見出し画像

短編その2 未来予知

文字数:2,600字程度
------------------------------------

 俺には未来予知がある。

 突然言われても、「何を馬鹿なことを言って」と笑われることは分かっている。しかし、事実なのだから仕方がない。

 ただ、俺の持つこの能力は使えそうで使えない。

 これまでいくつもの未来を予知した。中高と部活でレギュラーになれない予知。受験で第一志望の大学に落ちる予知。好きな女から嫌われる予知。もしも俺が何かしらの物語の主人公であれば、何とかその予知のとおりにならないよう、別の方法を見つけ出そうと奔走するだろう。ただ、俺の未来予知は、確実に起こる未来の予知。つまり、回避しようにも回避できない「事実」の予知なのである。

 そしてそれは、俺の意思とは関係なく突然、それこそ降って湧いたように、頭に浮かんでくる。気軽に予知できて、それを後の行動で変えることができるだけの力であれば、それこそ汎用性が高いのだが。端的に言えば、使い勝手の悪い力だった。

 その日も、初めはそうだった。

 財布から金を取り出し、宝くじを十枚購入した。予知の代償からか、生まれつき体の弱い俺は、まともな職に就いたことがない。親のわずかな仕送りと、不安定な派遣社員として、日々を食いつないでいる。故に、大金への憧れは人一倍あった。
 購入したのはスクラッチタイプの宝くじ。擦れば当たり外れがすぐに分かるもの。皮肉なものである。未来予知の力を持ちながらも、こんな宝くじを買って、未来を運に委ねているのだから。
 そうして財布から十円玉を取り出したところで、ふと頭に光景が浮かんだ。

「スクラッチした結果が外れ」か……

 舌打ちをする。ったく、こんな未来予知、なんの意味があるんだっての。苛々をぶつけるように、手のひらサイズの紙、銀色に光るスクラッチ部分を、力任せに擦る。
「えっ?」
 俺は驚きを隠せなかった。
「あ、当たってる…当たってる!」
 思わず声を上げてしまった。周囲の目線が俺に集まった。
「い、いや。外れてた」誤魔化すように適当なことをぼやくと、なんだよと視線は一斉に散っていった。
 無言でくじをもう一度見る。やはり、当たっていた。しかも一等、一等だ。俺はくじの紙を握りしめる。賞金は五十万円。かなり良い!
 しかしどうして当選したのだろう。予知どおりなら、俺は外れるはずだ。なのに、何故。
 まあ良い。とりあえず…視線のみ、きょろきょろと巡らせる。今は人の目が多い。もう少し落ち着いた頃、あまり誰もいない時に換金する方が良い。くじをポケットに入れ、店を後にする。
「ふふ」
 人気の無い道まで来たところで、我慢していた笑いが止まらなくなった。手で抑えようが変わらない。明らかに不審者であるが、別にそう思われても良かった。それ程までに嬉しかったのだから。
 俺が歓喜する理由、それは宝くじが当選したからというだけではない。
(俺の力、レベルアップしたのか?)
 レベルアップという表現に笑えてくるが、そうとしか思えないのだ。言うなれば、確定した未来が、俺の願望に合わせて変わったのだから。
 もしかすると、これから先の未来もまた、変わってくるのかもしれない。ただ見るだけだった未来を、俺の良いように変えることができるの、かも、し、しれな

 脚の力が抜け、前のめりに倒れる。

「え、あ」
 言葉が出てこない。腰のあたりが、火で熱した鉄板を当てられたように熱い。震える頭を腰辺りに向けた時、その光景に思わず目を見開いた。
 俺の右の腰付近から、ナイフのような刃物が、真っ直ぐ天を仰ように突き立っていた。傷口から滲み出した血の赤色が、衣服をじんわりと染めている。
「悪いなお前」
 視線を上にズラしていくと、そこには男が立っていた。見たことない男だ。身なりも汚い。
「ど、どうしてこんな」
「お前、宝くじに当選したんだろ。俺、あの店の前をいつもずっと見てんだ。そんで、お前の雰囲気からして、絶対そうだって思った」
 つまり、俺からそれを奪うために?
「お前、普通に生活できてんだろ。それなら、俺みたいな底辺に幸せを分けてくれても、バチは当たらないんじゃねえか」
 それだけ言うと、男はくじを探して俺の衣服を弄り始める。
 嫌だ。このまま死ぬなんて。
 しかし、次第に体の感覚が無くなってきているのは事実のようだ。
 これが俺の最期なのか。未来だというのか。
 そんなはずがない。そう、そうだ。こんな未来、俺の未来ではない。それにやっと、予知を変えることができる段階まで進んだのかもしれないのに。
 男の腕を、渾身の力で掴む。
「こ、こんな未来、予知してない。こんな未来が、本当な訳が」
「何だ、未来?予知?何言ってんだ」
 男は俺の腕を振り払うと、若干引き気味に俺を見る。そして、人差し指で頭を指した。
「漫画やアニメの見過ぎでここがやられてる奴なんか、お前。あのな、未来予知…っていうの?本当にできると思ってんのかよ」
「え…」
 唖然とした表情で男を見る。そんなはずが無い。俺はこれまで何度も、それこそ学生の頃から予知してきたんだ。それが偽りだったとは、到底思えない。そのことを伝えると、男ははぁと溜息をついた。
「それ、結果が起こる前にお前が諦めちまったか、そう決めつけちまっただけじゃねえんかい」
「え…」
「いるんだよ、どうせ俺がやったって無理とか、俺ができる訳ないなんて思って、自分の未来を不幸に決めちまう奴って。そうやってネガティブに考えていたら、そりゃあそのとおりの未来になりやすいわ」
「そんな、ことって」
「多分未来予知ってのは、自分が失敗した時のショックを少しでも和らげるために、お前が頭の中で作ったもんなんだよ」
 そう淡々とぼやく男の声は、途中から全然聞こえていなかった。
「俺。予知できない、の、か」
 俺が今まで、予知と感じていたのは、全て自分の中での憶測だったというのか。
「お前、不憫な奴だったんだな。でも」男は俺から奪ったくじの紙を、自分のポケットに入れる。「俺もやっちまった分、取り返しつかねえ。だから、ごめんな」
 そうして、男は一目散に去っていった。
「は、はは」
 仰向けになって、空を見上げる。生憎の曇り空。死ぬ時くらいは、晴れ渡っていて欲しかった。
 もう、いい。
 どうせ死ぬなら、来世ではもっと幸せに、今度は未来予知なんぞに頼らない、幸せな人生を送りたい。最後にそんな予知ができれば良かった。

 そうなれば来世予知、か。
 あまりゴロは良くないな。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?