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ニューヨーク旅行記 -ジャズクラブあっちこっち巡り その2-

英語に"The night is young"という言い回しがある。「夜はまだまだこれからだ」みたいな意味だ。人によっては一晩飲み明かしたり、あるいは踊り明かしたりするときに使うのだろう。この言葉を知った中学生ぐらいの時から「大人になったらきっとワクワクするような夜というのがあるだろう」と妄想していた。

ニューヨークのジャズクラブを回ることはまさにそんな経験だ。どれだけお店をはしごしても飽きない。訪れる先々にそれぞれの風格があり、哲学があり、そしてそこには良質なジャズがある。そこに通底するヒップさは多くの大人を魅了して止まない。

そんなわけで。前回のジャズクラブあっちこっち巡りの続きをもう少しだけ。

Dizzy's Club (ディジーズ・クラブ)

Jazz at Lincoln Center (ジャズ・アット・リンカーン・センター)という複合施設がある。セントラルパークの南西側を出たところに位置するこの施設は複数のジャズクラブを内包する。そのうちの一つがこのディジーズ・クラブであり、もう一つが後ほどご紹介するThe Appel Room (アッペル・ルーム)だ。

まず入り口を見ただけでここがビルの一室だということは分かる。当然と言えば当然だけれど、ヴィレッジ・ヴァンガードに入る時のようなあの怪しい地下室に潜り込むような暗さはない。高級クラブってきっとこんな感じなんだろうなという(行ったことないけど) セレブな雰囲気が溢れ出ている。Dizzyという名前はあのトランペットの名手である、Dizzy Gillespie (ディジー・ガレスピー)にちなんでつけられたものだ。

高級クラブ?なディジーズ・クラブ

会場内に足を踏み入れると思わず笑みが溢れる。なんだここ、カッコ良すぎじゃない?ステージの後ろ側が全面ガラス張りになっておりそこからマンハッタンの夜景が見える。その景色を観ただけでぱっと六本木のビルボード東京を思い出す。作りが良く似ているからだ (ひょっとして参考にしているのかもしれない)。あのビルボード東京は思い出深い。会社帰りによく通っていたことをしみじみと思い出す。あそこで小野リサのライブを観たことが記憶に新しいし、ふざけ合いながらキレキレのラップをかますDe La Soulも観た。あのときはDe La Soulもまだ3人全員揃っていた (そのあとMCの一人が亡くなった)。やっぱりライブは観れるときに観ておかないとな、とつくづく思う。

それはさておき、このディジーズ・クラブは「マンハッタンのナイトライフはこうであってほしい」というイメージを鮮やかに体現している。ドレスコードは特段ないものの、ニューヨーカーらしい小洒落た格好で決めている人も多い。前方には品の良さげな年配の方が席についている。きっと常連なのだろう。そしてぼくを含めて観光客もちらほらいるという様子。

素敵なナイトライフをお過ごしの様子

ブルックリンラガーをちびちびと飲みながらぼんやり会場を見渡しているうちにライブは始まった。この日はLenny White (レニー・ホワイト)さんというキャリアの長い熟練ドラマーのライブだった。トランペット、サックス、ピアノ、そしてベースを従えてオリジナルや古いジャズの曲を演奏した。

演奏が始まってまず思ったのは「あれ、音が届いてこない」ということだった。ぼくが後ろの方に座っていたということもあるだろうけれど、ステージの前ですとんっと音が落ちているような気がする。なるほど、内装がカッコ良すぎるけど音はそこまでじゃないというパターンか。こういうこともある。とは言っても、体がゾワゾワするような迫力はないものの、お酒をちびちび飲みながら聴く分にはこのくらいの方がちょうどいいのかもしれない。演奏もホットで熱々というよりは、都会的でクールだ。

クールで都会的な演奏

演奏を聴き始めてすぐにびっくりしたのがベースだ。Ryoma Takenagaさんという日本人ベーシストだ。それにしても若いしカッコいい。ふわふわっとしたパーマがよくお似合いだ。

ドラムのレニー・ホワイトさんがMCで嬉しそうにこう話す。「うちのベース凄いでしょ?ぼくが教えているニューヨーク大学での教え子なんです。まだ19歳ですよ?でもあまりに才能があるからスカウトしちゃったんです」と。

19歳でこんな舞台に立っているのか!なんとも衝撃ではないか。19歳っていったら成人式もまだ出てないぞ。お酒もなんならデビュー前だったりするのかな!

彼が一緒に演奏しているのは何年もプロとして活躍しているジャズミュージシャンだし、そして目の前のオーディエンスは耳の肥えたジャズファンだ。でもそんなことは関係なしにRyomaさんのタイトでありながら独創的な演奏は観客をどんどん引き込む。主催のレニー・ホワイトさんはもちろん共演者もどこかニコニコしながら演奏を見守っている。観客も (その中にはぼくもいるわけだけど) 自然にスマイルを浮かべていた。類まれな才能があることに、そしてその才能が今ここで開花していく様子に心躍らせていた。「今ぼくらは凄いものを観ているぞ」という共通の認識がそこにはあった。

才能が花開く瞬間を目撃しているかのよう

大谷選手やダルビッシュ選手だけじゃない。こんなところにも凄い日本人がいる。ぼくもアメリカで踏ん張っているものとしてぜんぜん負けたくない。ライブが終わる頃には予想外な形で力強くモチベーションをもらった。ありがとう、Ryomaさん。これからもずっと応援しています。

The Appel Room (アッペル・ルーム)

お次に紹介するのはアッペル・ルーム。ディジーズ・クラブと同じリンカーン・センターの施設内にある。やっぱりなんと言っても入り口がカッコいい。革靴やハイヒールなんかを履いてカツカツと音を立てながらゆっくりと階段を上がりたいものですね。

ディジーズ・クラブとデザインが統一されている

ここも会場の中に一歩入ると度肝を抜かれる。ステージを見下ろすような作りになっており、そしてなによりガラス張りのバックから見える絶景に心打たれる。セントラルパークとマンハッタンの夜景がこの世のものとは思えない美しさだ。会場内ではお酒を飲むことも食事を取ることも出来ない。ここでは素敵なジャズの演奏、そしてニューヨークの極上の夜景を観るためだけに足を運ぶわけだ。

この景色を一度見れただけでも嬉しい

この日はJazz Lincoln Center Orchestra (ジャズ・リンカーン・センター・オーケストラ)による演奏だった。このリンカーン・センターの芸術監督を務める天才トランペッター、ウィントン・マルサリスが率いるビッグバンドだ。

この施設がジャズの教育も目的の一つとして運営されていることもあって、この日の演奏も多分に教育的な内容を含むものだった。ウィントン・マルサリスがマイクを持ってジャズの歴史をかいつまみながら話す。そして古き良きスイングジャズやニューオリンズスタイルのジャズの曲を披露したりする。そこから話は発展し、ジャズがいかに多様な人種を取り込み、そしていかに人種差別と闘ってきたかというところに行き着く。ここで人種差別に力強く抗議したチャールズ・ミンガスやジョン・コルトレーンの曲なんかも演奏する。かと思ったらカリプソのリズムを取り入れたキューパンなジャズを披露し、中南米の音楽がどのようにジャズに影響を与えたかということにも触れる。迫力のあるビッグバンドの演奏をバックにジャズの歴史を辿るこのプログラムはとても興味深く、感慨深い。

圧巻のビッグバンドの演奏

「パラッパラッパー!パッパー!」

ゆったりと感慨に浸っていると甲高いその音でぱっちり目を覚ました。ウィントン・マルサリスのトランペットのソロだ。艶があり華がある。一流のテクニックもさることながらそのメロディックな音色にガツンとやられる。残酷なまでにこの人はレベルが違う。「天才の音ってのはこういうもんです」ということを高らかに宣言されているかのようだった。

ウィントン・マルサリスは「テクニックが過ぎる」だったりの批判を日本でよく聴く。でもぼくは実物を観て一発でやられてしまった。誰が何を言おうとぼくはこの人の演奏が好きです。なんたって天才ですから。

振り返ってみて

今回はそんなところです。これ以外にもBlue Note、Birdlandなども訪れましたが、あまりに長くなるのでこの辺にしておきます。

以前「アメリカ行きをプッシュしてくれた人」という記事を書いた。今回ぼくが訪れたジャズクラブは、その記事で紹介したジャズギターリストの井上智さんがおすすめしてくれたところだ。

ぼくのジャズギターの師匠である井上先生は、アメリカ行きを控えて心配を抱えるぼくにこう言ってくれた。

アメリカ行ったら人生を変えるような出会いがきっと待ってるよ。心配せんで飛び込んでおいで。

ぼくがあっちこっち巡りをしたジャズクラブは刺激の連続だった。そしてそこで遭遇した日本人ミュージシャンにはきっと少なくない影響をこれからの人生でも受けていくのだろう。

旅をする度に新しい出会いがあり、人生はまた1ページ前へと進むわけですな。引き続きアメリカで頑張らなければ。そしてジャズと素晴らしいミュージシャンにリスペクトと感謝を込めて。

それではどうも。お疲れたまねぎでした!

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