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あったか寒い、もしくは寒あったかい (のどちらか)

ニューヨークを訪れたときのこと。ぼくはGreenwich Village (グリニッジ・ヴィレッジ) にいた。赤茶けたレンガで作られた建物とくねくねと曲がった小道が織りなすクラシックな街並み。道沿いには小洒落たイタリアンやフレンチのレストランが連なり、若者がおしゃれな格好をしてワインのグラスを傾けている。あるものは黒いジャケットに縞々のネクタイをきっちりと締め、あるものは品のいいドレスをあくまで自然に着こなしていた。

季節は秋。美しい11月のことだった。空気はひやりと冷たく、木枯らしで黄色く染まった落ち葉がひゅるりと舞っていた。

老舗ジャズクラブ、Village Vanguard (ヴィレッジ・ヴァンガード)へと向かう道すがらのことだった。ふと思い立って時計を見る。ジャズのライブが始まるまでにはいくらか時間があるようだ。

それならば。

散歩に繰り出そうじゃないか。ぼくはグリニッジ・ビレッジの趣のある街並みを眺めながらてくてくと歩いた。人通りの少ない裏の小道を、なにを考えるでもなく。

そんなときだった。前から男がスタスタと歩いてきた。狭い小道を悠々と歩きながらぼくの方へとまっすぐ向かってくる。

男はねずみ色の長髪でシュッとした顔立ちをしていた。見たところ20代そこそこの白人。ひょろっとしているが背丈は190cmはあろうか。髭はそもそも生えていなかったかのようにその存在は認められず、眉毛は縦に薄く横に長い。グレーのモフモフとしたダウンを羽織り、下は黒いショートパンツを履いていた。窮屈に口を閉じたショートパンツの前ポケットに指先を突っ込んでいる。ショートパンツの下にはすらっと長い真っ白な脚が顕になっている。丈の短い靴下にブラウンの革靴。姿勢はピンと伸びていて、前方をブレることなく見つめていた。そのブルーの瞳はまるで死んだ魚のように冷たくクールだった。

彼はスタスタと歩いてくる。その姿はまるでファッションショーのランウェイを歩くモデルのようだった。奇天烈な服装に身を包みながらも、顔はあくまで無表情。この世の人間とは思えないのは血が通っているように見えないからだろう。

ぼくは思わず立ち止まってしまった。ぽかんと口を開けていた。そんなぼくを気にも留めず、男は相変わらずじーっと前を見つめたまま表情ひとつ変えずにぼくの横を通り過ぎた。

ぼくは振り返った。そして遠のいていく男の後ろ姿を眺めながら思った。


モフモフのダウンにショートパンツ?

え、どういうこと!?

上半身は真冬で、下半身は真夏的な感じ!?


彼は今どんな気持ちなんだろう。格好からして、あったか寒いんだろうか、それとも寒あったかいのだろうか。そのどちらか、もしくはそのどちらでもないのか。


彼はその「あったかいんだか寒いんだか」といった微妙な加減の気持ちというものを静かに味わっているのかもしれない。ぼくは宇宙人に会ったかのような不思議な感慨にグッと掴まれた。


でも、待てよ。


そもそも「あったかい」とか「寒い」で言い切れる気候の方が珍しいんじゃないか。逆手に取れば、「あったか寒い」とか「寒あったかい」と捉える方が実は正確だったりするんじゃないか。そんな微妙な気温の日の方がほんとは圧倒的に多いんじゃないか。そんな気がしてきた。


ぼくらはグラデーションの中で生きている。白とか黒とかでは割り切れない、限りなく細かい粒度のグラデーションによって世界は成り立っている。海は青であるのと同時に、白であり、緑であったりする。雲は白であるかと思えば、灰色となっては雨を降らし、夕暮れには淡く赤く染まる。そんなことに「ハッと」気づいた自分がいた。頭ではなく、カラダで理解したような気がした。

嬉しくなってぼくはもう一度振り返った。あの男の姿を探して。でもそこにはもう誰もいなかった。まるで最初からいなかったかのように。

ぼくはまた歩き出した。秋の街はどこまでも美しく、それでいてどこか寂しかった。

さて今日はなにを飲もうかしら。

今日はそんなところですね。グリニッジ・ビレッジのおしゃれなカフェで一休みしながら。

それではどうも。お疲れたまねぎでした!

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