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『電脳コイル ビジュアルコレクション』若きアニメーターに支持され復刊!アニメ作画の極み、ここにあり

礒光雄監督によるNHKの30分連続テレビアニメ「電脳コイル」が放送されたのは2007年のことです。
舞台は、目の前の世界に電脳空間を重ね合わせて見せる “電脳メガネ”が大流行する近未来、202X年。小学校最後の夏休みを目前に転校してきた小学校6年生のヤサコと友達らの日常、そして、電脳空間で起こる不思議な出来事や事件が描かれます。

テクノロジーの進化の過渡期にあって、放送当時まだ生まれたばかりの概念「AR(拡張現実)」「MR(複合現実)」を物語の中心に落とし込んだ同作は、非常に画期的であり、実験的な作品でもありました。

一方で、テクノロジーという“素材”を用いながらも、日本人が持つ民俗学的な感性や世界観に対する磯監督の洞察がエッセンスとなり、その物語はどこか懐かしさを抱かせるものになっています。放送から十数年経った今でもファンは多く、夏になると見たくなるアニメとして、しばしばその名前が上がるのは、デジタルなイメージや主題の中にも、子ども時代の「夏休み」の感覚を思い起こさせるからでしょう。

物語としての「電脳コイル」は、その先見性などから、これまで多くの見どころが語られてきましたが、実はアニメーションそのもの=作画の観点からも“神作画”として非常に高い評価を得ている作品でもあります。登場人物たちの日常を生き生きと描き出しながらも、決して多くはない動画枚数で仕上げられた同作。それはまさに、作画現場の技量を示していると言えます。

そんな映像の源である原画やレイアウトをたっぷり収録したのが、『電脳コイル ビジュアルコレクション』です。2008年に徳間書店から出版されると、“アニメーターのための教科書”として、現役のアニメーターから志望者までに愛読されるようになりました。ところが、ある時期から同書は品切れ絶版になっていました。

本記事では、絶版を惜しむ多くの声を集めた同書の復刊と、その見どころをご紹介します。

2014年に復刊された『電脳コイル ビジュアルコレクション』

<書籍紹介>
「電脳コイル」の制作陣には、監督・磯光雄、作画チーフ・井上俊之をはじめ、本田雄・板津匡覧・押山清高・近藤勝也・平松禎史・本間嘉一(森川聡子)・吉田健一等と錚々たるメンバーが名を連ねます。本書は、そんな豪華制作陣による貴重な原画2,000点を収録する、アニメーター必携の資料集です。


集まり続ける復刊リクエスト

『電脳コイル ビジュアルコレクション』に1票目の復刊リクエストが寄せられたのは、2011年頃。当時、高い評判を得ながらも絶版となっていた同書の古書価格は高騰し、一時期は数万円という価格で取引されていました。

月日を追うごと増えていったリクエストの多くに添えられていたのは、“同書でアニメーションを学びたい!”という思い。これからアニメ業界を目指そうという人たちにとって、もはや手が届かないほど、貴重で高価なものになってしまっていたのです。

やがて復刊ドットコムの編集者がその状況に気づき、復刊の実現に向けて動き出したのは、2014年。奇しくも、主人公・ヤサコの誕生年と同じ年のことでした。

さて、同書の特筆すべき点は、復刊されて以降の反響にあると言えます。
復刊後も、品切れとなるたびに再復刊を求める声が集まり続け、現在までに寄せられたリクエストは400件近く、重版も幾度となく行われているのです。

中でも、最も大きな盛り上がりを見せたのは、2022年。
X(当時・Twitter)で拡散された、誰が書いたとも分からない“アニメーターのなり方指南”で紹介されたことがきっかけです。

そこでは、アニメーターになるために、「鉛筆を買い、コピー用紙を買い、ウォーミングアップをして、『電脳コイル ビジュアルコレクション』をひらすら模写することから始めよ」ということが書かれていました。

それまでも度々SNSで話題になることがあった同書ですが、この時の勢いはすさまじく、異例のペースで重版が決定されたほどでした。

多くのリクエストを集める復刊ドットコムといえど、同書ほどユーザーの声が押し寄せ、その声に突き動かされた作品は多くありません。

こだわり編まれた「作画」の教科書

では、『電脳コイル ビジュアルコレクション』がこれほどまでに支持されるのはなぜでしょうか。

アニメには“教科書”と評される本がいくつかあるのですが、そこにはいろいろなパターンが存在します。
その違いは、そのアニメが、何にこだわり、力をいれて制作されているかによって生まれています。つまり、その作品の監督の創作時の「思想」が関連書にまで表れるということであり、たとえば「絵コンテ」をメインにした本、「レイアウト」を重視した本など、そこにはその作品の「核」があるのです。
 
そして、そうした「核」は、監督がどんなキャリアで経験を積み上げてきたか、ということにも大きく影響されます。

「電脳コイル」の磯光雄監督は、アニメーター出身です。『電脳コイル ビジュアルコレクション』には、原画やレイアウト、画面上での動きを指示したタイムシートが、他のアニメ書籍に比べても多く収録されていることから、同氏にとってアニメ制作の核となるのは「原画の蓄積」であることがうかがえます。だからこそ、“アニメーターの教科書”として読むに足る価値があるのです。

『電脳コイル ビジュアルコレクション』より抜粋

磯監督は、『電脳コイル ビジュアルコレクション』の中で、同書について次のように語っています。

この本は、主に「作画」に興味のある方々のために、アニメーションが制作される過程で描かれる「原画」などを集めたものです。初めてご覧になられる方には少々敷居が高いかもしれませんが、画面になかなか現れない描き手の技巧や情熱がもっとも現れるのが「線画」であり、そういった普段は見えにくい部分を堪能してもらえたら幸いです。
(P247「Part3:絵コンテラフ[設定ほか]」より一部抜粋)

その言葉通り、一般の読者には、掲載された多くの原画に添えられたタイムシートの意図を読み取るのは難しいでしょう。そして、それぞれに付された「修正原画」、「修正レイアウトラフ」、「監督修正レイアウト」、「総監督修正レイアウトラフ原画」、「演出修正原画」などといった、どの段階の絵なのかという具体的すぎる説明もまた複雑です。

ですが、これらは制作のどの段階で、誰が関わったものかを正しく伝える上で欠かせないもの。磯監督の、アニメが出来上がるまでの細かな「段階」、関わる人々の「役割」の大切さを無視したくないという姿勢の表れと言えるかもしれません。

『電脳コイル ビジュアルコレクション』は、ファンにとってのコレクション的な意義を持ちながらも、何より監督自身がアニメの制作、特に「作画」において重要だと考えた要素を中心に編んだ本だからこそ、他のアニメ関連書籍にはない価値を持ち、出版から十数年を経ても多くのアニメーター志望者の間で求められているのです。

ところで、アニメ「電脳コイル」の舞台は202X年と、はっきりとは明記されていませんが、実は主人公たちの誕生年から逆算することができます。

まもなく訪れる2026年、それが「電脳コイル」の舞台となった近未来です。
作中に登場したテクノロジーが現実化しつつある現代にあっても、なおアナログな形で受け継がれる『電脳コイル ビジュアルコレクション』という本。若きアニメーターたちの学びに寄り添い続ける本書は、これからどんな未来を目の当たりにするのでしょうか。


■取材・文
Akari Miyama

元復刊ドットコム社員で、現在はフリーランスとして、社会の〈奥行き〉を〈奥ゆかしく〉伝えることをミッションとし、執筆・企画の両面から活動しています。いつか自分の言葉を本に乗せ、誰かの一生に寄り添う本を次の世代に送り出すことが夢。
https://okuyuki.info/

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