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夜とはちみつ

陽が落ちてから、わりと知らない道を歩く。看板が、斜めってる。

 『気をつけよう
    甘い言葉と 夜の道』


そうか。気をつけなければいけないのだな。

とくに何も起こらないまま、ずんずんと夜は進む。沈黙する道。道。
だんだん、夜の道より甘い言葉が気になってくる。

甘い言葉ってどんなのだろう。いままで誰かに甘い言葉をかけたことも、
かけられたこともあまりない。


わざわざ看板を立てるくらいだから、甘い言葉と夜の道はグルなのかもしれない。だけど、どうグルになっているのか、ふたつの関係が想像できない。

夜の道が物理的に危険なことは、なんとなく理解できる。問題は、甘い言葉だ。イメージがわかないことには注意しにくい。

仕方ないので、きっと甘い言葉はこんなのだろうと考える。

                *

夜道で突然、知らない人が目の前に現れる。甘い言葉を持ち歩くくらいだから、当然、顔も甘い。

「お嬢さん、よかったら僕の翼でお家までお送りしますよ」

……甘い…のか? いや、甘くない。むしろ寒い。気をつけるまでもないんじゃないか。そういう甘さへの注意を呼びかけているのではないみたいだ。


「お嬢さん、よかったら僕と、はちみつをちゅうちゅうしませんか?」
 

男は、とっておきの一瓶を目の前で揺すってみせる。ざろーん。ざろーん。

これだ。甘くて危険だ。二人ではちみつの虜になってしまったら、家に帰れなくなる。

                *

ようやく、甘い言葉の危険性を理解した僕は、歌いながら夜の道を歩く。
 
はちみつはちみつ甘くて危険なはちみつ夜の道――。

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熊にバター
 日常と異世界。哀しみとおかしみ。ふたつ同時に愛したい人のための短編集(無料・随時更新)