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096 りんごはりんご

人から言われて、はじめて「自分」の一面を知ることがあります。
私は私と生きてきたはずなのに、なんだか不思議なことです。

先日、職場の方にこう言われました。
「いつもにこにこしていて、ふむさんがいるとその場の雰囲気がまぁるくやわらぐよ。いつも機嫌よく仕事ができる人ってなかなかいないよ」

なんとまぁ。
完全に油断しているときにそう言ってくださったので、びっくりがまさって目が二重丸◎に。しかし、うれしさはその後染みるようにわいてきました。

私は、笑い上戸な上に思い出し笑いもしょっちゅうしてしまうので、にこにこというよりもにやにやしていて、周囲の方には怪しまれているのではないかと思っていました。(実際、女子高校生に「謎のところで笑っていますね」と言わたことがあります)

そのにやにやをそんな風に言っていただけるなんて、うれしいやらはずかしいやらで、(主観では)怪しくにやにやしていたら、その方が
「特に土曜日はいつも以上にご機嫌だよね」
とおっしゃいました。

その言葉にどきっとしました。
私は毎週土曜日、退勤後に食べるためのごほうびスイーツを購入しているのです。
これは職場仲間には秘密にしていることですし、仕事中はなるべくそのことを考えないようにしていたのですが、おそらく楽しみな思いが顔面から出ていたのでしょう。なんという卑しさ、注意力散漫さ。すこしはずかしくなってしまいました。

でも、お世辞だとしても「雰囲気がやわらぐ」という言葉は大変うれしく思いました。
これまでいただいたうれしい言葉たちは大切に取っているのですが、この日いただいた言葉もそっと心にきざみました。

いつも機嫌よくいること。
意識したことはなかったのですが、そう見えていたのなら良かった、と思います。

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そういえば、十代のころはやたらと悩んでいました。
外ではよく笑っていましたが、夜一人になったときによく不安になっていました。
それは名前のない不安でした。名前がなくて、正体不明の不安でした。
きっと、なにも決まっていなかったから不安だったのだと思います。

一度思いはじめると、若さ特有の一途さのせいか不安で頭がいっぱいになっていました。
不安が訪れる夜は、まず眠れなくなっていたので、よく母がいる居間に行きました。
母は必要最小限のあかりだけつけて、テレビを見ているか、本を読んでいるか、編みものをしているか、ジャムを煮ていました。

私が居間に行っても、母は「あら」や「こんばんは」しか言わず、続けて自分の夜の時間を楽しんでいました。私はしばらく母の横でぼんやりして、不安が薄まるのを待っていました。


こんな夜がありました。
その日もやっぱり不安が来て、私は母のジャムを煮る背中を見ていました。
不安はなかなか薄まらなくて、私はつい、こう言いました。
「ねむれないの」
母は
「そう。そんな日もあるわよ」
と言いました。
夜の母は、いつも以上に淡泊でした。
私が黙っていると
「思うことがあるなら話しなさい。聞くわよ」
と言いました。私は、自分でもよくわからない感情をそのままつらつらと話しました。
おそらく、支離滅裂だったと思います。自分でも何を言っているのかわからなかったのです。でも、母はジャムを煮ながら「そう」や「ほうほう」など相づちを打ってくれました。一度も話を止めることなく、そのまま。
私が発した言葉は支離滅裂なまま、ふわふわと浮かんでいました。

気が済むまで話すと、母はクラッカーにできたてのりんごジャムをのせて出してくれました。

「それだけしゃべればお腹がすくでしょ」
と言って。

母が作るジャムは、くだものの形がごろりと残っていてしっかりと甘いタイプです。
いつもは冷やしたジャムを食べていたので、できたてを食べられるのはちょっと特別。
あつくて、まだゆるいジャムは不安で静かな夜にぴったりでした。

母は紅茶を飲みながらこう言いました。
「何になれるかわからないって、あなたはもうふむちゃんじゃないの」
私はぽろぽろとクラッカーをこぼしながら、はて、と思いました。
すると、
「ほら、ジャムになってもりんごはりんごでしょ」
と。

その一言で、不安が帰っていく足音がたしかに聞こえました。
あたたかいりんごジャムは、夜の灯りの中で見るときらきらとやわらかに光っていました。

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それからも、私はいちいち悩みながら生きてきました。
でも、考えてもわからないことはそのままにしておくことを覚えました。
だって、どうなっても私は私だもの。

そう思うと心がふわりと軽くなって、眉間にしわをよせるくらいなら、楽しいことを考えようと思うようになりました。

これが、いつも機嫌がよい理由かもしれません。
夜にスイーツが食べたくなる理由も、あの夜にある気がします。

今の季節は、りんごにみかんにいちごも出てきました。
いちごはリッチだからちょっと忘れて(笑)、みかんはそのままいただいて、りんごはスイーツでいただきましょ。そのままもしゃきっとしていて大好きですが、ひと手間加えたりんごもうれしいごちそうです。

さぁ、次の土曜日はりんごスイーツに決まりです。
もちろん、しっかり濃いめに入れた紅茶も添えて。

ダイエットはいったん横に置いといて、甘いしあわせを味わえば、明日もご機嫌にがんばれそうです。

今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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