マガジンのカバー画像

ふみのわ

42
文芸部「ふみのわ」の文芸集です。 顧問のわたし、文(ふみ)先生が定期的に課題 "ぶんげぇむ" を出しますので、部員の皆さんはしっかりと課題に取り組んでくださいね! もちろん部員で…
運営しているクリエイター

#ショートショート

第7回文芸課題"ぶんげぇむ"まとめ

みなさんお久しぶりです!文(ふみ)先生です。 相変わらずスローな更新でごめんなさい・・・!部員のみなさんはいかがお過ごしでしょうか? 今回もかなり時間があいてしまったのですが、遅ればせながら文芸部『ふみのわ』による文芸課題、"ぶんげぇむ"、第7回をまとめさせていただきます🌿 ▼前回、第6回目のまとめはこちらから さっそく第7回文芸課題“ぶんげぇむ”についてまとめていきます! 第7回文芸課題“ぶんげぇむ”お題についてまずはお題について振り返っていきましょう。 ◆お題

ある命の記録

 「全部無駄だったな」  自分の部屋の本棚の前に立ち、彼はつぶやいた。  本棚には、物理学の書物が並んでいた。  そのうちの一冊、英文の学術雑誌を取り出すと、彼はそれをめくった。  彼は、修士課程までの六年間、物理学を専攻してきた。  その最後の年、英語で執筆した論文が、国際的な学術雑誌に採用された。  快挙だと、研究室は賑わった。  指導教授は、彼が博士課程に進学することを期待していた。  しかし彼はその道を選ばなかった。いや、正確には、選べなかった。  経済的な理由か

ミモザ

 図書室へ向かう制服の列。  私の足取りは重くて、心は落ち着かなかった。  「シーッ。静かに。」  先生は、制服たちを絨毯の上に座らせると、大きなテーブルにもたれかかった。先生の背から朝の光が差していた。  「今月のアクティヴィティの時間は、みなさんに図書室で研究をしてもらいます。自分で決めたテーマについて、ここにある本を自由に使って調べてください。」  制服は仲良しグループでかたまりながら、本棚が立ち並ぶほうへと歩いていった。  私は一人、何について調べてよいかわからない

【短編小説】 いないと困ります

辞令を言い渡されたとき、ふと片倉さんのことを思い出した。 昨年の3月に退職した先輩。いつ、どんなときに声をかけても必ず手を止め、相手の顔を見て「どうしたんですか?」と言ってくれた片倉さん。誰に対しても敬語で、仕事を一生懸命こなし、常に笑顔で優しい人だった。私と4歳しか離れていなかったけれど、今時こんな人もいるんだと驚いたっけ。図書館の司書か保健室の先生として働いていそうな雰囲気だった。 上司からも部下からも、取引先からも愛されていて、「この人はきっと長く勤める人なんだろう

【短編小説】 せんせい、あのね

せんせいあのね。 きょうはあさからとてもいいことがありました。 まいにち見ているテレビのうらないでおとめざが1位だったこと。 体いくのてつぼうでさか上がりができたこと。 かん字のテストで100点がとれたこと。 きゅうしょくであまったあげパンジャンケンでかったこと。 いっぱいいいことがありました。 だからお母さんにほめてもらえるかなあと思ってワクワクしていました。 さいきんお母さんは、かなしそうなかおをしていることが多いです。 だからお母さんが元気になるかなあ

【短編小説】 夜の敵

時計の針が1秒ずつ進むたび、私の寂しさも募る。 「チッチッチッチッ」という、昼間なら何も感じない音が夜だとなぜこんなにも大きく聞こえるのだろう。ソファに投げっぱなしにしていた鞄の中からスマホを取り出してLINEを開く。友だち一覧をざざっとスクロールしながら、今日、この気持ちをなかったことにしてくれる誰かを探す。 * 「夜にかけちゃう電話って、大抵後悔するよねえ」 白ワインをぐいっと飲みながら亜希は言う。 「かけるときはなんとも思わないの。でもかけたあと必ず後悔しちゃ

お母さんの愛はこれまでも、これからも

久しぶりの実家。 結婚して片道3時間かかる場所に住み始めたから、なかなか気軽に帰ることはできなくなった。 だからこそ、帰ってきた時は懐かしさと安心感を噛み締めることができる。 最後に来たのはちょうど一年前だったな。 整然として木洩れ陽が差す、静かで暖かな二階の部屋は、母の部屋。 部屋の隅に佇む衣装箪笥は、母の嫁入り道具。 母の歴史とも言える箪笥の引き出しを開けたその瞬間、私のタイムトラベルが始まった。 黄色の小さな、肩掛け鞄と帽子。 幼稚園生の頃はお母さんと離

レコード

夏の日、僕と彼女は車で高原へ出かけた。 白樺と赤松の林を抜けると、湖があった。 車を停め、僕と彼女は散歩した。 高原の乾いた空気越しに光が降り注ぎ、反射する。 彼女は切り株に腰をかけた。 僕はその横に立ち、湖を眺めた。 彼女は切り株の年輪を見つめていた。 「これがレコードだったら、どんな音楽が鳴るかな。」 そう彼女は言い、ネイルの先で年輪をなぞった。 それが僕と彼女が会った最後の日だった。 僕は携帯電話を切り、自分の部屋で立ち尽くしていた。 書架に目をや

【短編小説】 染まる

私の視線に気がつき、イナモトさんは手を止めた。でもすぐに理由が分かったのか「ああ」と声に出す。 「カラー剤で染みちゃって。職業柄どうしても色がついてしまうんですよね。ネイルしているみたいってよく言われるんですよ」 自身の爪を見ながら「あはは」と笑う。 しまった。いつもはこっそりと見ていたのに、今日は気づかれてしまった。とっさに「へえ。そうなんですね。美容師さんも大変ですね」と知らないふりを装ったけれど、黒っぽく染まっているイナモトさんの爪を、私はずっと前から知っている。