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意識とは、方向を把握する機能である─『先をゆくもの達』

火星の古いコロニー、ラムスタービル。ビルマスターのナミブ・コマチは、地球人が残していった“全地球情報機械”を探索するのが生き甲斐だった。
そんなある日コマチは、火星人の寿命九十歳を拒否して「死ぬまで生きたい」と言う祖母アユル・ナディに共感している自分に戸惑う。
子孫を残すこと―自らの性欲を自覚したコマチは、火星で初めての男児ハンゼ・アーナクを産み落とす。
それは、火星と地球をめぐる“わたし”と“いま”の相克のはじまりだった―

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久しぶりに神林長平氏の本を読んだ。
『だれの息子でもない』にしろそうなのだが、語りがひどく断片的で哲学的な会話や思考が次々と登場し、物語のようなものはあるのだがそれを読みとっていくのがひどく困難で、なかなか重たい読書体験となった。


意識とは、方向を把握する機能である。空間の方位ではなく、時間の方位を。

ヒトは「前」と「後ろ」を区別できるようになったことで、いわゆる「過去」や「未来」を把握し、行動制御系を発達させることができるようになった。そしてそこから派生して「知性」が生まれる。

本書はひどく断片的だ。火星人と地球人のいくつかの人間、そして地球人に寄りそう機械・タム、時間軸や語り手が次々と変わり断片的な綴りが錯綜する。
ここで語られる意識や知性のあり方になぞらえば、本書はそうした意識や知性を獲得するまでの道程を追体験するような物語なのかもしれない。

ようするにヒトにとって唯一絶対の世界というものは存在しない。

各人固有の世界が重なっている集合を、われわれは便宜上
世界と呼ぶ。厳密には「だれ」と「だれ」の世界の集まりのことを指すのかをことわらなければならないところだが、それは煩わしいからだ。

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本書の中でおやと思ったところで、火星人であるアーナクと地球人の凪海が会話するシーン。
地球人は「トーチ」と呼ばれるものによって役割が与えられたり、行動の指針が示され、生涯を送る。「トーチ」が一体何なのかにも疑問を持たず、ただ従う地球人のあり方に疑問を持つアーナクは「知的劣化」と地球人をこき下ろす。

『不愉快なのは、感情のなせる反応だ。知的な興奮云々とは関係ない。関係のないものを結びつけて反論するという行為は、幼児がよくやる。知能が未発達な証拠だろう。きみは、自分が気に入らないことを言われて腹が立てているだけだ。感情で世界を変えることはできないよ』

『なぜ変える必要があるんですか』

『変化に対応できる人間になるためだ。自らが世界を変えようとすることで、いやおうなく変化していく世界の力に対抗できるようになる。きみ自身も世界の一部だ。きみが変われば世界も変わる。現状のままでは、きみは腹を立てたまま死んでいくことになるだろう』

わたしたちが生きる現実でのある面に対する発言のようにも見える。

言葉というのは不思議だ。つくづくそう思う。言葉が通じない相手にとっては、ただの音素の集まりにすぎない。だが通じる者どうしでの言葉のやりとりは、相手の身体に物理的な影響を与える。その効果は、きわめて微量で作用するホルモンと同様だ。

だからこそ、言葉を発するときにはそれが何をもたらすのかについて考えなければいけない。

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