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畑の下から出てきたものは・・・?ワインの里からワクワクニュース


 ヴァルポリチェッラ、というイタリアのワインがある。
 透明感のある美しいルビー色、甘すぎず深すぎず、バランスのよい飲みやすい赤ワインとして日本でも比較的よく知られているワインの1つだと思う。
 北イタリアのヴェネト州、夏の野外オペラで知られるヴェローナおよびその近郊で作られているD.O.C.(原産地認定)のワイン、ヴァルポリチェッラはもともとこのワインが生産されている地域の地名でぶどう種名ではない。そして、ヴァルポリチェッラの中でも、特に歴史の長いエリアで生産されているものは、特別に「ヴァルポリチェッラ・クラッシコ」と呼ばれる。

 そのヴァルポリチェッラ・クラッシコのぶどう畑の土の下から、ローマ時代の邸宅の床モザイクが発見された。発表があったのは5月27日、イタリアはまだほぼロックダウンのさなか、むしろ事態はイタリアを超え世界中で感染拡大が進んでいた頃。ウィルスと関係のない、明るい、というかまあちょっとおもしろい話題だったのだろう、ほとんどシュールな合成写真か何かのようにさえ見える写真とともに、瞬く間にイタリアのみならず、国外の主要メディアで報道された。だから今さら、なのだけど、やはり興味深いので備忘録代わりに書いておきたい。 

 ヴェローナ市街を囲む北側の丘陵地帯、ネグラール市でこの床モザイクが発見されたのは、実は全く初めてのことではない。1886年、偶然この地でローマ時代の床モザイクが発見されると、モザイクは、現場から剥がされ、博物館へと送られた。神話の場面が描かれていると思われる2つのモザイク、「2頭立ての馬車を駆るキューピッド」「ペロプスと将来の花嫁ヒッポダメイアとその母と思われる女性」は、現在、ヴェローナの考古学博物館に展示されている。

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 なお、現在でこそ遺跡も美術品も、できる限り元のあるがままに保存、保管していくことが当たり前になりつつあるが、つい数十年前まではそうではなかった。あのポンペイの遺跡だって、床モザイクのほとんどは剥がされ、ナポリ考古学博物館で保存、展示されている。床であるだけに、中には何平方メートルに及ぶ場合もあるが、その場合は特に重要と思われる部分、「絵」が描かれている場面などののみが切り離された。盗掘や密売などを防ぐために、あるいは劣化や損傷を防ぐには仕方のない面もあるものの、貴重な歴史の記憶が1つ、消えることでもある。

 1922年に、当時のヴェネト州考古学文化財保護局の主導により本格的な調査が行われると、長方形の広い部屋、それを取り囲む小部屋、柱廊などの跡が発見された。「ヴィッラ」と呼ばれる、ローマ時代の典型的な邸宅であったと考えらるが、モザイクは発見されなかった。ところが、少し離れたところで偶然、多色の石片を使い幾何学模様を描いた床モザイク長方形の部屋が見つかる。同じ邸宅の一部、むしろ邸宅の中心部分であった可能性が高い。
 考古学調査では、主だった発掘品が博物館送りになったあと、再び土をかけ、地中に戻すことも少なくない。ここも一旦調査がお壊れたあと、埋められてぶどう畑になっていたが、幸い、白黒写真が残されている。(ネグラール市HPより拝借)

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 その後、1974年に再び、今度は新しい住宅を建設する際に、モザイクの一部が改めて発見されたが、この時ももう一度、埋められた。実際、ローマ帝国時代に各地で街が建設され、街道が通された北イタリアでは、お庭などでもちょっと掘り起こすと、モザイクの床などが出てきてしまうことがしばしばあるらしい。お宝発見?いや、私有地でも、土の中から出てきたものは国有財産になる。考古学遺産ともなれば、調査だの研究だのであらゆる工事がストップする。冗談か本気か、そんなことになっては大変!と、何かしら出てきても、よほどのことがない限り、慌てて埋め戻してしまう、と聞いたこともある。タダでさえお役所仕事に時間がかかるイタリアのこと、気持ちはわからないでもないけれど・・・。

 そして、2019年、文化省の肝いりで新たな調査が開始される。最初に見つかったのは、モザイクのない部分だった。年が明けてからはウィルス問題の影響で調査が中断されていたが、再開して間も無く、確かに1922年に発見されたモザイクの一部が「再発見」された。それが今回、発表とともに瞬く間に世界に知れ渡ったあの写真だ。

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 地表からモザイクの面までは80-140cm。写真を見てもわかる通り、地層がなく、同じ時期に埋められたことがわかる。そのため、土地を特定してからの調査は、比較的「確信的」であったらしい。そして、必要最低限に溝を掘る手法で、今回の「確認」に至った。柔らかな土壌、焦げ茶色の土の中に唐突に現れる、白をベースにしたカラフルで硬質なモザイク。世間を騒がせたのも無理もない、印象的な写真だと思う。
 調査を行なった考古学者ジャンニ・デ・ズッカートらによると、モザイクの模様、質をより、広く見積もって、紀元後3世紀中盤から、西ローマ帝国崩壊の5世紀後半までの間のいわゆる「ローマ帝国後期」のものと考えられるという。
(写真は、発掘作業を実施した SAP società archeologica srl Facebookより拝借)
 
 今回の調査は、1922年調査のモザイクの存在の確認と場所特定が目的であったため、ここで一旦終了となる。ヴァルポリチェッラ・クラッシコというこれも世界に知られるブランドワインを生産しているこの土地はもちろん私有地だ。ただどうやら所有者も、この発見には大いなる期待を寄せていたようだ。モザイク好き、ヴァルポリチェッラも大好きな身としては、今後どういう展開になるのか、続報を楽しみにしている。

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Fumie M. 08.08.2020

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