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川で溺れかかった敵兵を救う

楠正行は、南北朝時代の武将です。
父・正成とともに、智将として南朝の後醍醐天皇をよく扶けましたが、その正行が、北朝側の足利尊氏と安倍川沿いで戦った時のことです。

足利軍一万は、安倍川沿いに楠軍を求めて連日、行軍を続けていました。
その日は、 朝から霙が降り、そのうえ強い風もあって、足利軍の足並みは乱れがちとなっていました。
楠軍はどこから襲って来るかわからない・・・
先を行く兵士たちはぬかるむ川沿いを用心深く進みますが、後続は多少の気楽さもあって「早く行け、早く行け」とばかりに押し気味に進みます。

「隊列を乱すな! 敵はどこから攻めてくるかわからんのだぞ」
足利軍の部将である山名時氏、細川顕氏らは、声を嗄らして兵士たちを叱咤しますが、効果がありません。

そうしている時でした。
川向こうの林の陰に人が動くのが見えました。
「敵だっ!!」
隊列の中央の誰かが言った時、先を行く一隊は足元ばかりを見て行軍していたものですから大混乱に陥りました。
そこに正行の率いる楠軍の精鋭一千が川の上手から関の声をあげて襲い掛かって来たので堪りません。

その地に暗い足利軍は、算を乱して逃げ場を求め、川の下手の渡辺橋を渡り始めました。
すると突然、橋桁が崩れました。
楠軍が崩れるようにあらかじめ仕掛けておいたのです。
川の中に落ちていった鎧武者たちは、重い武具を身につけているので泳ぐことも出来ません。
中には川底に沈む者も居ました。

足利軍の大敗北です。
これを見て楠軍は手を打って喜び、「あはは、何と言う無様な格好よ」と足利軍を囃し立てました。

暫くその様子を見ていた正行が、馬を飛ばして渡辺橋まで来ました。
そして、こう命じました。

「味方が溺れかかっているぞ。皆で力を合わせて救うのだ!」

(ん?)
楠軍の兵士たちは、怪訝そうな顔をして正行を見ました。
その顔には、(殿、川で溺れているのは敵の兵士どもではありませんか)と書いてありました。
実際、そう口にする者も居ました。
これに対して正行は言いました。

「我々に刃向かわない者が、どうして敵と言えるか」
「・・・・・・」
「者共、早く救え!」

正行の強い言葉にハッとした楠軍は、腕を伸ばし木を差しだして溺れかける足利軍の兵士を次々と助けました。

助けられた兵士たちの多くは、次の戦いで楠軍に参加しました。

戦時の手紙を追い、歴史に光を当て、新たな発見を。 過去と現在を繋ぎ、皆さんと共に学び成長できたら幸いです。 ご支援は活動費に使わさせて頂きます。