【物語】二人称の愛(中) :カウンセリング【Session66】
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※前回の話はこちら
2016年(平成28年)08月23日(Tue)処暑
暦の上では処暑。暑さが峠を越えて後退し始める頃と言われているが、相変わらず蒸し暑い真夏日が続く八月の処暑である。
学は朝から、みさき一家の家族カウンセリングを頼まれていたので、朝10時に上尾駅へと向かった。上り電車では、通勤するサラリーマンが慌ただしく都心方面に向かう電車に乗り、その様子を学は反対の下り電車の窓から見ていたのだ。そしてみさき一家との約束の時間の10分ぐらい前に、学は上尾駅に到着した。
学が上尾駅に降り立つと、既にみさき一家は学が来るのを待っていた。そして挨拶を交わしたのだ。
倉田学:「おはよう御座います。皆さん早いですねぇ」
みさき:「おはよう御座います、倉田さん。ゆうきのこと、宜しくお願いします」
古澤初枝:「倉田さん、おはよう御座います。宜しくお願いします」
古澤敏夫:「倉田さん、今日は朝から暑いっちゃ。ゆうきのこと頼むっちゃ」
古澤勇気:「おはよう御座います、倉田さん。僕は、夏休みが終わったら学校に行けるようになりたいです」
このみさき一家との挨拶や勇気の気持ちが、学には痛いほど感じるものがあり、学自身、今後どのように向き合って行ったらいいか思い巡らしたのだ。そして学とみさき一家は、勇気の通う上尾の森高校へと向かった。高校に近づくと、相変わらず校庭から部活の子たちが声をあげテニスの練習をしているのが学には聞こえた。こうして学たちは校舎の中へと入っていった。
今日は朝10時半から、前回と同様に校長室で、校長先生や勇気の担任の先生、学年主任、そして学校担当のスクールカウンセラーを交えて話し合うことになっていた。勇気の気持ちは前回と変わらず、クラスの皆んなと高校生活最後のあと半年間を一緒に過ごし、卒業したいと言う思いだった。
そのために学たちは、どうしたらクラスの友達や生徒から、「ゆう菌」と言うあだ名や「お前の一家は原発事故で補償金をいっぱい貰ってるんだろ」と言った勇気に対して、こころ無い言葉や傷つける言葉を投げかける生徒がいることに対し、どのようにしていったらいいかと言うことが話されたのだ。そして最初に曽根崎校長が、みさき一家にこう言葉を掛けた。
校長先生:「古澤さん。わたしはゆうきくんの気持ちもわかるけど、この学校は君ひとりの為の学校ではない。わたしは学校全体のことを考えなければならない立場なんだよ」
そう曽根崎校長がみさき一家に言うと、初枝はこう言い返したのだ。
古澤初枝:「校長先生! それではわたしの息子、ゆうきの気持ちより、他の生徒のほうの気持ちのほうが大切だと言うことですか?」
校長先生:「・・・・・・」
この初枝の言葉に対して曽根崎校長が少し困っていると、すかさず学年主任の松平先生が擁護するようにこう言った。
松平先生:「校長先生と言う立場は、学校全体を考えないといけない立場なんです。何もそんなに声を張り上げなくても」
すると今度は、みさきがその学年主任の松平先生にこう言ったのだ。
みさき:「それでは学年主任の松平先生は、ゆうきの件をどうしたらいいと思ってるんですか?」
松平先生:「僕は三年生の学年主任だから、三年生全員のことを考えなくてはならない。この件はどちらかと言うと、まずクラス担任の平林先生がクラスの中で考える問題だとわたしは思ってるんです」
そう松平先生がみさきに言うと、みさきが今度は勇気の担任の平林先生にこう言った。
みさき:「平林先生はこの件について、どう思っているんですか?」
平林先生:「わたしはですねぇー。この問題についてゆうきくんにスクールカウンセラーで来ている安藤さんに相談するよう言ってあるのですが、どうでしょうか安藤さん?」
安藤:「わたしはこの学校の専属のスクールカウンセラーをしている訳ではないので、学校側の対応になると思うのですが・・・」
この一連のやり取りを聴いていた学とみさき一家は、今のままでは勇気の問題が、何も解決されないような気がした。そして学がこう口を挟んだ。
倉田学:「お話を聴かせて頂いていると、皆さんは自分ごとでは無いような口ぶりに聴こえるのですが、僕たちは誰が問題かと言う話をしに来た訳ではありません。ゆうきくんが二学期から卒業まで、クラス皆んなとどう一緒に過ごせるか話に来ているのです」
こう学が言うと、勇気は自分の口からこう言葉を発した。
古澤勇気:「僕はただクラス皆んなと一緒に、高校生活最後の三年生を過ごし、一緒に卒業したいだけです。だから皆んなと仲良く卒業したいんです」
この言葉は紛れもなく勇気の本心であった。勇気にとって高校生活最後を皆んなと仲良く、いい想い出として自分の記憶に収めておきたいと言う思いがあったのだ。だから勇気は、どうしても皆んなと一緒に高校を卒業したいと言う思いが強かった。
そんな想いを汲んでか、みさき、初枝、そして敏夫も勇気を学校に行かせてあげたいと思い、また強く望んでいたのだ。学はそのことを知っていたので、何とか勇気が高校に行けるよう学校側の協力を得る必要があった。そして学からひとつの提案が出されたのだ。その提案とは次のようなものであった。
倉田学:「ゆうきくんの問題を解決するには、学校側の協力がとても大切です。ここで提案ですが、『ゆう菌』などと言う言葉を口にする生徒を特定して貰います。そして、その言葉を言った生徒たちにも、皆んなから名前に『菌』をつけて呼ばれるようにします。どうでしょうか?」
校長先生:「君、それは教育上良くないよ! 『菌』と言う悪い言葉を助長するだけじゃないか」
平林先生:「他の生徒の親から苦情が来ますから駄目です」
安藤 :「いけない行為を止めさせるのが、わたし達の役目です」
こう口々に先生たちは学に向かって言ったのだ。学はこう言われるだろうと予想していた。だから更に次の言葉を先生たちに向かって言ったのだ。
倉田学:「では僕より良い案があるのですね。お聴かせ願いますか?」
校長先生:「・・・・・・」
松平先生:「・・・・・・」
平林先生:「・・・・・・」
安藤 :「・・・・・・」
そう学が言うと、四人は黙り込んでしまった。それを確認した学はこう言ったのであった。
倉田学:「僕より良い案が出ないようなので、良い案がでるまで僕の案でお願いします」
こう学は言い放ったのだ。このことに対して、学はみさき一家の同意を求めたのである。
倉田学:「ゆうきくん、古澤さん。僕の出した案で、しばらくやってみるのはどうかなぁー」
古澤勇気:「倉田さん。クラスの担任や学校が協力してくれるのであれば・・・」
古澤敏夫:「ゆうきが安心して学校に行けるようになるのなら」
古澤初枝:「これでゆうきが、学校に行けるのであれば・・・」
みさき :「本当にこれで、ゆうきが学校に行けるようになるんですか? 倉田さん」
そのみさき一家の問いに学はこう答えたのだ。
倉田学:「ここにいらっしゃる上尾の森高校の曽根崎校長先生、学年主任の松平先生、担任の平林先生、そしてスクールカウンセラーの安藤さん。皆さん素晴らしい先生方なので、もちろん協力してくれると思いますよ。そうですよね曽根崎校長先生!」
こう学が曽根崎校長先生に言うと、校長先生は頷くしかなかった。それを観た他の三人の先生たちも校長先生につられて頷いたのだ。この様子を学とみさき一家はしっかりと見届けていたのだった。
こうしてこの日、勇気についての高校側との話し合いは終わったのだ。そして今後の勇気についての対応は、夏休みが明け勇気が学校に行き出した後に行われることとなった。
学はみさき一家と学校の門の外で別れ、そして一路自分のカウンセリングルームがある新宿へと向かった。外の蒸し暑さとは打って変わり、電車の車内は冷房が効いており、それは学にとってはとても肌寒いぐらいであった。
学は自分のカウンセリングルームに着くと、カウンセリングルームに置いてあるアクアリウムを眺め、そして見つめていたのだ。それからお盆の時にみずきたちと行った「東北被災地の旅」のことを思い起こしていたのだった。
それは東日本大震災(3.11)による津波で、石巻市の大川小学校で多くの生徒が命を落としたことや、福島第一原発事故により、未だに故郷に戻れないひとや故郷を捨てざるを得ないひとがいる現実を目の当たりにしたからだ。
そのことを考えると学はとてもこころが苦しくなり、居た堪れない想いにさせられるのだった。そしてそんなとき学は、アクアリウムの中にある水草のようこころを漂わせ、身体を水槽の中の水草に身を任せるかのように瞑想を行うことで、こころと身体を同調させて行くのであった。それは周りから観ると、あたかもお釈迦様が悟りの境地に辿りついたかのような、そんな雰囲気を醸し出していたのだ。
学はしばらく、過去の出来事や亡くなったご先祖さまと会話を交わしていた。そして思い出したかのようにディスクに行き、万年筆を執り大川小学校の件で裁判を行っているご遺族に一通の手紙を窘(たしな)めたのだ。その内容とは次のような詩であった。
『雨ニモマケズ 雪ニモマケズ』
雨ニモマケズ 雪ニモマケズ
風ノ強イ木枯ニモ 夏ノ暑イ日射ニモ
強イ意志ヲモッテ 広イ心ヲモッテ 丈夫ナ身体ヲモッテ
慾ハナク 決シテ瞋ラズ 中道ニシテ
自分ヲ愛シテクレル 大切ナ家族ヲオモッテ
自分ヲ愛シテクレル 大切ナ友人ヲオモッテ
身体ノ病ヲオモイヤリ 心ノ病ヲイタワリ
先輩ヲオモイヤリ 後輩ヲオモイヤリ
他人ヲオモイヤリ 社会ヲオモイヤリ
他人ヨリヒカエメニ 家族ヨリヒカエメニ
身体傷ツイタラカンビョウシ 心傷ツイタラハゲマシ
自分ノコトヨリ 愛スル家族ニ
自分ノコトヨリ 愛スル友人ニ
僕ハ弱虫ダケド 僕ハ不器用ダケド
必要トシテクレル 友人ガイルナラ
必要トシテクレル 社会ガアルナラ
傍ニイルダケデ 君ノ為ニナルナラ
傍ニイルダケデ 君ヲ励マスコトガデキルナラ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニマタサブロウトヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
学はこの「雨ニモマケズ 雪ニモマケズ」の詩を眺めながら、感慨深く頷いたのだ。そして瞼を閉じしばらく押し黙って、先日のお盆の時に行った「東北被災地の旅」の出来事を振り返っていた。今思い出しても学にとって、答えの出ない問題が沢山見つかり、福島県 南相馬市にある「かしまの一本松」の出来事を思い出した。そう学は「かしまの一本松を守る会」のひとと、福島第一原発事故による「核燃料デブリ」を収束させる方法について話し、学の考えを絵に描いて送る約束をしていたのだ。
学は、おもむろに自分のカバンからスケッチブックを取り出し、福島第一原発事故の「核燃料デブリ」を収束させる絵を描いた。それは「かしまの一本松を守る会」のひとに説明したバケツの中にコップを入れ、そのコップの中に水を完全に満たし逆さまに持ち上げると、コップの中の水面がバケツの水面より高くても水は下がらず、満たされた状態を保つと言うものであった。そして学は絵を描きながらこう呟いた。
倉田学:「これは『人間は考える葦である』で有名なブレーズ・パスカルの『パスカルの原理』だったかなぁ。それともコーヒーサイフォンや灯油ポンプで知られているサイフォンの『サイフォンの原理』だったかなぁ。または天文学で有名なガリレオ・ガリレイの弟子のエヴァンジェリスタ・トリチェリの『トリチェリの真空』だったのかなぁ」
学はそんなことを思いながら、福島第一原発の原子炉建屋の絵を描いたのだった。そしてこの絵を観てこう一言言った。
倉田学:「僕は現場を直接観たわけでも無いし、それに僕の出した案が果たして現実的に可能かどうかもわからない。僕は技術者や研究者でもないし、ただの心理カウンセラーだからなぁ」
そう学は言うと、封筒に「かしまの一本松を守る会」のひとから貰った宛名を書き、その封筒に描いた絵を入れたのだ。そして福島第一原発事故のことを考えた。
倉田学:「原発に代わる安定した新しいエネルギーって何かあるだろうか?」
そんなことを学が考えていると、水爆のことが頭をよぎったのだ。
倉田学:「確か水爆って、水素爆弾で水素を爆発させるはずだったが、水素って、二重水素、三重水素(トリチウム)と言った重水素だったりするけど、熱核反応(核融合反応)をさせるのに原子爆弾の核分裂反応を利用して核融合させてたっけ。だから水素爆弾は今のところ、ウランやプルトニウムを使用しないと水素爆弾を核融合させることが出来ない。ウランやプルトニウムを使用しないで、水素爆弾を熱核反応(核融合反応)させる方法があれば・・・。クリーンでいて、広島や長崎に落とされた原子爆弾と比較して、数十倍から数百倍のエネルギー(破壊力)を持つクリーンな爆弾を作ることが可能になる」
学は少し考え、ネットでそう言った物が作れる可能性があるか探してみた。そしてら純粋水爆(純粋水素爆弾・きれいな水爆)なるものを発見したのだ。そしてその内容を読み進めて行くと、次のような説明がされていた。
パソコン:「実用化されている水素爆弾は重水素と三重水素(トリチウム)の核融合反応を誘発する際に核分裂反応(プライマリ)- 核融合反応(セカンダリ)の2段階を踏む(テラー・ウラム型)が純粋水爆は核融合反応の1段階のみである。プライマリの製造には高濃縮ウランやプルトニウムなどを必要とするが、純粋水爆は核分裂物質を必要とせず残留放射能も少なくなる利点がある」
この内容を観た学は、純粋水爆(純粋水素爆弾・きれいな水爆)が現実化できれば、今起きている世界の安全保障の問題や地球温暖化の問題が解決できるのではないかと思ったのだ。そしてこの純粋水爆(純粋水素爆弾・きれいな水爆)を起爆させるのに、ウランやプルトニウムと言った放射能の無い安全であり地球に優しい起爆剤となりうるものは何かないか考えたのだった。
ネットでは、この純粋水爆(純粋水素爆弾・きれいな水爆)の起爆剤に高レーザー照射(プラズマ)を試みた案が載っていたが、学の考えとは違っていた。学はこう思っていたのだ。
倉田学:「高レーザー照射(プラズマ)ぐらいで、この純粋水爆(純粋水素爆弾・きれいな水爆)を起爆させるのは、おそらく厳しいだろう」
そして学の案はこうである。
倉田学:「僕が一番可能性が高いと思っているのは、窒素爆弾だと思う。しかしこの窒素爆弾も現在実現していない。でも、この窒素爆弾はアニメやSF小説で登場していて、過去に旧ソ連が開発していたと言う噂もある。それに、この窒素爆弾の素となる材料は窒素で、大気中(空気)に80パーセント近く存在しているから、とても地球に優しいものになるはずだ」
そんなことを学は考え、そして窒素爆弾の具体的な造り方を幾つか考えた。しかし、これはとても危険なことだ。だから学はある程度のところで、それ以上考えないことにしたのだった。もし紛い間違って、学の考えた方法が現実的に可能性の高い方法で、その窒素爆弾が出来てしまったら、下手をしたら人類滅亡に加担する可能性もあるからだ。
だが、それと同時に人類の希望の星にもなりうる。それは原発に代わる安定的に供給できる新エネルギーにもなりうるからだ。全ては、この窒素爆弾や純粋水爆(純粋水素爆弾・きれいな水爆)を扱う人間次第と言うことだ。
そして世界の安全保障が担保されない限り、学の考えた具体的な窒素爆弾の構想案や純粋水爆(純粋水素爆弾・きれいな水爆)の構想案は、世に出してはならないと学は「哲学」「倫理学」「道徳」を学んで知っていたからだった。そんなことを思いながら、学は自分のカウンセリングルームからほど近い新宿郵便局に行って、宮城県 石巻市の大川小学校のご遺族と、福島県 南相馬市の「かしまの一本松を守る会」のひとにそれぞれ手紙と絵を送ったのである。
~ Second Session END ~
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