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SFショートショート:タイムマシン

『ハードランディング』

 築三十年を超える薄汚れたアパートの一室、オチミズはその片隅で毛布を被って震えていた。夕日に照らされて真っ赤に染まってくるカーテンは、彼の心象風景をそのまま映しているようであった。
(とうとう、この時が来た。今日16時15分23秒、鬼内先生の大失敗が露わになる)
 オチミズは震える手で何とかテレビをつけると、満開の十月桜を大写しにする情報番組を虚ろな目で、じーっと眺めた。
『……ニュース速報です』
 画面が変わり、報道局アナウンサーの顔が映し出される。
『ハワイ島の北西、約300キロメートルの海上に正体不明の機械が墜落しました。その物体は、少なくとも高度100キロメートル地点から墜落していることが観測されており、未知の兵器の疑いがあるとして、アメリカ政府は慎重に調査をすると……』
 オチミズはテレビを消すと、溜息をついた。
(あれは間違いなく、丁度1年前に『合法的に酒を飲むため、21歳になってきま~す』と、自作タイムマシンで1年後に旅立ったルイジアナのヨーチューバーだろう。ああ、やはり……)

* * *

 天才物理学者と名高い、鬼内ジンガイ博士がタイムマシン理論を完成させたのは3年前のこと。それは世界中の物理学者が裸足で逃げ出す、完璧な理論だった。
 そして、ジンガイ博士はタイムマシンの試作機も即座に作り上げると、
『どれ、3ヵ月後に行ってあの疑獄事件の行方を見て来てやろう』
 と軽口を叩き、自身がタイムマシンに実験台として乗り込んで、虚空へと旅立った。

 ところが、待てども待てどもジンガイ博士は一向に帰って来なかった。
『まさか重大な失敗があったのか?』
『もしかして、居心地が良すぎて帰ってくる気をなくしたとか?』
『いやいや……』
 全世界メディアは騒然としたが、依然として世界中の物理学者はタイムマシン理論に欠陥を見出せなかった。
 各国政府は慌ててタイムマシンの製造を禁止したが、既に設計図はネットを通じて拡散しており、富豪やベンチャー企業が続々と独自のタイムマシンを作っては、タイムトラベルを試行するのだった。

 しかし、それからタイムトラベルから帰る者はただ1人としていない。
 だが、人々は『きっと、世界分岐が起こったのだ』と夢想し、タイムトラベルを止めようとはしなかった。

* * *

「なんと口惜しい!天才ジンガイは、地球を3ヵ月遅れで追う宇宙ゴミとなり果てた!」
 オチミズは色あせた畳を掻きむしって、嘆き声を上げた。
「……どこを間違えた?どうすれば上手く行った?万全を期し、4年スパンでのタイムワープをしていたならば、あるいは」
 オチミズは大きく頭を振る。
「いや、そう簡単には行くまい。スパコンで航路計算しても現時点での着陸成功率は小数点以下だろう。うう……、タイムマシンという夢に目が眩み、先生をはじめ、私も世界中の人々も浮かれ過ぎていたんだ」
 小一時間の間、オチミズは頭を抱えて懊悩していたが、やがて居ても立っても居られず、所々が錆び付いた狭いベランダへと飛び出した。
「ああ、なんとマヌケなことか。地球の軌道を失念するなんて!」
 寒空の中、彼が夜空を仰ぐとスッと流星が横切った。
「あいつもタイムマシンのなれの果てやもしれんな……」

* * *

『あっ、流れ星!』
「おお、流れ星だな。……いや、そろそろクリスマスだ。もしかすると、良い子のお家を下見に来たサンタさんのソリが通った跡かもしれないぞ」
「あ!これはチャンスね。欲しいオモチャをお願いしたら?今ならきっと、サンタさんの耳に届くわよ」
『ホント⁉サンタさん、お願いします。ボクがいま欲しいのは……』


解説

『例えタイムマシンを作れたとしても、時間跳躍先の地球引力圏へ上手く乗れるタイムマシンの航路計算、また操縦は簡単じゃ無いのではないか』という話です。
 地球の位置、つまり自転と公転を理解できていると話の理屈が解ると思います。

 もっとも、これはお話のために単純化した、現実とはかけ離れたSFです。太陽系の公転、天の川銀河の移動、宇宙の膨張、etc…を考えないものとした上での理屈です。
 タイムマシン云々は勿論フィクションですが、『4年スパンでのタイムワープを~』は、もっともらしく見せかけるウソです。(ルイジアナで旅立って、一年後のハワイ付近に落下というのも、そのウソを前提にした大雑把な想定です)
 私達(地球)は約240 km/sで宇宙を移動しているらしいですから、仮に時間的に未来へ跳ぶことができたとしても、その分だけ空間的に取り残されてしまうワケです。(何か、禅問答みたいな話)
 要するに、タイムマシンが実現できたとしても、地球公転軌道に帰り着くのは無理ではないかという話です。

 初稿2018年1月作 改訂第三稿

謝辞

 いま取り組んでいるものの進捗が芳しくなく、気晴らしを兼ねて、このアドベントカレンダー企画に参加させてもらいました。
 ご読了、有難うございました。

追記

 映画評論家・町山智浩さんがタイムマシンにちょっと触れてました。あれは昔から指摘されていた問題なんですね。

ラリー・ニーヴンも言ってましたが、タイムマシンもので困るのは、地球や太陽系や銀河系全体までが動いていることを考えると、空間座標設定が不可能に近いからです。


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