短編その5 きになっちゃうおばけ
文字数:2,200字程度
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——やあ!僕は、きになっちゃうおばけ!
「わ!びっくりした」
突然私の目の前に、それはふわりと現れた。
——ミカちゃん、はじめまして!僕は、きになっちゃうおばけだよ!
「おじゃる◯」に出てくる、貧乏神のような。逆三角形の位置に黒い穴三つ、真ん中に鼻という、典型的なハニワのような顔をしたそれは、初見の印象からして、私に嫌悪感を抱かせた。
「あ、あんた…なんなの」
恐る恐る聞いてみると、ハニワ…きになっちゃうおばけの口らしき穴が横に伸び、にんまりと不気味な笑顔を作り出した。
——僕は、君の「気になっちゃう」をナイナイしちゃうんだ!
「な、ナイナイ…?無くすってこと?」
——うん!なんでも言ってね!僕は君の「気になっちゃう」をナイナイしたいんだ!
気になっちゃう、なんて名前なのに、それを取り除くのか。名前と相反する彼の言い分に、私は苦笑いを浮かべた。
「本当に、なんでも?」
——僕は、嘘は言わないよ!どんなことでもOKさ!
「…へえ。ちなみに、ナイナイした『気になっちゃう』は、どこにいくの?」
——僕が知るわけないよ!
「自分でナイナイしているのに?」
——僕にとってのナイナイは、ミカちゃん達人間の食事みたいなものさ!ミカちゃんは、自分の食べた物がどう消化されて、どう体に吸収されているか!知っているのかい?
「知らないけど」
——それと同じだよ!
「あんたはそれ、気にならないの?」
——僕は僕の『気になっちゃう』もナイナイしてるからね!全然気にならないね!
「なるほど」
納得する私に、おばけは「さあ!」またも気味悪く笑った。
——君の「気になっちゃう」、僕に教えて!
それからの私の生活は一転した。
それも良いふうに、だ。
「毎日雨で湿っぽくても!」
「仕事でミスをしてしまった時も!」
「二日酔いで頭痛が激しくても!」
——気にならない!気にならない!
気にならないことが、こんなに清々しいなんて!
気にならないことが、こんなに楽しいなんて!
私は次第に、一つ一つの「気になっちゃう」をおばけに伝えるのが億劫に思えてきた。
「ねえ。私がこれから出会う『気になっちゃう』、全部ナイナイしておいてよ」
——え、良いのかい?
「うん。いちいち面倒なんだもの」
おばけの黒い三つの穴が一瞬全て正円になる。が、それも束の間、おばけはいつもみたく、にやぁと下の穴を横に伸ばした。
「上司にセクハラ発言をされても!」
「お気に入りのYouTuberのアカウントがBANされても!」
「服をアイロンで焦がしちゃっても!」
「タクシーで順番を抜かされても!」
「財布を落としても!」
気にならない!ああ、最高だ。
もう全て、このまま気にならない人生のままで……
「ミカさん、今夜二人で飲みに行かない?」
………え?
仕事の昼休憩。以前から良いなって想っていた同僚のトウマ君。彼から突然、えっと。お誘いのメッセージが届いた。
「え、え!」
夢じゃないかと口を押さえる。胸がドキドキする。
「えっと、良いよ。と」
メッセージを返して、思わずその場で小躍りした。こんなことって、こんな幸せなことってあるのかしら!
なんだろう。もしかして、彼と今夜…
彼のことを思うだけで、胸が高鳴る。顔が火照る。どうしよう、どうしよう…
——やあ!
「え。え!おばけ?」
そこに、そいつはやってきた。
——それも君の「気になっちゃう」だね!ナイナイ!
「あ、ちょ…!」
時既に遅かった。お化けが口を開いたかと思えば、私のトウマ君への「気になっちゃう」は消し炭になって消えた。
思わず、私はおばけを思い切り叩いた気がする。
——痛い!何をするんだ!
「あんた、何やってんのよ!」
——ミカちゃんの『気になっちゃう』をナイナイしただけじゃないか!
「今のはナイナイしちゃダメなやつでしょ!私は、トウマ君のことを…」
あれ、私…トウマ君のどこが好きだったんだっけ。
彼のことが全く気にならなくなっちゃった。
怒りの感情のままに、私はおばけに食ってかかった。
「戻しなさい!」
——無理だよ!前言ったけど、僕がナイナイした『気になっちゃう』の所在は分からないんだから!
「で、でも!吐くとか、やり方あるでしょ!」
への口をするおばけを両手で掴み、「戻しなさい!」と引っ張ると、おばけは急に光出した。
「な、なに!?」
——ううううう!
次の瞬間。おばけの口が上下に、私の背丈の倍ほどまでに開いた。かと思うと、開かれたその口は驚愕する私に覆いかぶさってきた。
——ミカちゃんがいけないんだ!
一人になったおばけは、叫ぶ。
——こうなったのも、僕の『気になっちゃう』になっちゃった、ミカちゃんがいけないんだ!
しかし、おばけは何も気になっていなかった。だって、おばけは彼女をナイナイしたのだから!
おばけはふよふよ浮いた状態のまま、彼女の働いていた職場の方へと、勢いよく飛んでいく。
「いたっ!」
曲がり角を曲がったところで、おばけは何かとぶつかった。
地面に落ちたおばけが見上げると、そこには男が一人、訝しげな表情でおばけを見ていた。
おばけは、にたりと気持ちの悪い笑みを浮かべた。
——やあ!トウマくん、はじめまして!僕は、きになっちゃうおばけだよ!君の「気になっちゃう」、僕に教えて!
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