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第2回吉田城堀さげ清掃に参加してきた

愛知県豊橋市にある吉田城でもボランティアによる清掃活動が始まったと聞き参加してきました。第1回目は都合がつかずに参加できなかったので、2024年1月13日(土)開催の第2回目に私は初参加。
朝10時からのスタートですが、なんと参加者は開始時135名。結果150名近くにまで膨れ上がったそうです。
こんな大人数を捌くのは大変でしょうが、受付や機材なども非常に手際良く洗練されており、とても第2回とは思えない。
この活動の発起人は、古宮城の活動にも参加してくれたMさん。

大軍を指揮するMさん。

聞けば、高校に声掛けに回ったりして多くの高校生も参加。その他、吉田城を復元する会の方や豊橋市の文化財サポーターの方々、近隣の方、私のような歴史好きの方が集まっていました。豊橋市の文化財担当課も全面バックアップ。すごい体制。
吉田城は非常に広いため、これだけの人数が集まっても区画を割って分担することが可能。そして、これまで手が入ってないだけにやることが大量にある。
我々の戦場は鉄櫓下の箱堀。

ここで戦いだぜ。ひゃっはー。

吉田城の堀は非常に深く長い。ここの堀は長さ100m強、幅25mだとか。50人近くが作業してもまったく影響なし。

作業開始

とにかく落ち葉がすごいことになっている。さらに枝も大量に落ちている。まずは枝を拾い、その後落ち葉を集める、という作業手順になる。この落ち葉が腐葉土になり堀を埋めてしまう。堀を埋めるのは大坂城攻めの徳川軍の手法。城機能が台無しになってしまう。城の堀の素晴らしさを守るためには落ち葉を取り除く必要があるわけです。
実際、1.2mほど石垣は埋まっており、石垣基礎はさらにそこから0.8m下だとか。
まだまだ第2回。落ち葉も年季が入っているため、集めても集めても落ち葉の山。種田山頭火もびっくり。(←それは分け入っても分け入っても青い山)

このまばら感!いかにこの堀が巨大かがわかる。

ちなみに、この堀の横には豊城中学校がある。ここの卒業生の方々が言われるには、昔は堀の中に入って石垣に登って遊んだとのことで、結構上まで登ったり、転落していたりしていたそう。転落するには恐ろしい高さです。なにせ10m以上ありますから…。
その後、軍勢が足りない方面へ援軍を出すことになり志願。ノコギリを貸与され木を切る係になる。が、このノコギリの刃がだいぶくたびれていたので、木に鉄を擦り付けて削る、という作業になる。

腕が死ぬ

次回はマイ鋸持参だな、と、思う。結構な枝が集まり、これを束ねて運ぶ。
これ、産業革命前ならば重要なエネルギー源である薪拾いと一緒だよなぁ、とか、一人考える。

形を揃えて縛ります。

これらの木を後日市役所が回収してくれる場所まで運ぶ。うっかり大きな薪束を持ってしまったが故に重たい重たい。筋トレだと思って運ぶのですが、いつもなら短いと感じる距離が長い長い。
そして、集積所に来て見てびっくり。

全部落ち葉

延々とならぶ首。ではなく落ち葉の入った袋。全部パンパンです。
さらに大量の枝も。

燃やせば相当暖かそう。

ゴミ袋の量は市役所と事前に調整をしていたものの、枝が想定外の量発生してしまった、とは、総大将Mさん談。要所要所に部将もいて持ち場を指揮されているので大きな混乱もなく作業は1時間ほどで終了。敵の落ち葉がすごすぎて、地面が露出するところまではいけませんでしたが、相当落ち葉の量が減り、枝やゴミが無くなり、見た目が相当スッキリしたはずです。

鉄櫓隣の展望台からボランティアを見下ろす。豊川と空が美しい。

そしてその後は学芸員さんによる石垣解説と文化財サポーターの武将隊、吉田城代酒井忠次様による城の見所解説という、ボランティア参加者へのサービスタイム。

学芸員さんの解説とは豪華

吉田城鉄櫓の石垣は名古屋城天守にも匹敵する巨大なもので、鉄櫓自体も現存12天守の丸亀城天守に匹敵する巨大さとか。個人的には、石垣の基礎構造が胴木ではなく突き固めた土で作られている、という非常に珍しい工法である点が興味深かったです。類似例は大和郡山城や家康期の駿府城だそうで、天下人の城と同様の造り。川近くで地盤が柔らかく水気が多いことによるのだとは思いますが、手間がかかってるわけです。

酒井忠次現代に降臨

忠次公の話は時間の都合で、私は途中で帰らざるをえず聞けなかったのが残念です。それにしても、これだけの人数が集まるのは都会だなぁ、と、自分も運営側に回っている古宮城の整備活動と比べて思う。交通の便がよく、人も多いのでできる技。もっとも、古宮城にこれだけの人数が集まると作業量が確保できないかも、と、思う。
他の活動に参加することで、様々な学びがあります。活動の受付や事前の割り振りなど、参考になることも多い。また、古宮城の整備活動や設楽原決戦場の馬防柵修繕などに参加しているボランティアの方もちらほらお見かけして話ができたりして、それぞれの活動から人のつながりもできてる。
こうした活動が各地で盛んになるといいですね。

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