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「制作(下)」 エミール・ゾラ

清水正和 訳  岩波文庫  岩波書店

大岡山 タヒラ堂書店で購入。
(2016 05/22)

川の作家 ゾラ

「制作」下巻100ページ越えくらいまで
ということで第8章と、第9章途中、馬車に乗ったイルマ・ベコーがパリをうろつく貧しいクロードの前に現れるところまで。

まず第8章。主題を求めてパリを彷徨うクロードの前に、一つの啓示が現れる。

  ところで、この巨大な画布といえる眺望の中心部を占めるのは、いうまでもなく、セーヌ川に浮かぶシテ島であった。それはまさしく、夕陽を浴びて燦然と永遠の黄金に輝く古い巨船が、こちらに舳先を向けて屹立している姿だった。
(p30〜31)


前に「獲物の分け前」読んだ時に思った、ゾラの「川の作家」らしい書き方だけど、この主題にもやはりモデルがあって、それはやはり?セザンヌではなく、モネ「セーヌ河岸の石炭搬出風景」(1872)
(p29にあり)
第8章最後はクロードとクリスティーヌの結婚式夜の、しかし切ない幕切れ。

関門は何を止めていたのか

そこで現れてきた二人のずれは、次の第9章で大きく展開する。

  じっさい、彼は、転落してきては圧しつぶそうとする岩を、じっといつまでも押し上げているあの呪われた悪鬼のような苦しみを味わっていたとはいえ、未来がまだ残っていたのである。いつの日か、その岩を両手に持ち上げ、星の世界に投げとばすのだという確信だった。
(p73)

  いまは、シテ島の主題と、真っ向から対決しているのだった。この主題は、もはや彼の固定観念であり、彼の生命を閉じこめる関門と化していた。
(p74)


「関門」というのが、壊れたら奔流となり、全てが壊れてしまいそうな予感がしてしまう言葉。
ゾラもこうした精神状況に少しでも置かれていたのだろう。

  それらもただみごとな美しさというだけで愛しているのであり、それらを抱きしめることもできないまま、いつも逃げ去って行くのを感じながらも、飽くことなく追い求めているのだ!  クリスティーヌは生身の存在であり、手をのばせば届く対象に過ぎない。
(p90)


サンドーズ=ゾラが名付けた〈幻影を追う騎士〉。一方クリスティーヌは、彼の芸術、そこに描かれる女に嫉妬し、そして自らモデルになり、通常のモデルより酷使するクロードの芸術に帰依していく。この二人に揉まれて精神異常を見せ虚弱で家に閉じこもり生活を送るジャック…こうした中、先に述べた成功したイルマ・ベコーが現れた…この先どうなる、どうにもならない?
(2018  12/01)

「制作」下巻後半ダイジェスト?

進んでいるけど書けていない「制作」は先週火曜日第9ー10章、昨日第10章終わり。ジャックの死とそれを描いた作品のサロン入り。
(2018 12/11)

さて、これまで折に触れて読んできた「制作」下巻の気になる箇所を引用ダイジェスト。
第10章、サロン初日の雑踏から。

 いっそう驚いて見上げずにはいられなかったのは、階上の各部屋を絶え間なく歩く群衆のものすごい足音だった。耳を聾するばかりの響きで、あたかも列車がつぎつぎと全速力で通過しているかのように、たえず鉄の梁をゆるがしつづけていた。
(p210〜211)


鉄道が出てくるところがゾラ的・・・それと「見上げる」の視覚と、「足音」の聴覚(そして触覚(圧力))の読者を一瞬惑わせる交差が印象的。

次は第11章。上巻でクロードとクリスティーヌが暮らしたベンヌクール付近を、サンドーズとクロードが再び訪れるところ。芸術家が見た自然描写という要素がちょっとだけまぎれている。

 ボニエールとベンヌクールの間に橋が架けられていた。あの鎖にきしむ古い渡し船が、流れの中の黒い点景としてとても魅力的だった場所に橋を架けるとはなんたること! 他にも、下流のポール・ヴィレに堰が築かれて水面が高くなり、そのため大半の島々が水没し、入りくんでいたどの入江ものっぺらぼうになっていた。
(p235)


(のっぺらぼうって箇所、原著ではどうなっているのかな?)
最後は第12章。ついにクリスティーヌ、キレる。これまでになかった長台詞にクロードも目が覚めた? それはまだわからないけど、次の文章は現実を突き詰めたら非現実になった、あるいは現実と非現実の屈折した同居、それが見える箇所。

 彼は呆然として自分の作品に恐怖をさえおぼえ、非現実のかなたに自分がとびこんでしまっていたことに、おののきふるえていた。現実を征服し、自らの手でより現実的なものを再現しようと長年苦闘してきたあげく、現実そのものがとうてい自分には表現不可能であることを、いまや思い知らされたのであった。
(p291)


あと20数ページなんだけどなあ。
(2018 12/16)

19世紀末の陰鬱なる対話


「制作」やっとさっき読み終えた。
クロードはクリスティーヌとの生の一夜を過ごした次の早朝、「絵に呼ばれて」首吊り自殺する。その首でもってモローの「出現」の構図になったのではないか、と解説の清水氏。

と、ここで小説が終われば、幻想主義の作品になっただろうけれど、自然主義者ゾラは、クロードの葬列でのサンドーズとボングランとの陰鬱なる対話をエピローグとして加える。それは小説執筆時のゾラの内なる対話でもあり、現実への批判的眼差しである。

  わたしたちの世代は、腹の底までどっぷりとロマン主義に浸っていて、それが骨の髄まで滲みこんでいます。洗い落として、強烈な現実の浴みをしようと努めても、しょせんむだなのです。ロマン主義のしみはがんこで、いくら洗い流そうとやっきになっても、その匂いはぜったい抜けません
(p310)


  ペシニズムが腸をよじり、神秘主義が脳味噌にかすみをかけています。われわれが分析の強力な光で照らして亡霊を追い払うことができなかったからです。超自然が再び敵意をむき出し、伝説が反逆し、疲労と苦悩に喘いでいるわれわれを征服しようと企んでいます。…ああ、もちろんわたしとてなんの確信もありません。わたし自身、引き裂かれています。
(p314)


ゾラはユイスマンスの「さかしま」のモローへの賛辞が素晴らしいと手紙を書いている。この後「われわれは終末にいるのではなく、一つの過渡期、なにか別のものの始まりにいるのです」(p315)とここだけ未来に対し希望を持たせている。
小説最後は陰鬱な対話を打ち切るかのようにサンドーズの言葉で終わる。

 

 「さあ、仕事にもどりましょう」
(p321)


これは当時エクスに引きこもって苦闘していたセザンヌへのメッセージであった、と解説に。この「制作」発表後、儀礼的な手紙でもって断交したセザンヌであったが、ゾラの急死(1902)後、「大水浴」や「サント・ヴィクトワール山」の連作でそれに応えた(モネ晩年の連作も)といえる、とこれも解説に。

ゾラとトーマス・マン

最後は解説から。ゾラへの賛辞を送った三人の芸術家からマンの言葉を(あとはフロベールとゴッホ)

  ゾラの自然主義、それは何よりもまず象徴を包含し、神話と密接な関連をもつ自然主義だ。彼の叙事詩的作品における象徴性と神話趣向はぜったい無視できない。
(p370  トーマス・マン「ゾラと黄金時代」(1953))


…と、書いて、そのマン、「ゾラと黄金時代」を調べたのだけど、そういう著作、少なくともウイキペディアのトーマス・マンの項にはなかった。ワーグナーとの絡みがあるらしいので、ひょっとしたら「リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大」からか?  前に読んだ時のメモ見てみると確かにゾラへの言及はあるみたいなんだけど…でも、この講演は1953年ではないし…マン日記からかな。

マンをウイキペディアで調べたおかげでいろいろ付随事項も。三島由紀夫の「金閣寺」は鷗外プラスマンの文体で書いたとか自身で言っていたり、北杜夫のペンネームは「トニオ・クレーガー」からとっているとか、辻邦生はパリ留学時に「ブッテンブローグ家のひとびと」の文章を全てカード化し研究しのちにマン論も岩波書店から出していたり、とか。

こっちの探索が行き詰まったので、訳者清水正和氏についても調べてみる。和歌山県出身。19世紀の文学と芸術全般が専門らしく、この小説にはうってつけ。「ゾラと世紀末」という著書(国書刊行会)もある。この「制作」の刊行が1999年で、その3年後の2002年に亡くなったという。

いまのところよくわかっていないけれど、マンとゾラには今まで思っていたよりも強いつながりがあるようだ。でも、グーグルで「マン、ゾラと黄金時代」と入力し検索するとマンチェスター・ユナイテッドとジャン・フランコ・ゾラの記事たくさん出てくるのには笑った…
(2018  12/17)

上の文とはちょっと違うけど、ゾラとワーグナーを結びつける傾向はマンの中に確かにある。「講演集  リヒァルト・ヴァーグナーの苦悩と偉大」に収められている標題作と「リヒァルト・ヴァーグナーと『ニーベルングの指環』」のどちらにもゾラへの言及(他の作家や芸術家も出てくるけど)がある。マンの中ではかなりの確信であったのだろう。

  この両者はひとつのものなのです。精神と意図と手段の親近性が今日では私たちの目に飛び込んできます。彼ら二人を結びつける共通点は、単に大規模なものへの野心や壮大豪壮なものを好むという芸術上の趣味だけでなく、また技法的な面でホメーロス流のライトモティーフを用いているという点だけでもありません。彼ら二人に共通なのは、とりわけ、象徴的なものにまで高められ、神話的なものにまで培われ育てられた自然主義であります。実際、ゾラの叙事詩的作品の中には象徴性があり、神話的傾向があって、これが彼の描いた人物像を超現実的なものにまで高めていることを誰が見逃すでしょう。
(p11 トーマス・マン「講演集  リヒァルト・ヴァーグナーの苦悩と偉大」)


「ニーベルング…」の方の論文では、共通性もあるけど、どちらかと言えば違いに触れられている。ゾラの属するフランス的作品の社会に向けたというか根ざした精神と、ドイツの社会や政治に無関心な精神と。こういう国別な分け方はどうかとも思うけれど、これはこの講演時の切羽詰まったドイツの状況に警告を送る為でもあったから…

でも「ゾラと黄金時代」はどこ行ったのだろう。マン全集でも引っ張り出してこないとだめかな。
(2019  02/08)

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