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ニューヨーク旅行記 -ジャズクラブあっちこっち巡り その1-

ジャズの定番曲、いわゆるスタンダードに「Autumn in New York (ニューヨークの秋)」という曲がある。あの「ターラーラーラー♪」という切なくてキャッチーなイントロで始まる曲だ (それにしても文字でメロディーを書くとなんとも滑稽な感じになってしまうな)。

この曲を耳にする度に「そうか、ニューヨークの秋というのはきっと美しいんだろうな」と思い、それを繰り返す度に「秋にニューヨークを訪れなきゃ」と思うようになった。それくらいの説得力がこの曲にはある、と思ってるのはぼくだけではないはず。

そんなわけで。行ってきました、ニューヨークに。

訪れたのは2023年11月半ば。日中は知り合いに会ったり美術館と訪れたりしつつ、夜はジャズクラブをはしごした。秋の夜長に月の光を辿って‥というのは真っ赤な嘘ですが、Google Mapを頼りに (いきなり現実的ですね) マンハッタンの歴史あるジャズクラブを訪問してきました。

写真を交えつつあの素晴らしぎる夜を振り返ります。

Smalls (スモールズ)

このスモールズと次に紹介するメズローは大通りを挟んで向かいに位置するお店だ。訪れる人は皆どちらかに入ろうとしていて「スモールズは一杯だってさ。じゃあメズローに行こうか。」なんて会話をしている。

スモールズは小さなお店だ。最大のキャパは80人ほどだと書いてある。狭い階段を降りていくとそこにはヒップな光景が広がる。壁には所狭しとジャズに関する絵画や写真が飾ってある。どれも粋な感じで趣味がいい。部屋に至るところにジャズらしさが感じられるのは、味のあるジャズの音が十分に染み込んできたからだろう。スモールズはあとで紹介するジャズクラブに比べるとどこか"陽"な感じがした。決して照明が明るいとかではないが、そこにはパッと明るい雰囲気というものが確かに認められた。

階段をテクテクと降りていくと…
そこに広がるヒップな光景

この日はDan Pratt (ダン・プラット) さんというサックスプレーヤー率いるカルテットの演奏だった。リズムセクションにはパリッとしたシャツの似合う黒人ドラマー、くたっとしたシャツと全然揃える気のない前髪が印象的な白人ベーシスト、そしてピアニストは日本人の加藤真亜沙さんだった。

いざ演奏が始まる。まず思ったのはバンドの佇まいがブルージャイアントというジャズ漫画に出てくるシーンを強く想起させるものだった。サックスは「ブオーン」と強烈な一音をかましたかと思えば、ソニー・ロリンズを彷彿させるような高速フレーズを決めてくる。ベースもドラムも堅実で旨さが自然と滲み出るプレーだった。そして加藤真亜沙さんは圧巻だった。ブルージーさも感じさせながらフレーズは都会的な上品さとモダンさを兼ね備えたものだった。ぼくはこの日最前列に座っていたけれど、耳の肥えたニューヨーカーも「うーむ、これはいい」と唸っている様子が背中越しに伝わってきた。というのも彼女のソロが終わる度に割れんばかりの拍手が起こっていたからだ。

日本人のピアニストが出演することも、そして加藤真亜沙さんというピアニストがご活躍されていることも(恥ずかしながら)ぼくは知らなかった。それでもそんなことは関係なくこの日の演奏は凄まじかった。こうやって本場で活躍している日本人を見るのは素直に勇気づけられるし、なんかぼくも頑張んなきゃって思った。

とにかくバンドとしての見せ方が半端なく格好良い

Mezzrow (メズロー)

スモールズのライブを終えて、次はすかさずお隣のメズローに向かう。入口前の細長い階段には既に行列が。

隠れ家的なジャズクラブであるメズロー

中に一歩足を踏み入れるとそのノスタルジックな空気に一発でやられる。なんだこの感覚は。初めて訪れたというにも関わらず、なぜか底知れない懐かしさのようなものを感じる。どこまでも優しく暖かく、そして懐かしい。暗がりの中に灯るキャンドルを頼りに細長い会場の奥へと進んでいく。スピーカーからはセロニアス・モンクの「ストレイト・ノー・チェイサー」というブルースの曲がかかっていた。もうこの時点で大満足だった。「また次も来るぞ」とライブが始まる前から思っている自分がいる。変な話だが、これが本当なのだ。

このジャズクラブほど味わいがあるところをぼくは知らない

この日はHayes Greenfield (ヘイズ・グリーンフィールド) さんというサックスプレーヤーを中心にベースとピアノを交えたドラムレスの編成だった。ニューヨーク地元のミュージシャンといったところだろう。

どこまでもリラックスしていた

セットリストはスタンダードとオリジナルの曲をバランスよく混ぜたものだった。演奏はまあ達者だこと。ブルージーでいて華麗で思わず「うーん」と唸ってしまう。ニューヨークのジャズクラブがいいなと思う一つのポイントは、とにかく地元のミュージシャンのレベルが高いということに尽きる。だからこそ誰が出ているかはいい意味で関係なく、訪れる度にその深い演奏を楽しめる。この日も熟練ミュージシャンのいぶし銀の演奏に惚れ惚れとしてしまった。

「素晴らしいベーシストのポールが来てるじゃないか」

とサックスプレーヤーのHayesさんがMC中に言った。客にも腕利きのミュージシャンがいるというところがなんともニューヨークっぽいじゃないか。痺れますね。

お客さんはその一声を聞いて皆一斉に後ろを向いた。ポールさんは満更でもない顔をしてステージを見つめていた。ポールさんはしわくちゃになったジュラシック・パークの半袖シャツを着ていた。あの赤い丸の上にガイコツの黒い恐竜が描かれている、あのデザインだ。

めちゃめちゃダサいぞ、ポール。小学生が山にカブトムシ捕まえに来たんじゃないんだから。こんな洒落たジャズクラブにそのシャツはないぜ。そう思ったのはぼくだけではないはずだ。

Hayesさんはその後も「ポールは本当に優れたベーシストなんだよ」と褒め称えていた。その度にポールさんを見るのだがジュラシックパークのTシャツが気になって仕方ない。もうちょっとそれっぽい格好してもよかったんじゃないかと思ったり。まあリラックスしてるということで。

じっくりと耳を傾ける観客

ただお客さんはそんなことは関係なしにじっくりと演奏を聴き入っていた。生のジャズに酔いしれていた。ちらっと観客の方を見るとこれがまた皆いい顔をしているではありませんか。うっすらと笑みを浮かべながら1秒1秒を深く味わうべく静かに体を揺らしていた。

Village Vanguard (ヴィレッジ・ヴァンガード)

ニューヨークを訪れて「ジャズクラブに行く」と言ったら避けては通れない場所がある。それはもちろんあのジャズの聖地、ヴィレッジ・ヴァンガードだ。

1940年代の後半からずーっとこの場所でジャズを鳴らしてきたという。ここで数々の伝説的なライブが行われ、その一部は驚くべきクオリティーを持ってして録音された。それらの音源はモダンジャズの金字塔とも言えるような作品となって残っている。日本では有名なのがビル・エバンスの『ワルツ・フォー・デビイ』とかですよね。

トレードマークになっているネオンの灯の前で多くの人が記念撮影をしていた。そりゃそうですよよねー。ぼくももちろん1枚パシャっと。

ここでみんな写真を撮っていた。とても渋くて味わいがある。

入り口の狭い階段を降りていくそこは秘密結社のアジトのようだった(そんなところ入ったことないけど)。なんだかご飯を食べたりお酒を飲んだりするというよりは大事な (しかもなんだか悪い)話をするような場所に思える。ここでトランプで賭け事をしたりしたら様になるような気もする。フロアは三角形のような台形のような歪な形をしている。緑の壁にはずらっとジャズミュージシャンの写真が並ぶ。ビル・エバンス、ジョン・コルトレーン、ジム・ホールなどなど。

伝説のヴィレッジ・ヴァンガードの店内
渋い写真がいっぱい

この日はJoe Lovano (ジョー・ロバーノ) さんというサックスプレーヤーとMarcin Wasilewski (マルチン・ボシレフスキ)というポーランド人ピアニストのトリオによる演奏だった。内容はフリージャズに近いものだった。どこまでがテーマで、どこまでがアドリブか境目が極めて曖昧。だからといって変に哲学的な感じや堅苦しい印象はない。どこまでも音楽的に純粋で、それでいて感情が溢れるエモーショナルな音楽がそこにはあった。

ヴィレッジ・ヴァンガードでライブを観てまずびっくりするのがそのステージだ。照明は至ってシンプルでいくつかライトが光を照らすだけ。背後にあるのはざっと敷かれた赤いカーテンのみ。楽器を除いてステージには他に何もない。

そして観客席は真っ暗なのだ。そこにはランプの一つもない。ステージから反射したライトの光が観客席に座るお客さんの顔をうっすらと照らし出す。それはまるで映画館でスクリーンをじっと見つめる観客のようだった。

演奏中にちらっと横を向いて観客席を眺めた。そこには人ぞれの表情があった。優しい微笑みを浮かべる人、眉間に皺を寄せた怪訝な面持ちの人、どこまでも物哀しい顔をしている人、すやすやと眠りにつくかのように静かに目をつむっている人、なにか大事なものを諦めてそれを深いところで受け入れたような目をしている人。皆それぞれ思い思いに色んなことを感じたり考えたりしながら聴いている。

ヴィレッジ・ヴァンガードには音楽と人だけがあった。他に余計な装飾などない。あるのは人間の感情とそれを揺さぶる良質な音楽だけ。「ジャズってそういう音楽だよな」と心の底から思う。とっても人間臭い音楽だと思うのです、ジャズって。

シンプルの限りを尽くしたステージ

この日は平日水曜日の夜にも関わらずたくさんの人で賑わっていた。こういう日がもう何十年も同じ場所で続いていると思うとグッと来るところがある。このステージにはアイドルが上がるわけでも有名人が出てくるわけでもない。そして言うまでもなくその音楽は決してポップなものでもなく、多くのものは踊れるような代物でもない。それでもこのヴィレッジ・ヴァンガードには世界中から毎日多くの人が足を運ぶ。それはやっぱりここには紛れもない"本物のジャズ"があるからだと思う。

やっぱりジャズって凄い音楽だな。そう、しみじみ思わせてくれる素敵な夜だった。

皆さん、ご満悦のようで

今回はそんなところです。長くなってきたのでこの辺にしておきます。続きをまた次回書きます。

それではどうも。お疲れたまねぎでした!

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