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モナリザのあれは微笑んでいる表情なのだろうか

「物理部、遅いな」


今日は文化祭の前日、ぼちぼち夜の8時になろうかという時間。呟いたのは生徒会長のフジワラ君。そして僕は生徒会役員でもないのに『切ったり貼ったり飲んだり食ったりなら得意だから』という勝手な理由で生徒会室に頻繁に出入りしては、弁当を食べたり宿題をやったり資料まとめの手伝いをしたりしている。
資料の整理も終わったし明日のタイムスケジュールも再チェックした。あとの仕事は、全校生徒が残っていないかの確認をして教頭先生に報告に行くだけだ。
「物理部って何やんの?」副会長のモリ君。小柄だけど成績優秀で小回りの利く参謀。
「なんか小麦粉で粉じん爆発の実験?」答えたのは会計のキモト君。いつも元気でムードメーカー。人に変なあだ名を付けるのが得意。
「マジか大丈夫なのか?」
「あと電子工作班が、なんか動くもんつくってた。それと、小さい子向けにコマとか竹とんぼとか?」
「7時に見回りに行った時にまだ片付けもできていなかったから、帰る時には必ず生徒会室に寄って、って伝えてきたんだよ。もう一時間経つかな。」
フジワラくんは常に冷静で感情を表に出さない。とびぬけて勉強が出来るタイプではなかったが、派手なパフォーマンスも無くフォロワーシップに優れたリーダーで、上背があって女子受けするビジュアルだった。
「確認してくるよ」
そう言ってフジワラ君は一人で再び見回りに出かけた。

僕は空っぽの入れ物が嫌いで、昼と夜とでここまで景色が違って見える学校という箱が特に苦手だ。早く家に帰りたい。
「ちょっと遅いね…」
「4階のはしっこだからな、物理室」
「迎えに行く?」
「じゃんけん」
「皆で行きゃいいじゃん」
「ていうか怖がってんなよ」
「階段だりーんだよ」
ガララ…
うわあっ!(全員)
静かに戸を開けたフジワラ君が、かまちを避けるように入ってきた。
「全員帰ってた。電気も消えてたよ。」
「なんだひでえよそれー。帰るときこっち寄れって言ったじゃん。オレも聞いてたぞ。」
僕ら3人はひとしきり、思う限りの不満を並べ立てる。ただ、こんな時でもフジワラ君は顔色ひとつ変えずに特に怒った様子も見せない。
「じゃあ帰ろう。ここ閉めて教頭先生に報告に行こう。」
僕らはもう一度生徒会室の戸締りを確認して職員室に赴き、散開した。
僕とフジワラくんは同じ方向の電車に乗る。
「明日よろしくなー」
多忙だった一日を労い手を振ると、反対側ホームの二人も手を振った。
電車はすいている時間帯だったので、僕らは並んで腰掛けた。
「あのさ、粉じん爆発、って、小麦粉と金属粉なんかでは、分量当たりの爆発威力って違うのかな…」
フジワラ君が静かに語りかける。
「僕そっち系苦手なんだよね。理系弱いし生物選択だし」
「うん…」


何故だろう。大きなフジワラ君が、ほんの少しだけ小さく見えた気がした。

翌日は朝から快晴だった。お客さんのスタートも早く、生徒たちは舞台発表や展示の説明、模擬店の運営で忙しそうに走り回っている。僕も一通り校内を見物することにした。
途中、養護の先生と若い体育教師があわただしく走っていくのとすれ違ったー

”三四郎池の珪藻の生息分布調査”

なんかしょっぱい研究してるな地学部…

「…が…って…。なんかトラブル発生してるみたいだよ…」
「え?大丈夫なの?けが人とかは?」
「どうなんだろう…」
「うちも確認してみようか」
「うん。大変だね物理部…」

聞こえてきた会話に、僕は心のざわつきを隠しきれず、いつもより広めの歩幅で部屋を後にした。

購買で200ml紙パックのフルーツオレを買うと、できるだけ誰もいないところへと思い、本校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下へ向かう。通路側に背を向けてグラウンドを向くように腰をおろした。ストローのジョイントがうまくいかず何度もやり直した。刺したストローから液体を吸い上げる。

”…フンジンバクハツ…?え?金属粉?いやいやまさか…”
フルーツオレってこんな中途半端な味だったかなとぼんやり思った。

「隣、いい?」

ドキリとしたのは気配を感じなかったからではなく、声の主が今頭の中を駆け巡っていた本人だったからだ。僕はストローから口を外さずに眼だけで『どうぞ』と促した。
フジワラくんは廊下に腰掛けると、持っていたフルーツオレを取り出す。手際よくストローを伸ばし、割と強めにストローを差し込んだ。

「物理部の犯人、僕だよ」

(えええええ・・・・・・・・)
「ええと…何のこと」
狼狽を隠しきれていないのは確かだった。

「昨夜、ちょっと細工したんだ」


(えええええええ・・・・・・)
なんで。いやそうじゃなく!なんで僕に。いやだ聞きたくないいい。手汗やばいいいい。


フジワラくんは一口だけ静かに飲み込むと話を続けた。


「電子工作班のロボット、電池全部プラスマイナス逆にした。
それから、竹とんぼをテグスで繋いだ。ひとつ残らず。」

30本はあったかな…と白い歯を見せて笑うフジワラくんは小学生みたいな顔をしていて、僕は鼻への逆流も気にせず大笑いしながらフルーツオレをずるずると飲み干した。

彼とは卒業するまでずっと親友だった。


※金属粉とか小麦粉とか色でわかるじゃん

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