イギリスでパキスタンTV局にインタビューされた話【カシミール紛争】

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人口の20~30%がインド、パキスタン系だ。
そしてその90%がカシミール地方出身だと、カシミール出身の友人が教えてくれた。

カシミール紛争って聞いたことある?
カシミール地方はもともと独立国家だった。第二次世界大戦後、イギリスから独立する際にインドかパキスタンかどっちに付くか決断を迫られて、結局インドとパキスタン、ばらばらに統治されることとなった。(かなりざっくり言うと。)戦後から何度も衝突しつつ、緊張状態は今もずっと続いている。

今年2月にカシミール地方で治安部隊40人が死亡するテロがあり、パキスタンのテロリストが犯行声明を出した。インドはその報復として、今年8月5日にカシミール地方の自治を剥奪。外出禁止令が敷かれ、ネットも遮断された。ホテルなどの宿泊者を締め出し、外国人は退去。過去に独立国家だったカシミール地方をインド人が土地の買占めをできないようにしていた規制を撤廃し、インド人が土地を買えるようになった。7月〜8月、インド側の治安部隊は無抵抗の民家に押し入って催涙ガスを撒き散らした(地元の人談)。カシミールの人たちは、自分たちの土地がインドに買い占められて消滅するのでは、と危惧している。
8000人以上の行方不明者がいて、生きているのか死んでいるのか、軍から拷問されているのか何もわからない。だた軍に連行されて、消息を絶った人が8000人以上いるという事実(地元の人談)。

平和学専攻なのに不勉強で恥ずかしいが、私はカシミール紛争についてほどんど知らなかった。日本では一切ニュースにならない。
コミュニティカフェで『カシミールに自由を』というイベントが開催されていることを知り行ってみると、参加者はみなカシミール出身者かルーツがある人ばかりで、私は唯一の"部外者"だったらしい。

日本だったら、こういうイベントは政治的背景とか歴史に精通している人たちがゲストスピーカーとして講演したりするが、これは全くそうじゃなかった。カシミールの人たちが、自分で紡ぐ言葉は力強く、美しく、悲しかった。10人近くの人が思い思いに自作の詩や故郷の歌を披露した。
行ったこともない場所の風景が、目の前に広がるような気がした。
人々は翻弄されてきた。外出禁止令が出されるたびに。ネットが遮断するたびに。軍人に日々監視されながら生きてきた。

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そして、以前聞いたことがある話を思い出した。ミャンマーやバングラデシュ。先住民や少数民族が国を追われる話。日本で出会った難民の友人の話。

そのイベントに"Dunya TV" というパキスタンのTV局が入っていた。唯一の関係者以外、ということでインタビューをお願いされた。(放映されたかどうかは不明…)

「カシミールについて何か知っていましたか?」
ごめんなさい。何も知らなかった。日本では何も報道されていなくて。

「今日の話を聞いて、何か行動のきっかけになりましたか?」
はい。日本では知らない人が多いと思うんです。
少なくともこの記憶をブログには残しますね。知らない人が、何かを知るきっかけになれば嬉しいです。

知ることで何か変わるのか、正直はっきりとした答えはない。
でも、何も知らずに今この世界を生きていたくなくて。知らないと始まらなかった何かが必ずあるはずだから。このイベントで出会った人や出会った言葉は必ず私を変えたはずだから。

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