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【感想】宇佐美りん「推し、燃ゆ」 芥川賞候補

すごかった。
現代の取り留めのない不安と孤独をこんなにも鮮明に描き出せる人がいるのかと驚いた。

著者は、宇佐美りんさん。
1999年静岡生まれ。
三島由紀夫賞を最年少で受賞した今話題のルーキーだ。

恥ずかしい話、私は彼女を知らなかった
書店の目立つところに彼女の本が並べられていたが、タイトル「推し、燃ゆ」と、現代の高校生が好みそうな毒々しい表紙が相まって、なかなか手に取る気になれなかった。

このように、この本は私にとって、流行りの本として片付けられるはずで、通り過ぎる本だとしか考えてなかった。

しかしながら、この本が、芥川賞の候補となり、「読まなければ…」と重い腰をあげて読んでみることにした。

私が好きな芥川賞作家は、「共喰い」の田中慎也さん、「苦役列車」の西村賢太さん。
彼らの作品は、ずっしりと重く、じわじわと心に染み込んできて、時折無性に読み返してみたくなる。

そんなこんなで、今までの芥川賞作家と作品のイメージと、1999年生まれの作家が描く「推し、燃ゆ」というタイトルの本が芥川賞候補だということが、いまいちリンクしなかったのだ。

なぜ、あのような本が?作者が?と思い、その謎を解くべく、本を手に入れようと思った。

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【あらすじ】
逃避でも依存でもない、推しは私の背骨だ。アイドル上野真幸を“解釈“することに心血を注ぐあかり。ある日突然、推しが炎上し——。

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まず最初の一行で、「この人は天才だ。」と思った。

「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。まだ
詳細はなにひとつわかっていない。」

物語の冒頭に、この本の全てが詰まっており、それを解決するかのごとく物語が始まり、読者を引き込んでいく。

私が最近手に取る作品は、冒頭が眠くなるほどつまらない作品が多く、それでも耐えて読む場合が多い。大抵そのような作品は、物語の中盤から話が面白くなり、最後にどんでん返し、その後に、冒頭のつまらなさの伏線を回収するといった展開が期待される。

しかしながら、彼女の作品は、物語の冒頭から、読者をハリケーンに巻き込むかのように世界に迷い込ませる。

そして私は、この冒頭を読んで、カミュ「異邦人」を思い出す。
「異邦人」の冒頭は、

「きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かも知れないが、私にはわからない。」

と有名すぎるフレーズだ。

読者に謎と不安を期待を抱かせる文章を巧みな言葉を使い冒頭に持ってくることが、この本の魅力だと思う。

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最初の一部をべた褒めしすぎたが、作中の比喩や描写も、主人公の漠然とした不安や、胸の奥底に眠る孤独を見事に描きだしており見事だった。

単純な心情の描写ならそれほど思わない。
しかしながら、この本では、全体を通して「現代の若者が抱えている、混沌とした不安、孤独だ。」

数年前に発生した、「座間9遺体殺人事件」で世間が注目した、「若者の死にたい。」という気持ちを思い出していただければいだろう。

この食料にも経済的に豊かな時代で、SNSで世界中の人と一瞬で繋がることができるのに、若者たちは、なんとも言い表せない閉塞感と不安、そして孤独を感じている。

なにか劇的な出来事があったからでは無く、心のどこか奥底に潜んでいて、それがじわじわと進行していく、そんな病のようなものを抱えている若者が多いいのではないか。

そのような、なんとも言い難い孤独や不安、強いていえば、明けない夜に漠然と感じるあの冷たくもがくあの空気感をこの作品は出している。
その雰囲気を出せたことが、この作品を一級ものにした理由だと思う。

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具体的に言うと、主人公は、愛してやまない芸能人(作中では、推しと表現)が、世間から非難を浴び(炎上)、引退する。

今まで「推し」のために、お金も時間も自分の気持ちも全て捧げてきた主人公の心情を鮮やかに描く。

主人公にとって、「推し」は、顔がかっこいい異性のアイドルだけでなく、どこか「推し」に自分を投影しているように思われた。

その「推し」の引退は、彼女の今までの行動を否定するものなのか、それとも、新しい出発なのか、作中で疑問を投げかける。

また、タイトルに秘められた「燃ゆ」も、キーワードになる。

最後にそれについて言及されるのだが、ここが見事としか言いようがない。

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文章でここまでの雰囲気と世界観が描けるとは、信じられなかった。

ましてや、若い著者が描くとは…と空いた口が塞がらなかった。

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しかしながら、立ち止まって考えたいことが二点ある。

一つ目は、主人公が抱えている病について。
二つ目は、著者の将来性についてだ。

まず一点目、主人公が抱えている病についてであるが、作中で主人公は、周りと同じことができない、憶測するに「アスペルガー症候群」のような病を持っている。人と同じことが出来ず、出席日数が足りず高校中退してしまう。

この主人公の特徴が、作中にプラスの作用をしているかと言うと、私はそうは思わない。むしろ作品を複雑化させ、共感を得にくくなっているのではないか。(にもかかわらず、作品として成立させているところは、作者の才能を感じる。)

二点目は、著者の今後の創作活動についてだ。まだ若いので、これからいろんな形の作品を出していくであろうが、正直なところ、「推し、燃ゆ」の作品としての高さから、他の作品のイメージが付きにくい。この点が吉と出るのか凶と出るのか分からない。
楽しみでもあるし、不安な点でもある。

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総合的に判断するに、作品全体から溢れる毒々しい雰囲気は著者の才能を感じずにはいられない感じずにはいられない。

しかし、短い小説ながら体力を持っていかれるので、元気な時に読むのをおすすめします!!!

おわり

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