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民間企業による新たな検閲 ルイ・ヴィトンが引き起こした作品撤去事件

2010年5月、神戸ファッション美術館による企画展「ファッション奇譚」に出品された作品に一企業がクレームをつけ、会期途中に当該作品が展示会場から撤去させられるという事件が発生した。

クレームをつけたのは、ルイ・ヴィトン。撤去させられたのは、美術家の岡本光博による《バッタもん》。ホンモノかニセモノか明らかにしていないブランド・バッグの生地をもとに作ったバッタのオブジェである。

こうした介入が「表現の自由」を大きく侵害する検閲にあたることはいうまでもないが、その一方で従来の「検閲」概念ではとらえきれない新たな強制力を発動することにも注意したい。というのも、撤去を要請した主体がルイ・ヴィトンの違法コピー商品の対策を業務とする「知的財産部」だったからだ。つまり、《バッタもん》は、美術作品としてではなく、文字どおり「バッタもん=安い偽造品」として見なされたわけだ。公権力が政治的イデオロギーや公序良俗を保持するためではなく、私企業がみずからのブランド・イメージを死守するために公共の美術館の現場に介入してくるという事態。これが、美術作品を制作して発表する美術家にとってはもちろん、展覧会を見る鑑賞者にとっても、そして展覧会を企画する側にとっても、由々しき大問題であることはまちがいない。とはいえ、この稿を書いている6月24日の時点では、同展の出品作家のひとりである都築響一が自らのブログで批判的に報告しているのを除いて、この事件はほとんど報じられていない*1。そのため、ここではまず、今後の議論のために、ことの詳細をできるだけ正確に伝えることによって、問題点を整理しておきたい。なお、わたしは事件後の6月6日に本展を鑑賞したうえで、岡本本人に取材をした。ここでの記述の大半は、おもに岡本から得られた証言と資料にもとづいている。

*1 『朝日新聞』が2010年6月27日付け朝刊社会面でこの事件を報道(「バッタもん騒動/ヴィトン社「偽造品販売」を肯定…作品を撤去」、小川雪)。「美術館の久保利洋二事務長は「展示自体は商標権の侵害とは言えないと考えている。だが、企業と争いながら展示するのは本意ではない」と話す」(同記事)。

「ファッション奇譚――服飾に属する危険な小選集」は、2010年4月15日から6月27日まで、兵庫県神戸市の神戸ファッション美術館で催された。この企画展を担当したのは同館学芸員の浜田久仁雄で、岡本光博も共同企画というかたちで関わっている。同館が所蔵する数々の服飾資料をもとに、太古の時代から人間を魅了してやまないファッションの本質を探りだそうとする野心的な企画展である。ポール・ポワレとマドレーヌ・ヴィオネにはじまり、シャネル、ディオール、マルジェラなど、オートクチュールからプレタポルテ、そしてアヴァンギャルドへといたるファッションの流れを縦軸として、そこに横軸としてディアギレフによる「バレエ・リュス」や纏足を含むチャイナ・ドレスなどを織り交ぜながら、ファッションの歴史の厚みを振り返る構成だ。

本展の特徴はふたつある。ひとつは、ファッションの本質をオリジナルとコピーの相克に求めていること。一般的にいえば、少なくとも近代以後のファッションの歴史はデザイナーによるオリジナルな服飾を基準として編纂され、その展覧会も服飾という作品を単位にして構成されがちだが、他方ですぐれた服飾のデザインは真似されることによって流行となり、多くの人びとに愛されてきたことも否定できない事実である。とりわけファッションにかぎらず、安価な模造品の生産と消費があってはじめて、今日の大衆消費社会が成立したといってもよい。じっさい、浜田が本展の図録で指摘しているように、あのココ・シャネルでさえ、当初は「本物はコピーされる運命にある」と認めていた。本展の会場には、正真正銘のオリジナル商品であるという確証を与えるために、ドレスのレーベルに右手の親指で根気よく捺印し続けるヴィオネを映した映像が公開されていたが、これはコピーとの闘いに奔走せざるを得ないデザイナーを象徴的に物語っている。ともすれば作品主義の陰で見過ごされがちな、あるいはこれまでのファッション研究者が積極的に正視しようとしてこなかった、このような厳然たる事実に正面から向き合ったところに、他に類例を見ない本展独自の意義がある。

もうひとつの特徴は、美術家の岡本光博と編集者で写真家の都築響一による作品を、同館が所蔵する服飾とあわせてそれぞれ展示したことだ。収蔵品を再構成した企画展といえば、古典的な服飾を並べただけの、いかにも味気ない資料展になりかねないが、本展はそこに岡本と都築の作品を混在させることによって、同時代的な視点をうまく取り入れることに成功していた。都築は写真集『HAPPY VICTIMS 着倒れ方丈記』(青幻舎、2008年)に収録された写真作品30点あまりを壁面に展示し、特定のブランドに熱を入れる消費者の生態をありありと伝えていたし、ハイ・ファッションからファスト・ファッションまで、916枚ものタグを切り抜き、ひとつひとつ丁寧に縫製して一枚のシャツを作り上げた、岡本の《服飾個人史1~岡本家》は、現代の日本人のブランド信仰をじつに明快に体現させた傑作である。古色蒼然としたドレスやコルセットの数々と、現在のファッションをめぐる現代アートの作品が有機的に組み合わされた展示会場は、たいへんに見応えがあった。

なかでも際立っていたのが《1億5778万8600円の山》である。これは、同館が所蔵するきわめて貴重なドレスを何着も山積みにして見せたもので、作品名はその購入金額の合計を表している。この宝の山の周囲を三世代にわたる日本人女性の平均的な身体を模したマネキン三体が取り囲むというインスタレーションだ。ファッションの展覧会では無個性のマネキンに服飾を着用させて見せるのが定番だが、この作品では服飾はマネキンから脱がされ、まるでボロキレのように集積されてしまった。人類の身体をつねに覆ってきた服飾という「亡骸」なのか、あるいはモノとしての服飾の神聖性を祭る「殿堂」なのか。服飾資料を用いながらも、さまざまな解釈を読み込んで楽しむことができる、すぐれたアート作品になりえていたのである。こうした思い切った、ある意味で挑発的な展示手法は、従来ではまず考えられなかった取り組みであり、この点だけでも本展にはひじょうに大きな意義がある。ファッションの展覧会といえば、わたしが鑑賞したかぎりで、「身体の夢―ファッションOR見えないコルセット」(京都国立近代美術館、東京都現代美術館、1999年)や「ヴィクトール&ロルフ」(森美術館、2004年)、「ラグジュアリー:ファッションの欲望」(京都国立近代美術館、東京都現代美術館、2009年)、そして「フセイン・チャラヤン」(東京都現代美術館、2010年)などが挙げられるが、それらはおおむねマネキンに服飾を着せるという従来の規範から逸脱することはなく、ファッションが内側に抱えるコピーの問題に本展ほど焦点を当てることもなかった。これらの先行事例と比較してみても、規模こそ小さいとはいえ、本展は近年まれに見るほど先鋭的なファッションの展覧会だった。

そして、この《山》の麓に置かれていたのが、問題の《バッタもん》である。展示されていたのは、全部で9体。ルイ・ヴィトンのモノグラム、ダミエ、マルチカラー、ミロワール、デニムといった代表的なラインナップのほかに、グッチ、シャネル、コーチ、フェンディなど、いずれも世界の名だたるラグジュアリー・ブランドと一目でわかる仕上がりだ。それぞれの《バッタもん》は透明のガラスケースに一体ずつ収納され、《1億5778万8600円の山》の方向を向いて一列に並んでいたらしい。

わたしは岡本が昨年、京都で催した個展*2で《バッタもん》を実見しているが、ニセモノの格安品を意味するネーミングとは裏腹に、正規の既製品と見まがうほどの出来具合に舌を巻いたことを覚えている。同じ型紙から作り出されているため、《バッタもん》の形体はいずれもほとんど大差ないが、表面の模様のちがいによって、ひとつひとつ個別化されているところに、既製服と同じようなリアリティを感じたのかもしれない。目にはそれぞれのブランドのロゴやマークを入れるなど、細かい小技も心憎い。だから、スポットの照明を当てられた《バッタもん》は、ちょうどルイ・ヴィトンのバッグが旗艦店のショーケースでそのように陳列されているように、ラグジュアリー(高級品)として見せられていたわけだ。いかがわしい「バッタもん」を高級品としてうやうやしく展示するという逆説。「バッタもん」はたしかに偽造品だが、高級品のように見せられた《バッタもん》は一点もののオリジナル作品である。これははたしてホンモノなのか、ニセモノなのか。双方を峻別する根拠はいったいどこにあるのか……。

*2 岡本光博展「skin」ギャラリーはねうさぎ[京都]、2009年9月29日〜10月11日

このように、高級品と偽造品の区別を根本から問い直す《バッタもん》は、オリジナルとコピーの互酬性にファッションの本質を見出そうとする本展にとって、きわめて重要な核心的作品だったはずだ。本展の当初のポスターが何よりも《バッタもん》を中心にデザインされていたのも、それが本展のコンセプトをもっとも明快に伝えるイメージだったからにほかならない。

だが、ルイ・ヴィトンからのクレームで、このたいへん意義深い展覧会は壊されてしまう。5月6日、岡本のもとに「通知書」が電子メールで送りつけられ、ほぼ同じ内容と思われるものが翌7日に神戸ファッション美術館を管理運営する「財団法人神戸市産業振興財団」に郵便書留で届けられた。通知書の差出人は「LVJ(ルイ・ヴィトン・ジャパン)知的財産部ディレクター ジェイムス・モイニハン」。ただし、窓口担当として「村岡憲昭」と記されているから、日本語で記述されたこの「通知書」の主体は、実質的にはこの村岡と考えられる。岡本に見せてもらった文面を見ると、「通知書」という冒頭の書き出しの上に、罫線で囲んだ「LOUIS VUITTON」のロゴをわざわざ入れるほどの念の入れようである。

「通知書」の全文をここで発表することはかなわないが、要点をまとめるとすれば以下の4点になる。

1-a 岡本による《バッタもん》はルイ・ヴィトンの登録商標権を侵害するコピー商品で作られているが、これを利用して販売されている図録、告知のためのポスターなどは偽造品の販売という犯罪行為を肯定するものであり、公序良俗に反しているばかりか、ルイ・ヴィトンの登録商標の無断な使用であり、許容することはできない。

1-b よって、即刻《バッタもん》の展示を停止し、ポスターやウェブ等、視覚的に《バッタもん》を確認できる素材もすべて撤去することを要求する。

1-c 今後《バッタもん》を展示やウェブなどで確認した場合、法的手段による対応を検討する。

1-d さらに、この件にかんして、岡本の考えを本状到着から一週間以内に文書で回答することも求める。

この「通知書」は、全体的に一方的な物言いに終始しており、しかも形式的には敬語を用いながらも、岡本を「美術家と自称」と貶め、《バッタもん》を「製品」と決めつけるなど、内容的には失礼極まる、まさしく慇懃無礼な態度が一貫している。

岡本はすぐに浜田に連絡を入れ、対応を協議するが、美術館を管理運営する財団の動きは思いのほか早かった。通知書が財団に届いた7日の夜のうちに、《バッタもん》は展示会場からすべて撤去され、収蔵庫に格納されてしまったのである。ルイ・ヴィトンからのクレームだったにもかかわらず、グッチやシャネル、フェンディといった他のブランドも含めた9体すべての《バッタもん》が展示会場から引き下げられてしまったのだ。当人の岡本はおろか、展覧会の担当者である浜田の同意もないまま、トップダウンによる決定と処置だったという。

わたしが本展を鑑賞したときは、ガラスケースのなかには《バッタもん》の代わりに京劇の仮面が収められていたが、オリジナルとコピーのせめぎあいをファッションの本質として探究しようとする本展の文脈と照らし合わせると、《バッタもん》ほどの強い訴求力を発揮していたとは言い難かった。同館のホームページは、この件とは関係なく、「ガンブラー」という改ざんプログラムに感染してしまったため、5月10日以後閉鎖されていた。ポスターについては代替物が完成するまでのあいだ、しばらくは《バッタもん》が入った当初のポスターが市内各所に貼り出されていたが、その後ほどなくして《バッタもん》を抜きにしたバージョンがわざわざ刷り直された。図録も販売が停止され、残部はすべて裁断ないしは焼却処分が決定しているという。同館を運営する神戸市産業振興財団は、ルイ・ヴィトン側の要求(1-b)をすべて呑むかたちで動いたわけだ。

こうした異常なまでに迅速な対応には、その背景に財団を統括する市当局の思惑がからんでいる、と岡本は推論している。そこには、本展の開催に先立つ2月末に、神戸市三宮の一等地に「ルイ・ヴィトン神戸メゾン」なる直営路面店がオープンしたという事情がある。「旧居留地」といわれるこのエリアは、グッチ、アニエス・ベー、イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ、ジョルジオ・アルマーニなどのショップが軒を連ねる、「神戸の新しいファッションの発信地」*3である。もともとこの土地には、かつてヘレン・ケラーやマリリン・モンローが訪れたという名門「オリエンタルホテル」が建っていたが、1995年の阪神大震災で全壊したあと、三井不動産が複合ビル「神戸旧居留地25番館」として再建し、その1、2階にルイ・ヴィトンがテナントとして入居したというわけだ。この巨大な旗艦店は、日本では初となる「メゾン」であることが売り物で、国内最大級の売り場面積を誇るほか、螺旋階段を中心に構成された店内にはニューヨーク在住のアリソン・ショッツというアーティストによるオブジェが展示されている。そして3月4日に華々しく行なわれた祝賀イベントには、中田英寿や森泉、山田優、滝川クリステルといった芸能人にまじって、矢田立郎神戸市市長[当時]も参加し、市長はテープカットまで行ったという。公僕の身でありながら、一企業の「開店祝い」にはばかることなく参列することじたいが常軌を逸しているといわなければならないが、神戸市が1973年に「ファッション都市宣言」を謳いあげて以来、ファッションを基幹産業として位置づけていることを考えると、おそらくルイ・ヴィトンは同市が「ファッション都市」であることを決定的に印象づけるためには、なくてはならない不可欠のアイテムであることは想像に難くない。神戸市が「ファッション都市」として売り出そうとしていることじたいが全国的にはほとんど知られていないと思われるが、だからこそ矢田市長にとって、《バッタもん》の出現は、出鼻をくじかれるというか、寝耳に水というか、いずれにせよ一刻も早く消化しなければならない火種だったのだろう。

*3 「神戸旧居留地」のウェブサイト[当時]より抜粋。

だが、そのような行政上の産業振興政策と美術家の作品が本来的に別次元にあることは、いうまでもない。第1信が届いてからおよそ一週間後の5月14日、岡本はジェイムス・モイニハンに宛てて返信する。ルイ・ヴィトンと同じように、文面の冒頭に「OKAMOTO MITSUHIRO」というロゴを入れたのは、これまで表象批判のアートを制作してきた美術家としてのユーモアをまじえた矜持である。要点は以下のとおり。

2-a 私の作品は社会を映し出す鏡でありたいと考えており、《バッタもん》は私なりの美学やユーモアをまじえながら、ニセモノが氾濫する現代社会を反映した作品である。

2-b 違法コピーの商品と美術館に展示された作品はまったくちがうものであるし、私の作品は偽造品の販売という犯罪行為を肯定するものでもない。

2-c ルイ・ヴィトンによって公立美術館の企画が崩されたという事実は消えない。

2-d 作品の主旨にご理解をいただき、作品を展示する許可をお願いしたい。

みずからの作品を発表する機会を不当に奪われた美術家としては、しごく冷静な対応である。2-aは、1-dの要求を満たすものであると同時に、1-aの誤りを論証するための2-bの論拠にもなっている。さらに2-cは暴挙とすら認識していないであろうルイ・ヴィトンにたいするささやかな反撃でもある。先方の要求をある程度受け入れつつ、当方の主張もはっきりと打ち出したわけだ。

しかし、1-cで警告されているにもかかわらず、岡本は自らのホームページに掲載した《バッタもん》の写真を決して削除することはなかったし、それらはいまも依然として掲載されている。そこで岡本は、ルイ・ヴィトンの要求どおりに《バッタもん》が撤去され、図録が販売中止となり、ポスターも回収されたという事実を日本語で報告するとともに、英文で以下のようなコメントも発表している。

Louis Vuitton destroys culture!

Louis Vuitton has asked KOBE FASHION MUSEUM to stop showing my artwork 'Batta Mon', to stop selling the show catalog and also to remove the show posters. Because of Louis Vuitton’s power, the mayor of Kobe and the museum decided to do what Louis Vuitton has asked for without thought of any further discussion. Also Louis Vuitton has begun fighting with me ... soon we may be in court. I wonder why Louis Vuitton cannot distinguish between artwork and fake name brand bags.

日本語で展覧会が6月26日まで開催されていることを告知しているのは、より多くの日本人に展覧会を鑑賞してもらって、この問題についての議論を深めてほしいからだろうし、英語でより直接的にルイ・ヴィトンの圧力を告発しているのは、著名なアーティストとのコラボレーションのおかげで定着したルイ・ヴィトンのアートフルなイメージをグローバルな水準で是正するためだろう。じっさい、岡本は「世界的に影響力のある文化企業がこのような検閲によって文化を破壊していることは許せない」と憤る。ホームページの写真を断固として削除しないのは、文化を破壊する企業にたいして、あくまでも文化を生産するアーティストとして闘う意思の現われにほかなるまい。

5月20日付でルイ・ヴィトンからの第2信が、岡本のもとに届く。

3-a 岡本の考えを知らせてくれたこと、そして《バッタもん》の展示の停止に協力してくれたことに感謝する。

3-b 《バッタもん》が偽造品への警鐘になっているとは考えられない。

3-c 商標権利者である当社や顧客の視点に立って、自らの主張が客観的に正当かどうか、考えてほしい。

すべての視覚的なイメージを撤去せよと要求しておきながら(1-b、1-c)、岡本のホームページに一切言及していない理由はわからない。そのことも含めて、ルイ・ヴィトンがいったいどのような戦略にもとづいてこのような検閲行為に踏み込んでいるのかを問うために、わたしは6月14日にカスタマーセンターをとおして取材を申し込んだが、翌15日に広報担当者からの電話で丁重に断られた。その理由は、「神戸ファッション美術館の件についてコメントする立場にない」という不可解なものだった。社内で情報が共有されていないのではないかと訝しく思ったので、念のためそれがルイ・ヴィトンの公式見解として理解してよいのかと尋ねたところ、「構わない」とのことだった。

ルイ・ヴィトンからの通知書における1-dや、岡本による英文コメントが示唆しているように、今回の事件はルイ・ヴィトン側からの訴訟に発展する可能性を否定できない。しかも、かりにそうなってしまった場合、それはいわゆる「スラップ訴訟」になるおそれがある。原告が勝訴することを目的にした訴訟ではなく、被告を裁判闘争に巻き込むことによって経済的・精神的に消耗させることを目的とした訴訟である。「スラップ訴訟」を危惧するのは、法律の専門家でなくても、岡本とルイ・ヴィトンのあいだで交わされたやりとりを一瞥するだけで、双方の論点がまったくかみ合っていないことが一目瞭然だからだ。ルイ・ヴィトンは《バッタもん》をあくまでも偽造品の一部としてみなしており、それを美術作品として主張する岡本とのあいだには大きな溝がある。《バッタもん》を「製品」と呼び、あまつさえ「今後は一般の目に触れぬよう厳重なる処置を求めます」*4などと差し出がましいことをぬけぬけと口にしていることが何よりの例証だ。原告と被告に通じる争点を見出すことができない以上、訴訟は示談という着地点を探るほかないし、裁判闘争にかかる費用を捻出する資金の面で両者に圧倒的に格差がある以上、岡本が不利な立場に追いやられるであろうことは目に見えている。岡本によれば、何人かの弁護士や弁理士にこの件について相談したところ、おおむね「負ける心配はないが、勝つ見込みもない」という見解で一致したという。

*4 5月6日付けの第1信より。

そのことを踏まえたうえで、ここであえてルイ・ヴィトンの要求や主張に反対したい。それは、ルイ・ヴィトンが悪質な文化企業であると言い募りたいからではないし、美術家を守ることより有力な企業からのクレームをかわすことを優先する、行政の偏った姿勢を批判したいからでもない。わたしがここで指摘したいのは、ブランド・イメージに神経を尖らせるあまり公立美術館の展覧会に介入する検閲行為が、かえってそのブランド・イメージを著しく悪化させかねないということである。

たとえば、1-a。ルイ・ヴィトンは《バッタもん》が偽造品の販売という犯罪行為を肯定するものであると主張している。であれば、鑑賞のための美術作品と販売のための偽造品のあいだの実質的な因果関係を論証するだけの論拠が必要だが、「通知書」にはそれが提示されていないし、そもそも《バッタもん》は販売目的でつくられ、展示されたわけではないのだから、その論証作業は限りなく困難を極める。百歩譲って、本展を鑑賞したルイ・ヴィトンの関係者が《バッタもん》をそのように解釈したとしても、それはあくまでも個人的な受けとめかたであって、展覧会から作品を撤去させる正当な根拠にはなりえない。

また3-bでは、《バッタもん》が偽造品への警鐘になっていないというが、これも個々の鑑賞者がどのように受けとめるかにかかっているのであって、協賛企業ですらない一企業が口をはさむ問題ではない。

このように「通知書」の文面を総合的に分析してみると、どうやらルイ・ヴィトンには、作品がはらむ批評性をも受け入れながら芸術を享受するという基本的な心構えが備わっていないのではないかと疑わざるを得ない。そこでは、自己と異なる解釈や感情をもつ他者、すなわち「鑑賞者」という存在がまったく眼中に置かれていないからだ。

3-cで「ルイ・ヴィトンの立場に立ってほしい」というトンチンカンな要求をしているが、この言葉はそっくりそのまま、ルイ・ヴィトンにお返しするべきだろう。作品を発表する機会を不当に潰された美術家や、その作品を鑑賞する機会を奪われた多くの鑑賞者の視点にも立って、ルイ・ヴィトンはみずからの主張が妥当かどうか、ぜひとも再考してほしいものだ。

ルイ・ヴィトンとは、19世紀初頭にフランスで生まれた鞄メーカーである。近代化とともに発達した交通網のおかげで大衆が各地へ旅行するようになり、その移動のためのトランクを販売して成長したといわれている。とくに1997年からは、マーク・ジェイコブスをデザイナーに迎えて本格的にプレタポルテに参入し、現在ではクリスチャン・ディオールやフェンディ、ロエベ、ジバンシィ、エミリオ・ブッチ、ダナ・キャランなどを傘下に収める「LVMHモエヘネシー・ルイ・ヴィトン」というグローバル企業にまで巨大化した。今日、ルイ・ヴィトンはリチャード・プリンスや村上隆、スティーブン・スブラウス、ヴァネッサ・ビークロフト*5といった世界的に著名なアーティストとのコラボレーションによって、文化企業としてのイメージを高めていることはよく知られている。

*5 ルイ・ヴィトンはパリの「メゾン・ルイ・ヴィトン」の店内で撮影させるなど、ヴァネッサ・ビークロフトをサポートしていたが、ビークロフトがヌードの女性を並べて描いたアルファベットの作品が、アントン・ベイクというグラフィック・デザイナーの作品の著作権を侵害していたとして、遺憾の意を表明したことがある。

しかし、その一方で《バッタもん》のような、いわばドメスティックな美術作品を狙い撃ちにして検閲しているという事実は、そうした文化的な企業イメージを根底から覆してしまう。《バッタもん》にルイ・ヴィトンの「バッタもん」が使用されていると推察すれば、ルイ・ヴィトンにとって《バッタもん》は敬意を払うべき美術作品ではなく、排除すべき偽造品であるのかもしれない。

しかし、それでは、先に挙げたリチャード・プリンスの場合はどうなのか。80年代にシミュレーショニズムのトレンドとともに台頭してきたこのアーティストこそ、広告や映画などマスメディアで流通する既成のイメージを大胆に引用した作品で著作権や商標権の議論を巻き起こし、スキャンダルな人気を集めてきたのではなかったか。

岡本も、かねてから表象批判の作品を制作してきたから、広い意味でいえばリチャード・プリンスと同じ傾向のアーティストだといえる。わざわざ展覧会に脚を運び、美術作品を偽造品と決めつけ、展示から外すように圧力をかけるほど、みずからのブランド・イメージに拘泥しているルイ・ヴィトンが、リチャード・プリンスと岡本光博の共通点を見出せないようであれば、芸術に造詣の深い文化企業というイメージは、たちまち消え失せてしまうにちがいない。逆に、文化や芸術を不当に抑圧する独善的な企業というイメージが広まってしまうだろう。そうなれば、服飾をとおして大衆に欲望や価値を夢見させるラグジュアリー・ブランドとしては、決して無視し得ないほど大きなダメージになって跳ね返ってくるはずだ。

ところで、ここで紹介しておけば、岡本光博の代表作のひとつに《ドザエもん》という作品がある。いまも国民的な人気を誇るキャラクター「ドラえもん」を連想させる水色のオブジェをうつぶせの格好で水面に浮かべた作品だ。たしかに《バッタもん》と同じく、日本語を理解できない外国人には伝わりにくいかもしれない。

この作品について岡本は、それが小学館のある社員に鑑賞されたときの象徴的なエピソードを明かしてくれた。いうまでもなく、小学館は漫画『ドラえもん』の発行元である。その社員が《ドザエもん》にどのような反応を見せるのか、岡本は期待と不安でドキドキしていたそうだが、その社員は《ドザエもん》を見るなり、「これはうちが買わなあかんでしょう!」と笑いながら買い取ってくれたという。この粋な心意気、この潔い心持ち。このような懐の深さがあってはじめて、芸術や文化に理解のあると自負できるのではないだろうか。芸術や文化を重視しないこの国においては、『ドラえもん』を発行する企業が、そのパロディである《ドザエもん》を所蔵するというセンス(あるいはナンセンス)にしか、芸術や文化のはかない生命線を託すことは期待できそうもないからだ*6。

*6 ただし、小学館については別の事実もあるようだ。いわゆる「ドラえもん最終話同人誌問題」で、小学館は、同人誌としては異例の売り上げを記録した、ドラえもんの最終話についての二次創作物を、著作権を著しく侵害するものとして作者に通告したという。この作品のように、自社の利益を損なうおそれのある創作行為については、強硬な態度で対応しているとみえる。

そうした振る舞いさえ許されない貧しい時代になりつつあることは、ハイ・ファッションの老舗がファスト・ファッションの隆盛によって存亡の危機に追い込まれている現状を見れば、理解できないわけではない。

しかし、そのことと展覧会の作品を撤去させるように圧力をかけることは別問題である。《バッタもん》は「バッタもん」のようにルイ・ヴィトンが本来得られるはずの利益を横取りしているわけではない。小学館の紳士のように、笑って買い取ることまではともかく、黙って認めるだけの寛容さを示すことができれば、ルイ・ヴィトンは一流の文化企業として高く評価されるのではないだろうか*7。

*7 ちなみに、この撤去事件の後の2011年、ルイ・ヴィトンは表参道の旗艦店で、イギリス人アーティスト、ビリー・アキレオスの個展を開催した。その作品は、ルイ・ヴィトンの革製品をもとに動物などのかたちを再現したもので、このなかにはバッタも含まれていた(詳しくはこちらを参照)。

最後に、これまでの経緯を踏まえたうえで、この問題をめぐる論点を整理しておきたい。

いうまでもなく、ルイ・ヴィトンからの圧力にやすやすと屈した神戸市および神戸市産業振興財団の責任は重い。「神戸市」の名の下で催された展覧会なのだから、その展覧会を最後まで守るのは当然の責務であり、会期途中で展示した作品を撤去するなど恥ずべき愚行以外の何物でもない。

本来であれば、企画者が緻密に練り上げた展覧会の意図や、美術作品としての《バッタもん》の意義などを再確認したうえで、ルイ・ヴィトン側の言い分に耳を傾け、交渉に望むのが、少なくとも筋であっただろう。にもかかわらず、そのようなプロセスはまったくなされていなかったといってよい。「通知書」が届いてから《バッタもん》の撤去という処置にいたるまでの異常なまでに迅速な時間は、美術館という文化装置の本義、そして美術家や企画者の立場がまるで考慮されなかったことを如実に物語っている。すでに幾度も指摘されているように、芸術や文化の専門的な現場と、それらを管轄する文化行政が断絶されていることが、このようなスキャンダルを曝すことになった理由のひとつであろう。

もちろん、岡本光博の《バッタもん》そのものが、このような検閲を招き寄せる要因をもっていたということはできる。『バッタもん』はその作品のコンセプトからして、偽造品を意味する「バッタもん」を内包しており、そうであるかぎり、「バッタもん」のこうむるさまざまな社会的・法的な力関係が、ある程度そこにも波及することはまぬかれないからだ。《バッタもん》の素材としてもちいられた数あるブランドのなかでも、今回、ルイ・ヴィトンが過剰な反応を示したということは、ほとんどの美術作品がなんら社会的な影響力を及ぼすことなく立ち消えていく現状を考えれば、逆説的にせよ、《バッタもん》の勝利とさえいえる。本展のサブタイトル「服飾に属する危険な小選集」が示唆しているように、ファッションや美術などの文化表現にとって、スキャンダラスな魅力こそ、その本質なのかもしれない。《バッタもん》は、まさしく身をもって、そのことを解き明かしたということもできるのだ。

とはいえ、事件を発生させた主体がルイ・ヴィトンであることに変わりはない。遠因は《バッタもん》という作品の質や美術館を管理する行政の質に求められるにせよ、主因が展覧会に介入してきたルイ・ヴィトンにあることはまったくもって疑いがない。このラグジュアリー・ブランドがいったいどのような文化戦略を構想しているのか、その詳細を知ることはかなわないが、今回の事件で明らかになったことがひとつある。それは、企業が文化や芸術の現場に権力を発動するという、新たな検閲の実態である。

新しい検閲の特徴は、ふたつある。ひとつは、その主体が国家や行政、あるいは政治団体ではなく、民間企業であること。たとえば「天皇コラージュ事件」がそうだったように、近年の検閲は、右翼団体なり保守的な政治家なり、検閲を欲する発信源が、該当する表現の発表の場である美術館に暴力的な脅威を伴いながら圧力をかけることで自主的に規制させるという仕組みによって作動している。つまりエージェント(代理人)に自粛させることによって、検閲の発信源はみずからの手を汚すことなく目的を達成することができるわけだ。この場合の「暴力的な脅威」とは、肉体的・精神的な危害を与える暴力のほかに、先方に訴訟の可能性を暗示することも含むが、この点において今回の《バッタもん》をめぐる事件は共通している。ただし、異なっているのは検閲の発信源が一民間企業であり、営利を追求する企業活動の一環として検閲を作動させているという点である。

検閲を発動する主体はつねに危機感を抱いている。右翼団体が検閲を欲しがるのは、当該表現がみずからの政治思想やイデオロギーを侵しかねない脅威として実感されているからであり、その危機的状況からの自己救済として検閲が必要とされるのだが、ルイ・ヴィトンの場合は、自社の利益を大きく損なう偽造品が目下の脅威である。それを排除するためには、警察にコピー商品を販売する露天商を取り締まらせるのと同時に、たとえ芸術であったとしても、偽造品を用いているのであれば、美術館にもそれらを排除させなければならない。だから危機の克服という点では、ルイ・ヴィトンと右翼団体は通底している。だが、前者の危機は後者のそれと比べて、文字どおり即物的だ。思想信条という目に見えない意識ではなく、金銭的利益という計量可能な物質。生存と直結しているだけに、自己保存のためであれば、芸術や文化の現場にも躊躇することなく介入してくるという事態は、これまであまり見られなかった新しい現象である。

新しい検閲のふたつ目の特徴は、検閲のエージェントとしての神戸市や神戸市産業振興財団がいったい何を得たのかが不明瞭であること。たとえば右翼団体が街宣車を集結させるという脅威をちらつかせた場合、美術館の安全で円滑な運営が阻害される恐れがあるから、自主規制によってその危機を回避することができるという、ネガティヴなものではあるにせよ、ひとつのメリットが得られる。検閲の発信源とエージェントとのあいだには不平等な交換関係があるわけだ。だが、今回の場合、神戸市と神戸市産業振興財団には《バッタもん》を撤去することによってどんな利点があったのか、いまいち判然としない。暴力的な恫喝があったわけではないから安全を回復したわけではないし、道徳的な禁忌に抵触したわけでもないから公序良俗を維持することになったわけでもない。岡本が推察しているように、神戸市とルイ・ヴィトンのあいだに只ならぬ互恵関係があるとしても、地方行政体が一企業に頭が上がらないほどの弱みを握られているとも思えない。《バッタもん》を撤去させたルイ・ヴィトンが偽造品の芽を摘むという利点を得たことははっきりしている。だが、そのエージェントとなった神戸市が何を得たのか、よくわからないのである。

たしかに、それはわたしが神戸市や神戸市産業振興財団に取材していないという単純な事実に由来しているのかもしれない。けれども、その一方で、この「わからなさ」こそ新たな検閲の特徴といえないだろうか。というのも、ここには自主規制の恒常化という倒錯した事態がひそんでいるように思われるからだ。

冒頭で述べたように、岡本光博とともに本展に参加した都築響一は、みずからのブログで《バッタもん》の撤去についていちはやく報じたが、その後類似した事例として宮城県美術館での自主規制ついてもフォローしている。仙台市を拠点に活動している美術家・タノタイガが、2007年に同館で催された「アートみやぎ2007」に、ルイ・ヴィトンのバッグを木彫りで制作した《モノグラムラインシリーズ》*8を出品したところ、美術館がルイ・ヴィトンに「お伺い」を立て、その結果「訴えることになるかもしれない」という返事に配慮した美術館が、作品のなかの「LV」マークに黒丸のシールを張りつけたまま、注釈をつけて2カ月間展示したという。

*8 残念ながら「アートみやぎ2007」は見ていないが、タノタイガの個展「T+ANONYMOUS」(現代美術製作所、2009年3月7日〜3月29日)で、わたしは《モノグラムシリーズ》を見ている。この個展では、木彫りのバッグを肩から下げてパリのルイ・ヴィトン本店を訪れる映像作品も発表された(詳しくはこちらを参照)。

この事例は、エージェントによる過剰な自主規制の典型だろう。猥褻物ではあるまいし、シンボルを黒で塗りつぶされたとあっては、ルイ・ヴィトンの沽券に関わるのではないかと、逆に気を病んでしまうほどだ。しかもこの場合、注意しなければならないのは、ルイ・ヴィトンが検閲の発信源となって宮城県美術館をエージェントとして使ったわけではないということだ。美術館のほうからルイ・ヴィトンに働きかけ、積極的にエージェントと化しているのである。

こうした倒錯した事態においては、検閲の発信源とエージェントのあいだで不平等なエコノミーが交わされたかどうかすら、もはやよくわからない。脅威にたいする過剰な自己防衛から自主規制を繰り返していくと、検閲の発信源がエージェントを動かす段階から、潜在的なエージェントが自ら発信源を見出すことによって列記としたエージェントになるという段階へ、いわば主客が転倒してしまう。自己目的化した自主規制がさらなる検閲を生み出すというスパイラル構造。外側から見ても、その内実はよくわからないというところにこそ、今日的な検閲のありようが現れているのではないだろうか。

こうした「わからない」検閲に、どのように対応すればよいのか。今後、広く議論されなければならないのは、この点にあると思う。しかし、古今東西いつの時代も、検閲が「問答無用で議論をあらかじめ封じ込めしまう」ことを意味しているとすれば、書き言葉にしろ話し言葉にしろ、賛否両論の議論を生産していくことが、そのはじまりの第一歩になるのだろう。とはいえ、美術家や美術評論家、ファッション・デザイナーや学芸員、鑑賞者、役人といった役割分業を超えて、そのように問答を繰り返し、言説の空間を積み上げていくことを、そもそもわたしたち自身がほんとうに欲しているのかどうかを、いま一度問い直さなければならないのではないだろうか。

初出:「あいだ」173号、2010年6月20日

ファッション奇譚─服飾に属する危険な小選集
会期:2010年04月15日~2010年06月27日
会場:神戸ファッション美術館

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