ぼくたちの、夏。【#2000字のドラマ】

「やば!遅刻!」

急いで着替えを済まし、自転車をかっ飛ばして学校に向かった。


ジリジリと照らす太陽にやられ、ダラダラと汗が止まらない。気温は30℃。そりゃあ汗が止まるはずもない。息を切らしながらも学校に着いたのは9時10分。予定より10分も遅れてしまった。きっと2人は怒っているに違いない。恐る恐るプールへ足を運ばせる。

プールの近くには野球部らしき坊主頭の少年が1人いるだけだった。なんだ。2人も遅れているのか。僕は安堵した。すると、

「ごめーん!遅れた!」

こんなに暑いというのに汗一つ流さず、涼しい顔をして恵海がやってきた。

「遅いぞー」

自分が遅れたことは棚に上げ、遅れてきた恵海を非難する。

「慧、ごめん!あれ?光輝は?」

「どうやら光輝も遅れているみたいなんだ」

「あ、そうなんだ!セーフ!」

恵海が安堵していると、どこからか殺気に似たような気配を感じた。

「誰が遅れているって?」

危なげな気配を纏いながら野球部の坊主頭が近づいてきた。

「え?もしかして?」

恵海が何かに気づいた。

「光輝だよ!光輝!」

「えー!」

僕と恵海は同時に声を上げた。

「今年は中学最後の夏だからな。思い切って坊主にしてみたんだ!2人が来るのを20分も待っていたぞ!」

どうやら光輝は8時50分には学校に着いていたらしい。さすが言い出しっぺは気合が違う。

「さっすが!気合入ってるねー!」

光輝のテンションに恵海が合わせる。

「あったり前よ!世話になったプールをしっかり綺麗にしてから旅立ちたいからな!」

水泳部が学校のプールの世話になるのは当たり前の話である。水泳部なのだから。

でも、僕たちの場合は少し違った。プールの世話になったのは1年目だけ。2年目は、とある感染症が世界的に流行したため学校のプールで泳ぐことは出来なかった。だから、プールの世話にほとんどなっていないのだ。そして、3年目の今年も情勢は変わらず、学校のプールで泳ぐことは出来ない。

3人が部活で一緒に泳いだのも1年目だけ。2年目からはそれぞれが通うスイミングスクールで練習したり市民プールでそれぞれ泳いだりした。

「世話になったのは1年目だけだろ?それに1年目はプール掃除なんてしたがらなかったじゃないか」

光輝とは真逆のテンションで、僕は光輝に投げかけた。

「それはそれ!これはこれだ!今は綺麗にしたくなった!立つ魚、跡を濁さずと言うだろ?」

「それを言うなら、立つ鳥、後を濁さずね!」

恵海がすかさず光輝にツッコミを入れる。

「まぁまぁ!何だかんだ言ってるけど、慧も掃除しに来たんでしょ?やろう!」

「ま、まぁ」

恵海とプールを掃除するから慧も来いよと誘われ、行くと決めたのは間違いなく僕だった。光輝と恵海のテンションに乗せられながら、プール掃除を始めた。



「こんなに暑いと、水が尚更気持ちいいね!」

ホースで水を撒きながら恵海。

「なぁなぁ!すげぇだろ!一瞬で乾くんだぜ!」

ホースで頭に水をかけながら光輝。

「水も坊主もありがたいもんだなー」

ブラシでプールをこすりながら僕。

やられていた。ギラギラ降り注ぐ日差しとキラキラ輝く二人に、僕はやられていた。

「そういやさ、慧と恵海は高校行っても水泳は続けるのか?」

「私はね、やめようと思うんだ。水泳。大学に行こうと思ってて。そのためには勉強しなくちゃいけないし。それにお母さんが『これ以上水泳を続けたら身体が大きくならないか心配よ』って。もうだいぶ手遅れな気もするけど」

「なるほど!残念だけど仕方ないな。勉強、頑張ってな!慧は?」

「僕は……迷ってる」

「迷ってる?じゃあやろう!俺は続けるぞ!水泳!」

「いや、僕も大学進学とか考えようと思ってるし……」

「でも、水泳を続けたい気持ちもあるんだろ?じゃあ、やろう!」

光輝の瞳が眩しく映る。こんな日に、太陽は2つもいらないぞ。

「いや、でもさ……」

「でもさ?まだ迷っているのか!よし、分かった!じゃあこうしよう!次の大会で俺が勝ったら慧も高校で水泳を続ける。俺が負けたらどっちにするかは慧が決める。これでどうだ!?」

「光輝、何それ!面白そうじゃん!やるよね?慧?」

「え?」

「もしかして慧くん、俺に100mクロールで勝つ自信がないのかなぁ?」

「ま、負けないし!」

「じゃあ決まりね!私が保証人になりました!」

勢いに任せて、僕の人生は次の大会で左右することになった。



「……4コース、及川光輝。5コース、早水慧。6コース……」

ついに、約束の日がやってきた。

一緒にプール掃除をしたあの日以来、僕らはお互いに言葉を交わさず、泳ぐ姿も見ず、それぞれで高めてきた。

1年前の同じレースで、僕はわずか0.1秒差で光輝に勝った。だから、今年も負けるはずがない。

「光輝!慧!頑張ってー!」

恵海の声が観客席から聞こえてきた。

「慧、負けないからな!」

隣のコースから光輝の声。

「僕だって、絶対に負けない!」

「よーい。(ピッ)」

中学最後の夏が、始まった。

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