見出し画像

カメラを向けられて「いいおかお」をしていた

「いいおかお」というタイトルの絵本がある。松谷みよ子さんが文章を、瀬川 康男さんが絵を担当しており、この二人は誰でも一度は名前を聞いたことはあるだろう、「いないいないばあ」という絵本の作者だ。

ふうちゃんという女の子が、「いいおかお」をして座っているところから始まり、
「いいおかお見せて」と言って、ねこがやってくる。
そしてそのねこも「いいおかお」をして女の子の横に座る。

そして次々と動物たちがやってきては「いいおかお」に加っていき、最後にはお母さんが「いいおかおね」と言ってビスケットをくれる。そんなストーリーだ。

この本が印象的なのは、この「いいおかお」の描き方にあると思っている。
登場人物たちはみな一様に、わずかに広角を上げて微笑を浮かべている。
まるで眠っているかのように穏やかで、満ち足りた表情だ。


ところで、わたしは写真を撮られるのが上手くない。
カメラを向けられると、自分では最高に「いいおかお」してレンズを見つめるのだけれど、いざ写真を確認するとどうしようもなくぎこちない笑みを浮かべた顔が写っている。

先日、娘を抱っこしていると夫がカメラを向けてきた。しばらく撮られるに任せていたのだけど、なかなか思うような写真が撮れないらしい。
「カメラを意識しないで〜」
夫のダメ出しを受けつつ、それならばとカメラから目線を外してみるが、やはりダメらしい。
パシャパシャと、スマホのシャッター音が鳴り響くこと数分。
「これはいいかな」
ようやく納得いく写真が撮れたのか、夫がスマホを差し出してくる。
見ると、ギョロっとした眼差しを夫に向けているわたしの姿があった。
「これはいいよ」と言う夫に対して、全然納得がいかなかった。
それは「いいおかお」どころか「わるいかお」である。
それ以外にもあるだろう!こっちはどれだけ笑みを浮かべていたと思っているんだ。
しかし夫はその写真がいいと言って譲らない。その写真が一番わたしらしい表情をしているから、らしい。

そう言えば、いつからかカメラを向けられると決まって同じ表情をしていた。
ちょっと広角を上げて、少し目を細めて…
結果としていつものぎこちない笑顔の出来上がり。
いや、もちろんぎこちなさを望んでしているわけではないのだけれど。
最高ではないけれど、最低とまではいかない、ちょっと他所行きの笑顔。

夫が自分の幼少期からのアルバムを見せてくれたことがある。よちよち歩きの頃から小学生、そして中学生までの写真が納められていた。
小さい頃は、あまりカメラを意識していない。何かに夢中になって遊んでいたり、どこかぼんやりしたような表情でカメラを見つめていたりする。成長するにつれて、真っ直ぐにカメラを見つめて満面の笑顔を浮かべているものが増えてきた。そして中学生…。
「ねぇこの写真…」
思わず目を留めてしまったのは学ランをまとった若かりし頃の夫の写真。
口は半開き、そしてシャツのボタンは上2つ3つ開けていて、いかにも斜に構えた表情。
悪ぶっている。面白い。面白すぎる。こんな夫の過去の姿があったのかと感動してしまった。
これはいい写真だ、と思いながら、はたと気づいた。
「いい写真」って、その時その人が一番自然な姿で写っている写真ではないだろうか。
それがたとえ悪ぶっている姿だろうか、満面の笑みだろうが、半べそだろうが。

その写真を見ると、当時の記憶がよみがえってくるような。
一枚の写真を頼りに、その人の声、感情、思いがまるで想像できてしまうような。そんな写真。

夫の写真フォルダにはわたしの写真が入っている。不自然な笑みを浮かべた「いいおかお」の写真と、写真を撮られることに飽きてギョロリと夫を見つめる「わるいかお」の写真だ。いつか、月日が流れて何十年も経ったら、どちらの写真がより当時の懐かしさを感じるだろう。

残念ながら、きっと「わるいかお」の写真だろう。

いつかその写真を夫婦で見られる日を少しだけ期待しながら、いつかは、自然のままでいい顔ができる人間になりたいと願うのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?