅い日はやっぱり夢なんじゃないかと少し不安になってしまう。自分の事ながら、シロさんが好き過ぎて笑ってしまう。
シロさん、早く帰って来ないかな。できれば、私が眠っちゃう前に帰ってきてね。大好き。大好き。
５／16（金）
今日で一週間 どうして
事件✘ 事故✘
手が震える 文字が上手く書けない
怖い シロさん無事でいて
／ （ ）
シロさんは帰ってくる帰ってくる絶対帰ってくる
だって私が待っていればいつも帰ってきてくれたもの絶対に帰ってきてくれたもの
早く帰ってきて早く帰ってきて早く帰ってきて
／ （ ）
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５／16（月）
あおいちゃんが一人で泣いているのを見てしまった。
あまり皆に心配をかけないで済むよう、もっとしっかりしなければ。
シロさんはきっと帰ってくる。その日のためにも、頑張ろう。
そう言えば、明日は私達の誕生日だ。ずっとお祝いしていなかった。今年はあおいちゃんのプレゼントを用意しよう。
５／16（水）晴れ時々くもり
ここ最近、派遣先の岡さんに付きまとわれていたけれど、今日キッパリとお断りをした。岡さんは悪い人では無いのだろうけれど、賢い人だとは言い難い。「せっかく美人なのに一人で居るなんてもったいない」と言われ、失笑してしまった。
私の容姿をあれこれ言う人は多いけど、シロさんが居なければ私の外見なんて何の価値も無いのだから放っておいて欲しい。私は、シロさんさえ帰ってきてくれるなら、世界一の醜女になったって構わない。
面倒臭いから、これから仕事先ではあおいちゃんを婚約者だという事にしておこう。
私の事情を知った人は皆、早く忘れた方がいいとか、かわいそうだとか、好き勝手な事を言う。でも、平気。
私は、こんなにも強い気持ちで恋ができる相手と出会えた自分を、決して不幸だなんて思っていない。この痛みもシロさんが私に与えたものだから、全部受け止める。私の一部だから、誰にもあげない。
明日は私とあおいちゃんの誕生日。二十代後半になるなんて嘘みたい。
５／16（土）小雨
シロさんの失踪宣告と形ばかりの葬儀が終わってから、一週間。
今日も、いつものカフェでシロさんを待った。仕事を辞めてから毎日通い詰めているから、店員さんには変に思われているだろうな。
夕方、シロさんと通っていた頃の店長さんがお店に遊びに来ていて、私に気付いて会釈してくれた。
あのお店で本を読んでいると、シロさんが側に居るような気がする。
あおいちゃんは少し心配してるみたいだけど、四十九日が終わるまではこうしていたい。
明日は私達の誕生日。
７／５（木）くもり時々小雨
シロさんの四十九日。空っぽの骨壺を納骨した。
アメリカのご両親の意向もあり、葬儀関係はお互いの国でそれぞれ行う事になっている。アメリカでも日本でもシロさんが愛された証にと。
以前読んだ本の中に、『葬式に関する一連の物事は、故人のためではなく残された側の気持ちの整理のためにある』という一文があったのを思い出した。
だけど私は、シロさんは生きているのにと、頭の片隅でずっと思っている。
あおいちゃんのおじさんから、「ジュンちゃんの幸せを生きて欲しい」と言われた。私の幸せって何なんだろう。
シロさんに恋をした頃からずっと、私の幸せはシロさんだったのに。
10／１（月）晴れ
最近、横になっても眠れない。
何時間もかけてやっとウトウトし始めた頃、朝が来てしまう。以前から眠りは浅い方だったけれど、ここ数ヶ月は特に酷い。
昨夜は、気分転換に毛布にくるまったまま家の中を色々移動してみて、最終的に玄関横に座り込んでみた。床がひんやりして気持ちよくて、少し眠れた。
久し振りに、シロさんが玄関ドアの鍵を開けている夢をみて思わず飛び起きたら、あおいちゃんが床で寝ている私を呆れ顔で見ながら歯磨きしていた。
短期のアルバイトだけど、新しい仕事が決まった。本屋の○○堂で、クリスマス用の特設カウンターでの接客やラッピング。正社員じゃ無くても社割で本が買えるらしい、ちょっと嬉しい。
12／５（月）晴れ時々雪＊初雪＊
アルバイト先の本屋さんで変な人から無理矢理名刺を握らされ、咄嗟の事だったので思わず受け取ってしまった。
東京って、いかがわしい事務所の勧誘が本当に多いけど、仕事中に名刺を渡されたのは初めてで、驚きを通り越して少し面白かった。
それにしても、いかにも堅気じゃ無さそうな、怪しい人だったな。
夜は相変わらず眠れない。玄関横で寝るとシロさんの夢を見られる事が多いからか、ほとんど無意識に玄関に移動している事がある。さすがに十二月だから気を付けないと。
12／６（火）晴れ
バイトの休憩中、昨日受け取った名刺がエプロンのポケットから出てきて、改めて目を通してみたらシロさんの本棚にある作家さんの名前でびっくりした。鬼塚勇（いさみ）。作品数は多くはないけど、シロさんのお気に入りの小説家の一人だ。
思わず電話をかけたら、私の事を雇いたいので是非一度話を聞きに来て欲しいと言われた。
あおいちゃんに話したら、そういう手口の悪質なナンパじゃないかって心配してるけど、何となく悪い人では無いような気がするんだけどな。
そういえば、私も「昨日名刺をいただいた者です」としか言わなかったし、あちらからも名前を聞かれなかった。でも、作家さんって変わった人が多いみたいだし、約束もしたので取りあえず一回会ってみようと思う。
12／20（土）晴れ
鬼塚さんのもとで働き始めて、もうすぐ一年。今日は土曜だけど、年末進行で忙しいので仕事だった。鬼塚さんは丸二日寝ていない。
この一年の間、何度辞めてやろうかと思ったか分らないけど、原稿が完成したときの達成感は爽快だ。そして何より、彼の才能に惹きつけられる。
そう言えば今日、資料探しをしていた時に、大量の原稿用紙を見付けた。手書きの原稿なんて珍しいなと思って見てみたら、鬼塚さんの小説だった。でも、私が読んだ事がある話とはどれも違ったし、原稿用紙の状態からしてそんなに古いものでも無さそうだったので、あれは多分世に出ていない作品だと思う。
以前鬼塚さんはもう小説は書かないと言っていたので、何だか見てはいけないものを見てしまった気持ちになった。
２／27（金）くもり時々雨
そもそもあのアプリに登録したのは、不眠がいよいよ酷くなって、もしかして自分には人肌が必要なのかもと思い至り、それなら誰かと寝てみようと思ったからだ。
色々迷ったけど、あの優しそうなハルキ君とならきっと大丈夫。来週、また会ってみる事に決めた。
５／15（土）くもり時々雨
明後日の私達の誕生日も兼ねて、あおいちゃんとレイトショーで××××を観た。
今年のプレゼントは、駅前の雑貨屋で見かけたブルーの傘を用意している。あおいちゃんの好きな色だから喜んでもらえたらいいな。
９／12（日）晴れ
ハルキ君と会って「スミちゃん」と呼ばれていると、凄く気が楽だ。
それに、ハルキ君は本当に優しい。ハルキ君と接していると、言葉の端々に彼の温かい人柄を感じる。最初はある程度は打算があっての優しさだろうなと思っていたけれど、そう思っていた自分が恥ずかしいくらいだ。
あまりに優しいので、彼を騙している事を申し訳無く思ってしまう。
でも、今は甘えていたい。
あおいちゃんから「ジュンは最近明るくなったな」と言われたので、ハルキ君のおかげかなと思っていたら、「何かよく怒ってるし」だって。それは、鬼塚さんに怒らされてるだけ！
11／４（木）晴れ
最近、外出中によく視線を感じるような気がする。
過去に何度かストーカー紛いの事をされた事はあるけど、ああいう変にコンタクトを取ってくる感じとは違って…上手く言えないけど、探偵とかに着けられたらこんな感じかもしれないなと思う。
ただの気のせいならいいけど。
あおいちゃんに言ったら心配するから、このまま何事も無ければ黙っておこう。
11／26（金）晴れ
今日、また気になる事があった。
仕事帰りにあおいちゃんと駅前で待ち合わせをしていて私が一人で待っている間中、白いコートを着た女の人がこちらをうかがっていた。
単に誰かと待ち合わせ中の人なのかなと思ったけど、しばらくしてやって来たあおいちゃんを見て、急に慌てた様子でどこかに消えた。あれは明らかに私達を見ていたと思う。
もしかしたら、スリとか物取りの類いで、私を狙ってたけど強面のあおいちゃんに驚いて逃げたのかも。
12／４（土）晴れ
二日ぶりに帰宅した。この三日間、色々あり過ぎて思考が追いつかない。
あの人、病院で遭遇した時はすぐに思い出せなかったけど、その後ホテルで鬼塚さんからハルキ君の奥さんだと聞いた時、全部納得がいった。多分、前に駅前で会ったのもあの人だ。
何にしても、もうハルキ君とはお別れするつもりだけど、彼の事を心配してしまっている自分が居る。でも、きっと、変に情をかけない方がいい。結局お別れするのなら、余計辛い思いをさせるだけだ。
12／11（土）くもり
この一週間、どう伝えたらいいか悩んだけど、きっとハルキ君の方も覚悟はしているだろうし、ごくシンプルに今までありがとうと伝えた。
気が重かったけど、年末進行の時期で仕事が忙しいので助かった。プレッシャーにやられた鬼塚さんがまたセクハラしてきたので、鬼塚さんの本名で「シノブちゃんはコーヒーでも飲みますか？」と呼び返してあげた。私が知らないと思っていたみたいで慌ててた。
帰宅してあおいちゃんに話したら、「同じ中性的な名前を持つ男として同情を禁じ得ない」と苦い顔をしていた。でも、あの時の鬼塚さんの驚いた顔、面白かったな。
ふと、ハルキ君は落ち込んでいないかなとか考えてしまう。でも、これも一時の感情なんだろうなとも思う。きっとすぐ忘れる。
もうすぐシロさんの誕生日。また、あのカフェに本を読みに行こうかな。
そう言えば、ハルキ君には結局本名もちゃんと ーーーーー彼の事を考えるのはやめよう。多分、もう会う事も無い。けれど、もし、あの可愛い顔を見てしまったら、きちんとお別れを言えるか自信が無い。ううん、だからきっと、会わずに終わって良かったのだと思う。
とりあえず、鬼塚さんの驚いた顔を思い出して気を紛らわしておこう。
つづく
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