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職業としての図書館員(4)好きなことを仕事にする

若者が「好きなことを仕事にしたい」などと言おうものなら、「甘えるな」「現実を見ろ」「好きなことで食べていける人なんて一握りだ」などと年長者からコンコンと説教されそうな気がします。

今回はその「好きなことを仕事にしている」者からのお話です。

図書館で働いていると「本が好きなんですね?」と言われることがよくあります。確かに本は好きです。ただそれは人並みに好きという程度であって、年齢とともに読書量も落ちる一方ですし、本の重さで自宅の床が抜けたとか、本に人生を賭けているような人々に比べると、私など本好きを名乗るのもためらわれるくらいのものです。
それに対して「図書館が好き」とは胸を張って言えます。書店や出版社や古本屋なども好きですが、圧倒的に図書館のほうが好きです。単に本が無料で借りられるからではなく、「資料(本に限りません)を収集・分類・整理・保存し、広く提供する」というシステムそのものが好きなのです。官僚的でシステマティックなところと人道的でヒューマニスティックところが共存していること、知への欲求が否定されないこと、ある意味で中性的な仕事であることも気に入っています。
館内を歩いていると、まるで図書館自体が呼吸や鼓動をしている大きな生き物で、自分がその中に包まれているような安心感もあります。まだかろうじて、図書館および図書館員という仕事が存在している社会に生まれたことに感謝します。
ちなみに「好きなことを仕事にすると嫌いになる」という説もあるようですが、少なくとも私に関しては当てはまらないようです。まあ十何年働いていれば嫌なこともたくさんありますし、朝起きて「仕事、行きたくない…」モードだったことも一度や二度ではないですが、図書館そのものを嫌いになったことはありません。

こういう人間は私だけではないようで、図書館員は「好きでやってる度」が他の職業に比べて高いです。
このことがいいか悪いかは意見の分かれるところでして、よくある批判としては「図書館が好きで低賃金でも喜んで働く人が多いから、いつまでたっても待遇が良くならないのだ」というのがあります。「やりがい搾取」というやつですね。
個人的にはこの意見に懐疑的です。「やりたがる人が多くて需要を供給が上回るから賃金が下がる」というのは一見もっともらしく聞こえますが、介護士や保育士など、あきらかに人手不足であきらかに需要が多い職業で賃金が低いことの説明がつきませんし…。図書館が好きな人が図書館で働くことを控えたところで賃金が上がるとは思えません。

むしろ「好きなことを仕事にしてもらう」ことのメリットに目を向けてはどうでしょうか。第一に働く人が幸せになります。図書館の何が役立つといって、まず私を幸せにすることに役立っています。「おまえなど幸せにしてもしょうがない」と言われるかもしれませんが、私のような人が大勢いることを思えば、図書館が日本全国で幸福の総量を上げている、とも言えます。
さらに雇う側としては「同じ報酬でより良心的な仕事をしてもらえる」という利点があります。たとえば私自身、基本的に働くことが好きなのでどんな仕事でもそこそこ真面目にはやるでしょうが、もし図書館以外で同じ報酬だったら、たぶんここまでの品質では労働を提供しないと思います。私の周囲でも、経歴・人柄・能力のどれをとってもびっくりするほど上等な人が、図書館が好きなばかりに非正規で働いています。それ自体は理不尽なことかもしれませんが、利用者としてはその人たちが提供する高品質の仕事を享受していることになります。同僚の私にしても、普通の会社勤めだったら一生接点のないような優秀な人と一緒に働けるのはありがたいことです。
もちろん図書館に何の愛着もないけれど一般的に優秀な人はいます。しかしそういう人があえて図書館の仕事を選ぶ理由はないので、つなぎとめるのは至難の業です。下手をすると高額な報酬を支払って裏切られるはめになりかねません。

「好きなことを仕事にする」というのは個人のワガママでもなんでもないです。むしろ社会の側が「好き」をうまく活用していけるかどうか、だと思います。

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