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冬になると、ほうじ茶が
しばれる。12月を過ぎたぐらいから10℃を下回ることはもちろん、日によっては氷点下に達することもある。シアトルの冬が随分と深まってきたという今日この頃だ。基本的には薄着を好むアメリカ人たちもさすがにこの時期には厚手のコートやダウンに身を包んでいる。地面が凍ってツルツルすることもしばしばだし、雪が降る日には雪かきに精を出す人も出てくる。
あーーー寒い。こんな季節が2月末ぐらいまでは続くのだ。
冬になると思い出す。あのほくほくと湯気を立てたほうじ茶のことを。香ばしい匂いをくんくんと嗅ぎながら、ずずずっと啜る (すする) あの感覚を。
あれはぼくが中学生の時まで遡る。ぼくはバンド活動に励んでいた。同じ中学校の同級生とバンドを組んだ。人生で初めて取り組むバンド活動はとても新鮮で、それはもうワクワクするものだった。世代ではないけれど、ブルーハーツの曲なんかをコピーしていた。『リンダリンダ』や『トレイントレイン』はもちろんカバーした。ぼくの担当はベースだった。
神奈川県は横浜市の中学校に通っていたこともあって (そう、ぼくらは浜っこだったのだ)、バンド練習は決まって横浜付近の音楽スタジオでやっていた。ドラムセットやアンプが揃ったスタジオを1時間1,000円とかで借りてそこで練習するのだ。
そのスタジオの中でとびっきりお気に入りのところがあった。赤レンガで有名な桜木町にほど近い、関内という街にある"月桃荘"というスタジオだ。
なんだか民宿のような名前だが侮ることなかれ。この音楽スタジオは関内のとあるビルの上の階のフロアに位置していた。ビルの中にあるとは思えないぐらい、スタジオは充実していた。機材のセレクションも申し分なかったし、スタジオの部屋の中は掃除が行き届いていてた。全体的にこざっぱりとして綺麗だった。ただ何よりもぼくが個人的に好きだったのが、そう、ほうじ茶だった。
スタジオに入ると受付の前に小学校の教室くらいのだだっ広いスペースがあった。そこにはいくつか四角いテーブルが並べられ、丸いすがそれぞれのテーブルに4つ置かれていた。いわゆるラウンジといった感じで、バンドマンは練習をする前に、もしくは練習が終わった後にそのラウンジでたむろしながら「あの曲のこの部分がさ〜」とか「来月のライブなんだけど〜」なんて会話をしていた。
ぼくらも例外ではなかった。2-3時間ほどスタジオの一室を借り切ってみっちりと練習をした後、ぼくらはそのラウンジの一テーブルを陣取ってどっこらしょと椅子に腰掛けていた。
冬になるとこのスタジオでは無料のほうじ茶が提供されていた。コーヒーや水は通常メニューとしていつも通りあるのだが、黒い大きめのポットにほうじ茶がたんまりと入っていた。
ぼくは冬にあそこで練習をした風景をおぼろげながら覚えている。バンドマンはコップいっぱいに入れたほうじ茶をテーブルへと運び、話に相槌を打ちながら美味しそうに啜(すす)っていた。みんな見てくれは赤い髪をしてたりじゃらじゃらとアクセサリーなんかをつけているのだけど、ほうじ茶を飲んでいる姿だけはなんだかとてもほっこりするところがあった。ぼくもハムスターを両手で優しく抱えるような形でマグカップを握り、「温かいなー」としみじみ思いながらほうじ茶を飲んでいた。茶柱が立っていて思わずニコッとした日もあったような気がする。
音楽スタジオでほうじ茶を出すってなかなか尖ったことだったと思う。今のスタジオ状況は全然分からないけれど、少なくとも当時はほうじ茶をバンドマンに出すところなんて他になかった。
だからと言って「奇をてらった感じがあったか?」と問われれば答えはノーだ。「わざと変なことをして気を引こう」というようなみっともない意図はそこには感じられなかった。
今思い返して思うのだけど、きっとあのほうじ茶は「冬だし寒いし、ほうじ茶とか出したら喜んでもらえんじゃないかな?」という心遣いから生まれたサービスなんじゃなかろうか。もちろんこれはぼくの想像にしか過ぎない。だけどスタジオの人の顔を思い起こすとそうとしか思えない節がある。
音楽スタジオでほうじ茶を出すことは結果として"クリエイティブ"なことになっていた。ほうじ茶のポットを見て皆が皆「お?」と反応していたし、ひょっとしたら噂が噂をよんで新しいバンドマンたちを誘っていたのかもしれない。
この"結果として"というところが大事なんだと思う。奇をてらおうとするのではなく、「お客さんがなにをしたら喜ぶかな?」と想像をめぐらし、それを柔軟なかたちでそっと示すこと。それがとても重要なことに思えるのだ。
カート・ヴォネガットというアメリカの小説家がこんな名言を残している。
人生の目的は、隣にいる人に親切にしてあげることだ
シンプルだけで力強い言葉ですね。きっとこれはビジネスでもそうじゃないことでも大事なことなんだとつくづく思うのです。
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今日はそんなところですね。霧が立ち込めるシアトルの冬の朝に。
それではどうも。お疲れたまねぎでした!
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