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広告嫌い

作家の中島らも氏がエッセイでこう書いていたことがあります。
「俺は広告が大っ嫌いだ!」
もともとコピーライター出身で、かまぼこの広告で人気を博したりして世に出た人であることを考えると、なかなか感慨深いです。嫌いな理由も書かれていますが、長年広告に深く関わっていただけに説得力があります。
私も広告が嫌い、というかいろいろと問題のある手法だと思っていますが、その理由をまとめるとこうなります。

1、本質的に虚業である

つまり「価値のないものを価値のあるように見せかける仕事」です。
もちろん本当に伝える価値のあることを広告している場合もありますが、そうなるとむしろ「報道」か「芸術表現」の域に踏みこんでしまい、広告本来の性質からは逸脱しているとも言えます。
先に挙げた中島らも氏は「原発推進の広告と原発反対の広告の依頼が来たら両方引き受けて、しかも優れた広告をつくってみせるのが広告屋の本懐というものだ」というようなことも言っています。
実際にはそこまでのことは起こらないでしょうが、「自分の価値判断を容れない」というのは広告の特質です。
たとえば「まずいし健康に悪いと思う」という理由で食品の広告依頼を断ったり「こんな家に住まないほうがいいと思う」という理由で不動産広告を断ったり、ということはまずできないでしょう。
まあ「すごくおいしい!」という広告を見て「そうか、すごくおいしいのか」と素直に思う人は今どきあまりいないでしょうし、おいしいかどうかは主観の問題なので実害はなくて違法でもないでしょうが、気持ちのうえで「嘘」であることに変わりありません。

私が図書館員稼業でありがたいと思うのは「嘘を吐かなくていい」ことでして、私のような下っ端が上司の指示で「図書館員おすすめ本」のPOPを書いたりするときでさえ本当に良いと思ったものしか勧めませんし、レファレンス業務でも本当に利用者のためになると思った本しか紹介しません。

2、強制的に見せられる

現代社会で「広告が嫌いだから見ない」ということは不可能です。
生きているだけであらゆるところから広告が目に入ってきます。せめてもの抵抗でスマホに広告を表示させないアプリを入れたり、有料のプレミアム会員になったり、私の父のように「民法はCMが嫌だからNHKしか見ない。そのために受信料を払ってる」という人がいたりしますが、そもそもお金を払ってでも見たくないものを送りつけて「やめてほしければ金を払え」というのはまるで脅迫です。まして公道で嫌でも視界に入る巨大な看板や電光掲示板を撤去しようと思ったら土地ごと買い取るしかないわけで、絶対に無理です。

3、消費者の利益になっているのか疑問

「広告のおかげで、無料のコンテンツが楽しめるんだから文句を言うな」という意見もあるかと思いますが、本当に無料でしょうか。
たとえばビールの広告が流れるためにドラマが無料で観られるとして、ビール会社が支払った広告料は、ビールの価格に上乗せされることになります。あるいはそのぶん原材料や、製造・輸送・販売にかかわる人件費のコストを抑えなければなりません。
大手メーカーの化粧品を買うのは広告代理店にお金を払っているようなものだ、などとも言いますが。
広告と引き換えに無料でコンテンツを楽しんだ料金は、めぐりめぐって消費者がどこかで負担しているのです。広告で儲かっているのは広告会社だけ、とも言えます。

4、強大な影響力なのに野放しである

司法・立法・行政機関であれば、まだしも法律で厳密に規定されていますし、それなりに監視のシステムもありますが、広告にはそれがありません。
原発推進の広告をして事故が起こっても、食品の安全性をPRして食中毒が起こっても、広告会社が責任を追及されるわけではありません。

広告はある意味「核兵器」に似ています。ライバル企業が広告を打てば、顧客を持っていかれないためにこちらも対抗して同規模の広告を打たなければいけなくなります。そうして際限のない軍拡競争になるわけです。世の中が広告で埋め尽くされるのはたぶんそこに原因があるので、それを避けようと思えばみんなで申し合わせて広告を控えるしかないですが、核兵器廃絶と同じくらい難しそうです。

図書館にいても「広報の力」というのを見せつけられることはあります。
地味にコツコツがんばっていても評価されなかったものが、広報ひとつで急に注目されたり、利用者数が伸びたりするものです。
ここまでさんざん広告業界の人を敵に回すようなことを書いていますが、広告の仕事に惹きつけられる人がいるのもわかる気はします。
その一方で、図書館の壁面という壁面がポスターやサイネージで埋め尽くされ、HPもSNSも情報発信だらけで目が回りそう、という未来を想像すると、なんだかなあ、と思ってしまうことも事実です。
広告の怖さや守るべき倫理について慎重に考える機会がもっと増えてもいいとは思います。

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