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"鬼軍曹"と雨の日のヨガ【#私のストレス解消法】

「それでは左手を天井方向へ大きく伸ばしてみましょう!」

インストラクターの透き通った声が、スタジオ内に響く。
うそ!
私は低く呻いた。

立ったまま身体を半分に倒した状態で、私の左足は宙に浮いている。今、床についている左手を上に伸ばしたら、私を支えてくれるのは、右手右足だけになってしまう。
(↓こんなの)

                   半月のポーズ


こんなポーズ、とても無理!
「やっぱりこの人、鬼軍曹やん」
ぷるぷると震えながら、私は心の中で悲鳴を上げた。

その日は休日なのに、あいにくの雨予報だった。

前線の影響で、1日雨が降りやまないだろうとニュースで言っている。
そのせいか、朝からなんだか身体が重だるい。
髪の毛も毛先がうねって思い通りにならないし、こんな日はもう、どう頑張ってもスッキリしない気がした。

鬱々とした気持ちでカーテンの隙間から、そっと外を眺める。

あれ?
思っていたほど雨は降っていなかった。
どしゃ降りを覚悟していたのに。
・・・ヨガ行こうかな。
そんな気まぐれな気持ちがムクムクわいてきた。

運動不足解消のため、週に1度、近所のヨガスタジオに通っている。

「ヨガを習っている」と言うと、大抵、
「あ。私、ムリ。身体硬いから」
っておっしゃる方がいる。でも、そんなのアタリマエだと思う。
はじめから身体が柔らかい人なんて(ほとんど)いない。みんな練習を積み重ねて、柔らかくなっていくのだ。

ヨガのいいところは、
運動が苦手でも始められるところ、
チームプレーじゃないので誰にも迷惑をかけないところ
だと思う。

身体が硬くても大丈夫、ポーズがうまくできなくても気にしない。

ヨガに行こうと心に決めた私は、その日開催予定のレッスンの中から『梅雨の養生ヨガ』なるクラスを選んだ。
今の気分にピッタリである。
私はすっかり嬉しくなって、出かける準備をはじめた。

しとしとしと。
小さな雨が降り続いている。傘をさしていれば、気にならないくらいの細かい雨。

スタジオにたどり着くと、インストラクターがにこやかに出迎えてくれた。
赤毛美人の彼女は、ふたりの子持ちとは思えないほどスタイルがよい。
いつも惚れ惚れしてしまう。
可愛らしい声で、丁寧な指導をしてくれるので生徒さんに人気だ。

だが誉め上手な彼女に釣られていい気になっていると、レッスンはどんどんハードになっていく。
いつの間にか難しいポーズにチャレンジさせられているため、美しいその容姿から通称"魔性の女"、陰ではそのキビシさから"鬼軍曹"と、あだ名されていた。

レッスンは胡座をかいて座り、呼吸を整えるところからはじまる。
窓の向こうで降り続く雨の音と外を走る車の音が、気になって仕方ない。

はじめは心ここにあらずという状態でも、心地よいインストラクターの声や、スタジオ内を流れる波のBGMに耳をすませているうちに、自然と自分の呼吸に集中していく。

「もっと手を伸ばして」とか「膝をまっすぐ」などと言われて難しいポーズをとらされて、心の中で毒づきながらも、次第に無心に近づいていく。流れるように連続するポーズをひたすら繰り返す。

鏡の中の自分を見つめる。
レッスンを受講する他の生徒さんのことなど眼中になくなってきた。

「キレイです」、「GOOD!」というインストラクターの褒め言葉にノセられて身体を動かしていると、全身の血液が、どくどく流れているのがわかる。
息が上がっている。

ポタリ。
首筋から汗が落ちた。

梅雨の養生って、体内の水分を循環させることなんだなと実感する。
レッスンが終わる頃には、雑音がまったく聞こえなくなっていた。

すっかり汗だくだ。心地よい疲労感。
あぁ、レッスンに来たのは正解だった。
家に引きこもってゴロゴロしていたら、味わえなかった感覚である。

恐ろしいことに、1時間のレッスンを終えても"軍曹"は涼しい顔をしていた。
難しいポーズをとりながら、声を出し続けていたにもかかわらず。

「またお待ちしています」
そう言って微笑む口元は、ビビッドな赤。さすが魔性だなと思った。


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