【※ネタバレあり】映画『ラストマイル』感想/無自覚な欲望が生む絶望。誰もが爆弾になりえるとして
※ネタバレを含みます!!!
公開日初日、レイトショーで観てきました。
どんなに気になる作品でもこれまでわざわざ平日の仕事終わり、疲れの溜まった身体を引きずってまで公開初日かつレイトショーを選んで観たことはなかった。それほど先んじて観たいという気持ちが強かった。
事前に誰の感想も目にしたくなかったので、Xでは【ラストマイル】をミュートワードに設定していた。ネタバレを避けるためだけでなく、先入観を排除して、初見での純度の高い自分の感情を大切にしたかった。
今はSNSのタイムラインでもネットニュースでもふとした瞬間に他人の感想が意図せずとも流れてきて目についてしまう。
「傑作です」「泣ける」「ラストがやばい」例えばそんな言葉が流れてくる。傑作かどうかも泣けるかどうかもラストがやばいかどうかもすべて自分が決めるのに、どこか頭の片隅にその作品の観方あるいは尺度を与えられるようで個人的には喜ばしくない。ましてやもうすでに観ようと決めて期待している作品であれば尚更だ。
公開前の膨らみ切った期待感
『ラストマイル』は期待に満ち満ちていた。当然『アンナチュラル』と『MIU404』も観ていたし、塚原あゆ子×野木亜紀子でいえば『重版出来!』も歴代視聴ドラマの中でもトップ10に迫る勢いで好きだった。最近なら塚原監督の演出『石子と羽男-そんなコトで訴えます?-』もリアルタイムで完走し切った数少ない連続ドラマのひとつである。
ドラマ界最強クラスのチームが満を持して送り出す『アンナチュラル』と『MIU404』の世界線とも交差する完全オリジナル作品。主演に満島ひかり、岡田将生とくれば、期待しないほうがおかしいだろう。
実際にSNSでは公開が迫るにつれ作品に関する期待感が躍っていた。もし仮にいざ公開されて「あれ、微妙じゃね?」といった印象を抱いたとしても、そんなわけがないと「自己正当化バイアス」が発動しそうな気配すらあった。誰もこの作品のことをダメ出しできるムードなんてないじゃないかと。
だから色んな意味でドキドキしていた。
そして不安は杞憂に終わる。
ものすごく良かった!!
果てしなく高く設定されていた期待値のハードルを痛快に上回ってくれた。昨今の日本映画の人気や再評価路線は著しいものがあるけれど、どうにもスケール感のあるエンターテインメント性の高い映画となるとその評価のされ方は二分されやすい。映画賞なんかも取りづらいイメージがある。
かつてコラムニストのナンシー関は「『マイナーだからおもしろい』というテーゼがクセ者である。『マイナーでおもしろい』ものもあるが、『マイナーでもつまらない』ものや『メジャーでもおもしろい』ものもある」と書いていた。芥川賞作家の本谷有希子は過去に「エンタメというのは黒澤明のいう『本当に面白いものは難しくない』が伝わるものが最上級だと思う」と語っていた。
本作の上映前の予告でちょうど『踊る大捜査線』シリーズの新作映画の予告映像が流れていた。当時あれだけヒットした踊るシリーズも、仮にもし映画ファンに好きな日本映画を聞いてみたとしたら、踊る大捜査線だと答える人は果たしているのだろうか。娯楽性が高ければ高いほど、大衆性をまとえばまとうほど、本質的な評価からは遠ざかりやすいのではないか。
それがこの『ラストマイル』はたしかなスケール感とエンタメ要素を持ちながら、観客の期待値MAXの剛速球を強振してバックスクリーンに打ち返してくれる。娯楽性と大衆性がありながら、この先も大好きな日本映画のひとつとして多くの人に語り継がれる作品となっていると思う。少なくとも現時点の日本社会において重要な時代性を擁した傑作として堂々と名乗り出たのは間違いない。
なぜ惹きこまれたのか
連続ドラマと異なり、映画では限られた時間の中で物語を成立させなければならない。豪華キャストによるシェアード・ユニバース・ムービーとあって、その点をどういうふうに凝縮させて満足感を与える濃度に落とし込んでいくのかは気になった。
実際その塩梅は絶妙だったと感じた。
起承転結の「起」が早かった。
ドラマならもう少し丁寧に描かれるであろう満島ひかりと岡田将生の出会いも早い。舞台設定、実在する何がモデルなのか、それらのイメージも理解も頭の中でスムーズだった。
主役ふたりのキャラクターとバックグラウンドはストーリー展開に併せて徐々に自然と伝わった。事件の発生、サスペンスへの導入もこの世界観へと惹き込むには十分なリアリティがあった。
今すぐにアレが起きないと誰が100%の証明ができる?
劇中でも言及されていたようにそれは爆弾ではなくサイバーテロかもしれない。ニコニコ動画のKADOKAWAの一件も記憶に新しい。日本でもアメリカでも手段は様々あれど国のトップの命すら紙一重の事態が容易に起きる。
これは通り魔や無差別テロ以外にもいえることだが、本当に悪意や敵意を持った人間からそれを計画的かつ暴走的に向けられたとして、多くのケースではあっさりと詰むと思う。そのヤバい「悪意・敵意」とエンカウントした時点で、自分に向けられた時点で、ほとんど対処ができない。
その芽はいつどんなふうにどこで育っているか分からない。人知れず育ち、あるいは唐突に芽吹いて理不尽に向けられるかもしれない。
つい最近映画館で観た話題の恐怖映画『Chime』もまさにそうだった。私たちはたまたま奇跡的に命を預かりあってこの日常の平穏を保っているに過ぎず、だれか一人でも法や倫理を破ろうと歯車から飛び出した途端、世界も人間もあまりにも脆いことを知る。
『ラストマイル』は起承転結転々転々結結ぐらいのドキドキを味わせてくれた。終盤なんてクライマックス何連発なんだと思ったほどに。
ミスリードに翻弄された
私は素直で純粋な人間なので、まんまと騙された。
真犯人は宇野祥平でしょと。逆恨みですよね。イオンモールの進出で潰された地方のシャッター商店街の憤りのような、そういうパターンでしょと。
舞台となったデイリーファーストの元社員で疑惑が浮上した「山崎佑」はフェイク、ミスリードでしょう。ディーンフジオカならそのまんま過ぎるし、満島ひかりを犯人とするわけがない。運送会社・羊急便の関東局局長である八木(阿部サダヲ)もデリファスに恨みこそあったとしてもやるにはデメリットもデカすぎる。なんせ犯行が難しい。
つまり、犯人は勤務していた会社が倒産して配達員見習いを父のもとで始めた佐野亘。宇野祥平です。あまりにも佐野、宇野。これ決まりです。爆弾魔め。父ちゃん(火野正平)泣くぞ。
と思ったら全然違いましたね!!!
なんなら佐野親子めちゃくちゃ素敵で最高でしたね!!!!!
圧倒的な存在感だった火野正平と宇野祥平
火野正平と宇野祥平、素晴らしすぎたよ。二人が演じた佐野親子が本作の別線の主役。電化製品の品質を使った伏線回収、お見事。
決してそんなことはないのに無意識のうちに陰日向とされるような存在に光を当てる、その光の当て方、当てた後の新たな光の兆しまで、野木さんの脚本は本当に目線が鋭くて尚且つ優しい。でもこの過酷な労働環境がドライバーと運送業の現実だと思うと、胸に湧き出る無自覚な加害性に恐ろしくなった。
「ドライバーの命なんだと思ってんだこの野郎!!」「全員無事でよかった」
「誰もオヤジのこと大切にしてないよ」
この辺のやり取りが一番涙腺を刺激されたかもしれない。
二人の子供と暮らすシングルマザーを演じた安藤玉恵の存在感、そして佐野親子とのシーンは緊張からの緩和、そして感動。上質な作品には必ず脇の役者さんにまで丁寧に演出や脚本の目が行き届いている。役が出番の多寡関係なく生き生きとし、最高の仕事をしている。
子供を養うシングルマザー、離婚からの貧困、家庭不和。ここにもまた日本の現実が転がっている。
「山崎佑」役の俳優はサプライズだった
ミスリードとして存在した「山崎佑」を演じた役者には驚きである。セリフがなくとも思いつめた表情で魅せてくれた。好きな俳優なので嬉しかった。真犯人と真相にも最後まで予測がつかず、揺さぶられ続けた。見上げた根性、バイタリティ。
だが、ほんとうに大切な人を理不尽な形で失ったとき、人は何をするか分からない。『アンナチュラル』の中堂もそうだったように。
実際に「その立場に置かれた」ときの自分に出会ってみないと自分でも分からない。
直近にたまたま読んでいた小説の一節に書いてあったことがオーバーラップした。その主人公は唯一無二の拠り所であった大好きな母を亡くした息子だった。冒頭からその心情が描かれていて、そこには大切な母を亡くした喪失感から「簡単なことが色々と分からなくなった。例えば、なぜ法律を守らなければならないのか」という、絶望によって中身をすべて出された抜け殻のような人間の憔悴が描かれていた。
飛び降りた「山崎佑」が頭から血を流しながら止まらないベルトコンベアを見つめる表情が忘れられない。恋人がアパートの一室で覚悟を決めて爆発物を起動させ、黒焦げになっていく瞬間が忘れられない。
阿部サダヲ、ディーン・フジオカについて
エレナの上司で日本支社の統括本部長・五十嵐(ディーン・フジオカ)は「何が出来たっていうんだ」と虚空を見つめながら言った。印象深い。
ずっとディーン・フジオカの正しい使い方を誰もできていないのではないかと勝手ながら思っていたけど、本作の役どころは彼に相応しい。空気が読めず、あるいはあえて読まず、どこか強引にプロフェッショナルとして、自分の正義を信じて突っ走りながらも奥底には葛藤も秘めてリーダーシップを取る。適任である。
阿部サダヲもめちゃくちゃ良かった。割と長身の役者が揃っていた作品だと思うが、その中で少し小柄で、でも重要なポジションをたくましく全うし続ける局長の姿は頼もしかったし、画のバランスとしても良かった。ちなみに電話の向こうが社長であると知らずに啖呵を切ったシーンは会場でその日一番笑いが湧き起っていた。
大倉孝二と酒向芳の捜査一課コンビは長身の象徴だったが、このスケールの爆破テロ事件に立ち向かうのに心強い存在感。「あっさり濁らなかったな」のワンシーンで切れ者であると理解できるところとか、熱情的ながら噛み倒すシーンとか、些細だけど抜かりがない魅力である。
丸山智己演じた爆発物処理班のトップも見せ場を作った。この人はどこにいてもどんな役もこなせて存在感を示すからすごい。
『アンナチュラル』と『MIU404』メンバーの出演について
『アンナチュラル』と『MIU404』のメンバーは事前の予想とほとんど相違がない出番だったので残念ではなかった。むしろラストマイルは『ラストマイル』として自立していて、過去のドラマに不用意に寄りかかることやファンに媚びるようなこともしておらず好感を抱いた。
それでも彼女彼らが登場すると劇場の熱量が高まるのが肌で感じ取れるぐらいワクワクした。ミコト(石原さとみ)も中堂(井浦新)もあのわずかなセリフでも完全にミコトであり中堂であり、この二人が言うからこその重みがあった。
綾野剛と星野源、伊吹と志摩のコンビにも再会。事前に再予習はせず、久々にこのコンビを観たので「ああ、こんな感じだったよな伊吹と志摩は」と鮮やかな懐かしさを覚えた。最初の運転シーンでBGMが流れたところはテンション上がったね。それにしても綾野剛、『地面師たち』もえげつないほど素晴らしかったけれど、伊吹のときはまた全然ちがう。妖しくてつかみどころがなくて無性に純粋で。魔性の役者。かっこいい。
満島ひかり、石原さとみ、麻生久美子、この女傑3人の間接競演の頼もしさったらない。芯が強くてまっすぐで、賢くてチャーミング。そんな女性を描かせたら野木さんの右に出る作家はいない。
予備知識なく付き添いで観た人がいたとしたら豪華な面々に驚いただろう。もしかすると逆に真犯人の目星として怪しい存在ではないかと混乱する人もいたかもしれない。
私はある種のお祭りだと思って観に行ったので、あのドラマの世界の住人が先の未来を当然のように生きていてくれていることが、表に出ていないだけでみんながあの日々の延長線上に立っているんだと思えた、その事実が嬉しかった。
満島ひかりと岡田将生の魅力とは
岡田将生の梨本孔(なしもと こう)が徐々に人間味をほころばせていくのが良かった。危機に直面し、エレナの人柄に触れていくことで殻を破っていくようだった。ゆとり世代の行く末、そこにZ世代感も入り混じったクレバーな現代の若いチームリーダー役は思わぬキャリアを持っており、すこし漫画チックではあったものの、雑味には感じなかった。
岡田将生という人自体がバラエティ番組でも見るように、翻弄される姿が似合う人なので、エレナに振り回されながらも持ち前の人間力でどうにかしていくキャラクターは彼の本質的な部分も滲んでたように映る。最後のロッカー前での表情、あまりにも重い後任を託された彼の未来はとても気になる。
そして満島ひかり。
この大作の主役を担うにふさわしいキャスティングで、誰もを納得させる演技力と人間的魅力を備えている。野木作品の集大成といえる本作のど真ん中が彼女で良かった。掴みどころがない天衣無縫な魅力を自由自在に引き出しながら、決して一面的ではなかったエレナの複雑な心理と背景を体現。鼻筋、横顔の美しさに澄み切ったよく通る声。パンツインのスウェット姿、テントからの「おはよう」の可愛さ。爆発物の入った荷物に手をかけてからの一連の表情、瞳と声に涙が滲んでいきながら切迫するシーンには本当に魅了された。
人間ってそんな強くないよな。弱いから強くなろうとする。弱い人間がただ強くあろうとする姿があるだけだと思う。そしてそれはいつまでも続かず、どこかで必ず破綻する。脆さが露見する。
エレナはたくさんの指輪をつけていて、明らかにそれを強調してるようなカットも挿入されていた。巨大なプレッシャーと闘うための装備品のようで、虚勢の暗示のようでもあった。
「私が犯人なら」という利発でクールな一面も良い。
「止めませんよ、絶対」
緊迫した異常事態に至っても自分の考えとベストな選択肢を最適化させながら決断し、折れずに逃げずに立ち向かおうとし続けるエレナに勇気をもらう社会人はきっとたくさんいるだろう。
無自覚な欲望が生む絶望。誰もが爆弾になりえるとして
当事者意識と想像力の欠如がもたらす悲劇とは
誰かが泣いてるときに誰かが笑っているのがビジネスの世界で。
誰かの犠牲の上に別の誰かの幸福が成り立っているのが資本主義で。
劇中でも出た「正常性バイアス」。
当事者意識と想像力が欠落した人間から炎上して退場する世の中だ。
しかし、いつかシワ寄せはくる。ツケは払わされる。物流業界の2024年問題は堰き止められない勢いで社会を飲み込んでいく。
この映画はあらゆる社会課題をストーリーに孕みながら、容赦なく当事者意識を突きつけてくる。これを観て救われたり報われたりするような気持ちになる人もいれば、胸騒ぎを覚えたりハッとして自分を顧みる人もいるだろう。誰も他人事ではない。
誰もが加害者であり被害者であり共犯者であり当事者だ。そしていつだって"爆弾"となり得る。無自覚な欲望は人知れず絶望を生む。
世界は止まらないけど、自分で考えて行動に移すことも止めてはいけない。世界は止まらないけど、想像することを止めてはいけない。だってもう私たちは同じベルトコンベアの上に乗ってしまっているから。
ハッカー、セーター、手帳の色。
労働環境、金曜日、焼死体の色。
映画好きやドラマのファンにとどまらず、今、物流業界の最前線にいる人たちにこそ届いてほしい、そう心から願う傑作。
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