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レアルのジャージ、ワンダーコアとリングフィット。
ランニングをしている人が増えたような気がする。大きな通りを散歩していると、サラリーマンらしき人から、小学生とそのお母さんの親子まで、色んな人が走っているのを見かけた。みんな結構ばっちりスポーツウエア着て走っていてカッコいい。
運動という二文字からかけ離れた生活をしているが、一度だけジムに通っていた時期がある。一年ちょっと前、受験が10月に終わり、暇を持て余していた年の初め、多少は身体を動かそうと、突然近所のジムに行ってみた。
ジムと言っても、GOLD`S GYMやエニタイムフィットネスと言った都会的でオシャレなジムではなく、地域のスポーツセンターに、新しくルームランナーやら、重い持ちあげる器具が設置されただけである。そのスポーツセンターは小さい時よくプールを目当てに遊びに行っていたが、プールの後に食堂のアイスを食べるのが一番の楽しみだった。観光地の売店のようにたくさんの種類のソフトクリームがあり、近所なのにレジャー感が味わえる場所として重宝していた。
そんな思い出の地であるスポーツセンターの食堂が改装され、色々な器具が置かれジムになったのである。ジムに変わったと聞いたときは、
「俺たちのスポセン食堂を返せ!」
という気持ちでいっぱいだった。しかし、地域が運営しているスポーツセンターのジムは、値段が他よりも圧倒的に安い。こうなると、文句は言えない。隣のコンビニでもアイスはよく食べていた。地元に思い出の場所なんて、他にも死ぬほどある。
ジムに行くからには、ウェアが必要になる。一番身近な運動着といえば、進行形で着ていた高校のジャージだが、これがこの時代に考えられないくらいダサい。腰と腕のゴムがきつすぎて、ずんぐりむっくりして見えるし、名前の刺繍はデカすぎるし、Vネックだし、緑だ。三年間着ていて、愛着も湧かないほどに本当に良いところが無かった。
高校のジャージが無しとなると残りの選択肢は、中学のジャージと、中学の部活着である。
中学のジャージは高校に反して、とてもカッコよかった。後ろに大きく学校名が書いてあるのだが、そのフォントもスタイリッシュだし、配色も赤白紺のバランスがとても良い。そして何より、ゴムの加減がちゃんとしている。ずんぐりむっくりして見えない。むしろ運動が得意そうに見える。
しかし、地元のスポーツセンターに、地元の中学のジャージで行くのはいささか地元すぎやしないか。なんというか、マイルドヤンキーっぽい。
こうなると、中学の部活着という選択肢だけが残る。この部活着というのは、レアル・マドリードのジャージである。ちなみに、私はテニス部だ。
激ゆるだったテニス部には特定のユニフォームが無かったのだ。みんな各々好きな格好で部活に来ていた。一応試合には服装の規定があったけれど、練習は何でもありだった。だから私はレアルのジャージを上下で着ていたし、友達はテニプリの立海のジャージを、腕を通さず肩から羽織っていた。
ちゃんとアディダスだけど、テニスに関係ない服を着る私と、テニス関係だけど立海のジャージな友達では、友達の方がテニスは上手だった。
このレアルマドリードのジャージは、高校中学のジャージの比にならないくらいカッコいい。素材、形、色、何もかもの格が違う。ずんぐりむっくりして見えないことはもちろん、運動は得意そうに見えるし、顔までマシに見えてくる。
久しぶりに着たレアルジャージにテンションが上がり、早速ジムに向かった。ジムに着替えの場所もあるのだが、家からジャージを着ていった。この格好の時なら、誰に会っても良いと、人の多い道を姿勢よく自転車で走った。
いざジムにつくと、緊張していた。地域のスポーツセンターなんて、おばさんとじいさんしかいないと思ったら、意外にもちゃんとした人ばかりだった。ムキムキの兄ちゃんたちは、近くにゴールドジムがあるんだから、そっちに行けばいいのに。
そんなジムの猛者のような人の横で走ったら、
「フォームが汚い」とか、「上腕二頭筋への愛が足りない」とか怒られそうで怖い。
彼らと距離を取り、端の方にあるルームランナーで走ってみることにした。
この日のために、テンポの速い元気の出る曲のプレイリストを流す。
音楽の力もあって、思ったよりも楽しく走れた。健康的に汗を流すという行為をしたのは一体いつ以来だろう。高校の体育を楽しいと思った事はないので、もしかしたら中学の部活以来かもしれない。「健全な精神は、健全な肉体から」という言葉が浮かぶ。
新しい趣味の誕生の兆しに浮かれていると、ガクンと視界が落ちる。ルームランナーから降りる一歩目を見事に踏み外した。
痛い。
足首に覚えのある痛み。足首の硬さに定評のある私は、定期的に階段を踏み外したり、段差を見逃して怪我をしている。今回もそれをやってしまった。一瞬、色んな方向のマッチョが尻もちをついたこっちを見たが、大丈夫という顔をして立ち上がった。本当は全然大丈夫ではなかったが、なんとか自力で出口まで戻った。
記念すべきジムデビューは、右足首全治二週間という結果に終わったが、そこから何回かまたジムに行った。一度怪我をしたぐらいで、久しぶりに生まれた新しい趣味を失うものかと、強い意志でジム通いを続けたのだった。
しかし、何回目かのある日走った後、鏡に映る自分のボロボロさに気がついた。ジャージのおかげで、何割か増しでイイ感じに見えると思っていたが、ジャージでは補正が効かないほど、汗をかいてバテた自分は残念な姿だった。
そこから一度もジムには行っていないし、走ってもいない。また最近身体を動かしたい気持ちが高まってはいるが、リングフィットがしている自分がカッコいいかも、という気持ちが強いだけのような気もする。リングフィットは手に入りにくいそうだし、そもそもswitchさえ持っていから、次に運動するのは随分先になりそうである。
根っからの「形から入る」タイプの私は、健全な精神も肉体も得られないよなぁと思うのだった。部屋には同じタイプの父が買ったワンダーコアが埃を被っている。
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