ヴェネツィアで銀獅子賞「スパイの妻」、黒沢清監督
神戸で、羽振りよくやっているらしい貿易商。立派な洋館に暮らし、取引相手の外国人らを友人と呼び親しくつきあう。かつて足を踏み入れたアメリカ西海岸の思い出と憧れを胸に、いつかもう一度、次は摩天楼も見たいと目を輝かす。
そんな福原優作の思いとは裏腹に、日本はすでに軍靴の音が目の前に迫っている。自らの信念を曲げず、ならば今のうちに外国を見ておかなければ、と、三ツ揃えをビシッと着こなし、コートの裾を翻し、スマートにエレガントに動き回る優作は、いかにもカッコよく、かつリアルだ。今の時代にもいそうだけれど、ああ、こういう人たちが近代の日本を豊かにしてきたのだろう、と思う。
戦前に仕事でヨーロッパに駐在していたこともある祖父は、若い頃から西洋への憧れが強く、洋風好みでおしゃれだったという。高橋一生とはいかないけれど、まあちょっと、きっとこんな風だったのかもしれない。
一方でその妻は、なんというか、少し前まで日本の小説に登場していた理想の女性像、とでもいうのだろうか、きれいで若々しく従順で、私には難しいことはわかりません、というステレオタイプ。それが当たり前だったのだろうけれど、序盤はちょっと、正直のところ鼻白んでしまった。
これは戦争前夜を背景にした、ミステリーなのか、ラブストーリーなのか・・・と考えているうちに、ガタンと音を立てて歯車が回り始める。はじめはゆっくりと、そして徐々にスピードをあげていく。そう、二重の現実を見る夫と、どこか夢見る夢子ちゃん的奥様のふわふわ感とのズレこそがまさに、この物語の原動力なのだった。
いよいよクライマックスか・・・と思わせたところで、ドスンと深い井戸に突き落とされるような。序破急のリズムが見事、より安定感のある起承転結とは明らかに異なる、ピリピリと鋭い感覚が、見終わったあとにずっしりと心に残った。
ウィルスが世界を席巻する中、「リアル」で開催を実現させたヴェネツィア映画祭で、銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞。世界中から集う映画ジャーナリストや地元の映画ファンや日本マニアたちの声を、現地で聞いて見たかった、と思う。そして、黒沢清監督や蒼井優さん、高橋一生さんに、気に入れば盛大な拍手や声援を、気に入らなければ正直にブーイングも飛ばす、ヴェネツィアの「生」の観客と一緒に楽しんでいただきたかった。
来年はいつものように、日本の監督さんも俳優さんも、生で参加していただけますように。
スパイの妻
監督 黒沢清
出演 蒼井優、高橋一生 ほか
日本、2020年
https://wos.bitters.co.jp
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Fumie M. 11.08.2020
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