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ミモザ

 図書室へ向かう制服の列。
 私の足取りは重くて、心は落ち着かなかった。

 「シーッ。静かに。」
 先生は、制服たちを絨毯の上に座らせると、大きなテーブルにもたれかかった。先生の背から朝の光が差していた。
 「今月のアクティヴィティの時間は、みなさんに図書室で研究をしてもらいます。自分で決めたテーマについて、ここにある本を自由に使って調べてください。」
 制服は仲良しグループでかたまりながら、本棚が立ち並ぶほうへと歩いていった。
 私は一人、何について調べてよいかわからないまま、本棚と本棚の間を歩いた。

 私は「植物」の棚のところで立ち止まった。『植物図鑑』『植物のふしぎ』『世界の樹木』……。私は自分のことを植物みたいだと思った。
 『四季の草花』という本を見て、先月、校庭にヒマワリの種を植えたことを思い出した。私はヒマワリについて調べてみることにして、『四季の草花』を手に取った。
 植物の棚の近くの、二人がけの机。そこに彼女は座っていた。私は彼女の向かいの椅子を引き、腰をかけた。
 彼女が開いた本には、黄色い綿のような花の写真が載っていた。
 「ミモザ、マメ科」
 「開花、春」
 彼女のノートにはそう書いてあった。細い字だった。

 その日から、彼女と私は何度も向かい合わせになって座った。言葉を交わすことはなかった。彼女のノートを見ると、細い字でページがいっぱいになっていた。
 彼女はゆっくりと本のページを繰り、写真や文字に目を留めていた。どんな写真に目を留めるのか、私は興味を持って眺めた。時々、仲良しグループがそばを通りすぎていった。
 彼女の前に座っていると、不思議と心が落ち着いた。私は図書室の時間が少し楽しみになっていた。


 夏が来て、ヒマワリが咲いた。夏休みに入ると、校庭のヒマワリを見る人はいなくなった。
 強い日差しが照りつけ、よく雨が降った。

 夏休みが終わっても、まだヒマワリは咲いていた。
 彼女の姿はなかった。休みの間に病気になったのだと知らされた。
 乾いた陽射しの中、私は図書室での彼女を思い出した。いまは病院にいるのだろうか。病院のベッドでも、花の写真を見ているのだろう。私はそんなふうに想像した。私は一人ではないような気持ちに満たされた。

 校庭のケヤキが葉を落とした頃、彼女は学校に戻ってきた。心配した表情の制服たちに、彼女は囲まれていた。綿のような花に包まれているように見えた。
 また一人になってしまったと、私は思った。
 春になればミモザが咲く。




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