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短編その7【前編】インタビュー


——これまでの人生で一番怖かった体験について、お話しください。
 怖かった体験ね。ああ、あるよ。しかもとびきりのやつ。先月彼女と一緒に、岐阜県にあるXX温泉郷に足を運んだ時のことなんだけど。

——彼女とは、どんな人物ですか。
 あ、彼女のこと?まだ付き合って数日って程度の付き合いたてで、めちゃくちゃ美人でさ。彼氏がいたんだけど、ガンガン押しまくったら奪えちまった。そりゃもう嬉しかったね。元彼の野郎にはわりいけど。それで旅行なんてなりゃ、色々期待するよな?俺、めっちゃわくわくしていたんだ。
 そんなこんなで、当日。宿に荷物を置いた後、まあそこは温泉街、他の立ち寄り湯なんかにも興味あって。簡単な話、温泉巡りをしようってなったのよ。そこで最初に目に留まったのが、市街地中心にそびえ立った老舗っぽい旅館だったんだ。
 そこ、一泊の値段が高過ぎて、とてもじゃないけど泊まれなかった場所だったんだ。だけど、立ち寄り湯は数千円レベルなの。折角だしって、彼女とそこに向かったの。
 なんか、とんでもない旅館でさあ。なんてーの、古代ローマ風?ほら、テルマエなんとかの漫画で出てきたような。洋風で、とにかく高級感溢れる内装っていうのかな。外観が和風だっただけにギャップ感じたね。
 金払ったら、フロントマンが「奥のエレベーターで三階に上がってください」って。だから、広くて綺麗な廊下を進んで、エレベーターまで二人で向かったの。そんで上昇ボタン押して待っていたら、ふと隣にある階段に目が留まったんだよ。

——何故、階段が気になったのですか。
 まあ、普通そう思うよな。フロア図に書いてあったんだよ、地下は「VIP専用フロア」だって。エレベーター見ると下降ボタンは無いし、これはもしや、金持ちばかりが入ってる、秘密で最高級の風呂があるんじゃねーかなって。
 彼女も降りてみようって言うし、まあ好奇心?怒られても「間違えました」って言えば許してもらえっかなーなんて。エレベーターには乗らずに階段で地下に向かったのよ。
 でも、その階段がとんでもなく続いていて。折り返し階段っていうのかね、降りても降りてもフロアに出ない。地下だしもちろん窓もなくって、蛍光灯の薄暗い光だけ。降りれば降りるほど、俺も彼女も不安になってきちまった。これ、ほんとに「VIP専用フロア」あんの?ってね。
 それでようやく階段が終わってフロアに出たと思えば、そこは地下六階。廊下が左右に伸びていて、等間隔にやたら古めかしい扉があってさ。フロアの内装も、一階と打ってかわってボロいというか、庶民風で。その割に、電気がやたら明るく光ってて。何だよって思ったよね、最初は。
 でもそのフロア、誰もいねーの。廊下は結構奥まで続いてんだけど、人っ子ひとり見えやしない。耳をすませば微かに雑音が聞こえるくらいで、静まり返っていてさ。ほんと不気味でなんだか怖くて。すぐに戻ろうって彼女に言ったんだよ。
 けど彼女、探検してみようってずんずん右の廊下を歩いて行くんだよ。怖くないのかなってびっくりしたけど、それ以上に、そんな気の強さに益々惚れてさ。それに女の子がそんな態度なら、男としてついていかないわけにはいかねえってな。急いで彼女の手を引いて、逆に先導するように進んでいった。
 でもその強がりもすぐ萎んじまったよ。突然、どっかから大きな叫び声が聞こえたんだ。続けて、ああああみたいな呻き声も。そこで何気なく壁に耳をつけてみると、今聞いたみたいな呻き声や叫び声がひっきりなしにしてんだよ。男も、女も、どっちの声も聞いたかな。雑音だと思っていたの、それだったってようやく気がついたんだ。ここはやばい。そう、本能っていうのかな。やばすぎる。興味本位で来ちゃいけない場所だって、そこではっきりと察した。
 俺は彼女の腕をとった。「戻ろう」とかなんとか言って、無理やり階段のところまで走って戻ると、階段横にエレベーターがあることに気がついて。一階のエレベーターがあった場所と位置的に一緒だったし、このままいけば戻れるって、勢いよく上昇ボタンを押したんだ。すぐにはエレベーターが来なくて、内心かなり焦ってさ。周りには俺と彼女しかいない、ほかに誰も見当たらない。なのに、寒気がして、いてもたってもいられなかった。
 彼女はそんな俺に、黙ってついてきてくれた。情けねえ姿を晒しちまったって、かなり恥ずかしくもあったよ。でも、仕方ないよな。その場所から離れられるなら、プライドなんてかなぐり捨てても良い。それくらい本気で思う程、異質な場所だったんだ。
 それでエレベーターが来て。急いで乗ろうとしたんだけど、扉が開いた瞬間、思わず息を飲んだ。中に、人が乗ってたんだ。
 四人…だったかな。男が二人、女が二人。四人全員、言い方悪いけど小汚い格好で、俺と彼女をじぃっと見てくんの。このまま入っていいのか、躊躇ったよ。

——どうして?
 え、どうしてだって?考えてみろよ、俺達は地下六階にいたんだぜ。なのに上階行きのエレベーターにいたってことは、その四人は下から来たってことだよな。でも、階段は地下六階までで終わってた。一階にも、そのエレベーターにも、下降ボタンは無かった。となると、そいつらは一体どこから来たんだよ。
 それにもっと怖かったのが、そいつらだよ。無言で、無表情で、全員が全員俺達を見てくるんだ。デパートとかで知らない奴とエレベーターに相乗りしても、目を合わせることって基本無いじゃん。でもそいつら、一度も目線を逸らすことなく、俺達を見るんだよ。
 それだけ聞けば、かなりおかしいだろ。普通は乗りたくなくなるだろ。けど、彼女は俺の腕を掴んでエレベーターに乗ろうとしたんだ。「乗りましょうよ」なんて、平然と言いやがる。

——それで、あなたはどうしました?
 思わず「やめろ!」って振り払っちまった。その勢いで、彼女はそのままエレベーターの中に入っちゃって。でも、なんでかわかんねえんだけど、その時の俺、彼女を引き戻そうとしなかったんだよ。そんなやばそうな奴らのいる空間なのに。
 そうしていたら扉が閉まりはじめて。四人と彼女の姿が左右から見えなくなっていってさ。もう鳥肌もんで、閉まりきったあとはもう、脱兎の如く階段を駆け上がって、風呂も入らずその旅館をあとにしたんだ。彼女とも、それきり。もう、ほんとに怖かった怖かった。

——彼女は、どうなりましたか。
 どうなったかって。だから、それきりだよ。宿で待っていたけど、全然戻ってこなくて。探しに行くべきだったのかもしれないけど、あんなおかしな場所にもう一度行くのなんて、どうしてもできなかった。情けないよな。でも、それでも、体が震えちまって。本当に無理だったんだよ。

——ということは、彼女とは以降会うことはなかったのでしょうか。
 あ、ああ。まあ、そうだな。そうなるよ。美人だっただけに、残念だった。

——何か、あったのですか。
 え?いや、何も無いよ。それで終わりさ。

——包み隠さず、全てを話してください。
 だから、何も無かったんだって。これで終わりだよ、終わり。

————本当に?
 本当だよ。なんだよ、さっきから。これ、ただのインタビューだろ。そんなしつこいと、もう帰るぞ。

——大変失礼しました。ただ、あなたのお話にはまだ続きがあるように思えまして。それをお話しいただければ、インタビューは終わりです。謝礼もいたしますので。どうか、お聞かせいただけないでしょうか。
 あ?…うーん。しかたねえ、分かったよ。ただ、良ければ謝礼に少し色つけてくれっと嬉しいんだけど。

——分かりました。最大限、あなたのご要望に応えます。
 よしきた、それなら話してやるよ。えーと、どこまで話したっけ。そうだそうだ。宿に戻ってきてってところだよな。
 実を言うとその日の夜に、本当は彼女が帰ってきたんだよ。

(中編に続く)

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