「またハラスメントか…」から脱却! 職場環境改善の処方箋
「またハラスメントか…」
職場環境を悪化させ、働く人の尊厳を深く傷つけるハラスメント。日々ニュースで取り上げられるものの、一向に減る気配がありません。
一体なぜでしょうか?
今回は、日本社会に根深く残るハラスメント問題を取り上げてみました。
特に、企業におけるハラスメントを例に挙げ、文化的価値観の影響や加害者の認知の歪み、そして、なぜ従来の教育では効果が出にくいのかを解説します。
さらに、ハラスメントを根絶するための具体的な対策についても考察していきます。この記事を通して、ハラスメント問題の複雑さと深刻さを理解し、より良い職場環境を作るためのヒントを見つけていただければ幸いです。
ハラスメントの温床は日本社会特有の文化構造にある?
日本のハラスメントは、日本社会特有の文化的背景と深く結びついています。特に、職場における厳格な上下関係は、ハラスメントの発生を助長する大きな要因の一つです。
権力勾配が生み出すハラスメントの温床
日本社会では、年功序列や肩書きを重視する傾向が根強く、職場においても上位者と下位者の間に明確な権力勾配が存在します。この権力勾配は、上位者が下位者に対して優位な立場に立つことを許容し、場合によってはハラスメント行為を正当化する土壌を生み出してまいます。
例えば、パワハラにおいては、上司からの厳しい指導や叱責が「教育の一環」として正当化されたり、セクハラにおいては、性的な冗談や言動が「コミュニケーションの一環」として見過ごされたりすることがあります。そうすると、被害者は「和を乱す」ことを恐れて声を上げられなかったり、目上の人間である加害者に逆らうことが難しいと感じ諦めてしまい、結果、ハラスメントが放置されてしまうのです。
日本文化の価値観がハラスメントを助長する
また、前述の例ともかさなるのですが、「空気を読む」「和を乱さない」「目上を敬う」といった日本文化特有の価値観も、ハラスメント問題を複雑化させていると言えます。これらの価値観は、社会秩序を維持する上で重要な役割を果たしてきましたが、一方で、ハラスメント被害者が声を上げにくい状況を作り出す要因にもなっています。
被害者は、これらの価値観によって、ハラスメントを受けていることを我慢したり、誰にも相談できずに一人で抱え込んでしまったりすることがあります。日本の職場におけるハラスメント問題が長期化・深刻化する傾向にあるのは、この日本文化の影響も大きいと言えます。
ハラスメントの火種となる世代間ギャップ
さらに世代間ギャップも、ハラスメント問題を複雑にする要因の一つです。もちろん、世代の中でも一人ひとりの価値観は異なりますが、それぞれの世代は、成長過程で経験した社会的・文化的背景の影響を受け、ある程度の共通した価値観の傾向を持ち合わせています。
そして上の世代は、過去の経験や価値観に基づいて行動する傾向がありますが、下の世代は、異なる価値観や考え方を持っている場合があります。特に、価値観は「良い」「悪い」、「好ましい」「好ましくない」といった感情と強く結びついているため、この違いがコミュニケーションの齟齬や誤解を生み、ハラスメントにつながる可能性があります。
幅広い世代が混在し、かつ権力勾配もある職場では、この世代間ギャップがより顕著になりやすいと言えるでしょう。例えば、上の世代が当たり前と考えている言動が、下の世代にとっては不快に感じられ『ハラスメントだ!』と受け取られるケースも少なくありません。
メンタルモデルと認知のゆがみ
最後に、あまりハラスメントの世界で語られない「メンタルモデル」ついて触れたいと思います。メンタルモデルとは、個人が世界をどのように認識し、解釈するかという枠組みのことです。ハラスメント加害者と被害者の間には、メンタルモデルの違いが存在することがあります。加害者は、自分の言動が相手を傷つけていると認識していない場合があり、被害者は、加害者の言動をハラスメントとして深く傷ついている場合があります。
さらに、ハラスメント加害者の中には、自身の言動を正当化したり、被害者の反応を過小評価したりする「認知のゆがみ」が見られることがあります。よくハラスメント報道にある加害者が『相手(被害者)も喜んでいると思っていた』という言動はこの認知のゆがみだったりします。この認知のゆがみは、ハラスメント問題を解決する上での大きな障壁となり、加害者の行動変容を妨げる要因となります。
このように日本におけるハラスメントは、上下関係、文化的背景、世代間ギャップ、社会学的要因、メンタルモデルの違いなど、様々な要因が複雑に絡み合って発生しています。これらの要因を理解し、多角的な対策を講じることが、ハラスメントのない、より働きやすい職場環境を作る上で不可欠です。
次に、ハラスメントの無い職場をつくる際に欠かせない、ハラスメント教育について触れたいと思います。
ハラスメント教育が効果を発揮しないのはなぜ?
ここまで述べたように、職場でのハラスメントは、従業員の安全と尊厳を守る上で深刻な問題です。企業はハラスメント教育を実施していますが、残念ながら、その効果は必ずしも十分とは言えません。なぜハラスメント教育は期待通りの成果を上げられないのでしょうか?
ここでは、その理由と具体的な改善策を考えてみたいと思います。
効果が薄い理由1:レアケースすぎる事例紹介
セクハラ教育を例に考えてみましょう。
研修では、「対価型セクハラ」や「環境型セクハラ」といった言葉とともに、具体的な事例が紹介されます。しかし、紹介される事例は、昨今の職場では滅多に起こらないような極端なもの(例:性的な意図を持って、相手の身体へ一方的に接近したり接触したりする。昇格や待遇向上をちらつかせ性交を強要する。)が中心です。
流石に、昨今、このように極端なハラスメントを頻繁に目にするような職場は少ないため、多くの受講者にとって、研修で紹介される内容は現実離れしたものに感じられてしまいます。結果として、受講者は、研修で紹介された事例を自身の職場に当てはて関連付けることができず、残念ながら自分には関係ないものとして聞き流されてしまいます。
効果が薄い理由2:一方的に「禁止事項」を伝える研修になりがち
また、企業におけるハラスメント教育は、法律で義務付けられていることもあって、形式的かつマンネリ化して、形骸化しやすいという問題があります。そうなると、受講者は研修内容を真剣に受け止めなくなる傾向があります。
そもそも、研修に参加する人の多くは、ハラスメントを意図的に行おうとしているわけではありません。むしろ、ハラスメントは良くないことだと理解しており、被害者になることは想像できても、自らが加害者になる可能性があることを考えていない人がほとんどです。
にも関わらず、「禁止事項」を一方的に伝えるだけの研修では、深い理解は得られません。人間は、頭ごなしに否定されたと感じると、自尊心や自己肯定感が傷つけられ、不快な感情を抱くことがあります。「自分はハラスメントをする人間だ」と決めつけられたように感じ、反発心を抱く人もいるでしょう。
したがって、なぜその行為がハラスメントに当たるのか、相手をどのように傷つけるのか、といった具体的な説明や事例を交えながら、受講者の理解と共感を促すことが重要です。
ハラスメントは「してはいけない」と頭ごなしに伝えるのではなく、なぜいけないのか、どうすれば防げるのかを丁寧に説明することで、受講者のハラスメントに対する理解度・納得性が高まり、実践的な対応力につながるのです。
効果が薄い理由3:「悪気のない行為」に対する認識ギャップ
ひとつ前の理由でも触れましたが、「自分は悪くない」「相手が気にしすぎだ」などと、ハラスメントは悪意なく行われていることがあります。そして、残念なことに加害者は自分の行為がハラスメントにあたると認識していないケースも少なくありません。
つまり、加害者と被害者の価値観や認識にはギャップがあり、このギャップがハラスメントを生む温床になっています。ハラスメントを生まない職場づくりには、悪意のない行為がハラスメントにつながるメカニズムを理解し、各個人には多様な価値観や認識の違いがあることと、職場で求められる望ましい言動について理解させ、ギャップを埋めることが重要です。
ハラスメント教育の効果を高める5つの処方箋
ハラスメントのない、安心して働ける職場環境を作るには、効果的なハラスメント教育が不可欠です。しかし、従来の形式的な教育方法では、その効果は限定的と言わざるを得ません。ここでは、ハラスメント教育の効果を最大限に引き出すための5つの具体的な方法を紹介します。
わたしの経験から、特に「5. 経営トップのコミットメント」が長期的効果が得られます。ですが即効性と持続性はあまり高くありません。取り入れるのであれば、1~4の方法の複数の方法と5の方法を組み合わせて取り組むことをおすすめします。
1. 自社の実態に即した事例に触れさせる
職場環境や人間関係は企業によって異なります。
一般的な事例を紹介するのではなく、自社の状況に合った事例を取り上げることで、受講者は「他人事」ではなく「自分事」として捉えやすくなります。そのためには、実際に自社の事例を集めることが重要です。
過去の不祥事報告やハラスメント関係の報告書、社内アンケートなどを確認し、具体的な事例を抽出しましょう。また、他部署で情報を持っていそうな関係者にヒアリングを行い、生の声を集めることも有効です。
コンプライアンス担当者自らがホットな情報に触れることで、受講者に「他人事」ではなく「自分事」として捉えてもらえるような、説得力のある事例紹介が可能になります。
もし自社でハラスメント事例が見つからない場合は、判例や他社事例などを参考に、自社で教育したい内容に合致するケースを作成することもできます。重要なのは、受講者が「自分の身に起こりうる」と実感できるような、リアルな事例を取り上げることです。
◆具体的な方法
・過去のハラスメント事例を匿名で紹介する
・よくある相談事例をクイズ形式で出題する
・管理職向けの研修では、部下からの相談事例をロールプレイで再現する
2. 体験学習を取り入れた研修スタイルの導入
一方的な講義形式の研修では、受講者は受動的な姿勢になりがちで、ハラスメントに対する深い理解や行動変容につながらないことがあります。そこで、双方向のコミュニケーションと体験型学習を取り入れることで、主体的な学習を促し、より効果的な研修を実現できます。
◆具体的な方法
グループディスカッション: ハラスメントの定義や種類、具体的な事例についてグループで話し合うことで、多様な視点に触れ、理解を深めることができます。
ロールプレイング: 加害者、被害者、目撃者など、それぞれの役割を演じることで、ハラスメントの状況を疑似体験し、適切な対応を学ぶことができます。
フィードバックと振り返り: ロールプレイング後には、参加者同士でフィードバックを行い、改善点や気づきを共有することで、より実践的なスキルを身につけることができます。
アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)への気づき: 研修を通じて、自分自身の無意識の偏見に気づくことで、ハラスメントにつながる言動を未然に防ぐことができます。
3. 継続的なハラスメント教育の実施
ハラスメントに対する意識は、一度の研修で変わるものではありません。定期的な研修や情報提供を通じて、継続的に意識を高める必要があります。
よくマンネリ化を恐れるコンプライアンス担当者がいますが、恐れる必要はありません。人間の脳は、実は定期的なパターン化を好みます。同じeラーニング教材や研修内容であっても、繰り返し触れることで、短期記憶のワーキングメモリではなく、長期記憶へと受講内容の一部が情報として格納され、無意識レベルで刷り込まれていきます。そうすることで、脳内にある記憶の格納先へのアクセスをスムーズにするバイパスが強化されていくのです。
そのため、定期的に同じメッセージに触れることは、ハラスメントに対する意識を定着させる上で非常に効果的です。マンネリ化を過度に恐れることなく、継続的な教育を通じて、ハラスメントのない職場づくりを目指しましょう。
◆具体的な方法
年に一度の定期的な研修に加え、随時ハラスメントに関する情報を発信する
eラーニングや動画教材を活用し、いつでもどこでも学習できる環境を整える
管理職向けのフォローアップ研修を実施し、部下への指導力を強化する
4. 気軽に相談しやすい環境づくり
ハラスメントの被害者は、誰にも相談できずに一人で悩みを抱え込んでいるケースが少なくありません。 相談することで、加害者からの報復や不利益な扱いを受けることを恐れていたり、加害者が上司や同僚の場合、相談することで職場の人間関係が悪化することを危惧し、相談をためらっていることもあります。
また、相談してもムダだと諦めてしまっていたり、ハラスメントの被害を受けた自分を責め、誰にも相談できないと感じてしまう人もいます。これらの不安や懸念を取り除き、被害者が安心して相談できる環境を作ることが重要です。
◆具体的な方法
相談窓口を明確化し、社員の目に入り、届くように周知徹底する
匿名での相談も受け付ける
中立的な立場で相談に乗ってもらえる専門窓口を設置する
5. 経営トップのコミットメント(覚悟と行動)
「会社は経営者の器以上にはならない」という言葉があるように、ハラスメント対策においても経営層のリーダーシップが不可欠です。従業員エンゲージメントの向上は、企業の持続的な成長に欠かせない要素であり、経営者はハラスメントを起こさない職場づくりを経営課題として捉える必要があります。
そのためにもハラスメント教育を担当部署にまかせっきりにせず、経営層が率先してハラスメント対策に取り組み、その姿勢を明確に示すことで、社員一人ひとりの意識改革を促すことができます。トップのコミットメント(覚悟と行動)は、ハラスメントを許さない企業文化を醸成し、従業員が安心して働ける環境を作る上で、大きな影響力を持つのです。
具体的な方法
経営層自らが定期的にハラスメント研修を受講し、社内にも情宣する
社内報やイントラネットなどでハラスメントについての意思をメッセージとしてを発信する
ハラスメント対策に関する目標を設定し、達成状況を定期的に報告する
まとめ
職場でのハラスメント教育は、従業員が安心して働ける環境を作る上で不可欠です。しかし、従来の形式的な研修では、その効果は限定的です。
実態に即した事例紹介、双方向のコミュニケーション、ロールプレイの実施など、より実践的なアプローチを取り入れることで、ハラスメント教育の効果を高めることができます。
悪意のない行為がハラスメントにつながるメカニズムを理解し、加害者と被害者の認識ギャップを埋めるための教育も重要です。
継続的な教育と相談しやすい環境づくりを通じて、ハラスメントのない、より働きやすい職場環境を目指しましょう。
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