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誰も知らない?!約50年前のアンパンマン やなせたかしが描いた超初期の連載まんが『だれも知らないアンパンマン』

 やさしくて、強くて、頼りになる正義の味方、アンパンマン。しかし、そんな彼にも、なんだか頼りない時代があったことをご存知ですか?

アニメ版アンパンマンが放送開始されたのは1988年ですが、作者のやなせたかし氏の作品に初めて「アンパンマン」という名前のキャラクターが登場したのは、そこから遡ること20年ほど前のことです。(『十二の真珠 -ふしぎな絵本-』)この頃はまだ人間の姿で、大人向けの童話として描かれていたアンパンマンはその後、より子ども向けの作品として、今につながる姿や設定に整えられていくことになります。

今回ご紹介するのは、そんな超初期のアンパンマンを知ることができる、『だれも知らないアンパンマン』。1976~82年に「月刊いちごえほん」で連載された短編シリーズ『アンパンマン』を全話再編集し、復刊ドットコムが初めて単行本化したものです。

だれも知らないアンパンマン -やなせたかし初期作品集

本書にはお馴染みのキャラクターも多く登場しますが、その性格は私たちが知る彼らとは少し違います。

たとえば、背負った人が重すぎて飛べなかったり、ジャムおじさんを「パパ」と呼び、困り顔を見せたりするアンパンマン。アンパンマンの弟として登場するカレーパンマンや、せわしなく、はっきりとした物言いのバタコさん…。

やなせたかし氏が自ら描いた超初期のアンパンマン独特の味わいは、アニメ版アンパンマンをよく知る人であればあるほど、興味深く映るに違いありません。

本記事では、そんな『だれも知らないアンパンマン』の中でも特に驚きが大きい場面やエピソードをいくつかご紹介します!アニメの印象とは少し違う、けれどたしかにそこに存在するアンパンマンの世界観をお楽しみください。


1.  なんだか頼りないアンパンマン

 作品初期の頃から、アンパンマンが困った人を助けてくれる存在ということには変わりありません。ですが、作品初期のアンパンマンの性格には少し子どもっぽい部分があるように感じられるかも?完璧すぎないからこその愛嬌や、くすっと笑える言動に注目です!

アンパンマン初登場

『だれも知らないアンパンマン』P.2.3

生まれたままの姿で何も身につけていないアンパンマンが見られるのは、連載第1回と第2回のみ。この後、連載第3回でおなじみのコスチュームを作ってもらうことになります。アンパンマン自身がTVのヒーロー像に憧れ、ジャムおじさんにリクエストしてできたのが、アンパンマンのコスチューム。今や憧れのヒーローの代名詞のようなアンパンマンにも、そんな時代があったのです。

成長途中のアンパンマン?

『だれも知らないアンパンマン』P.13

子どもをおんぶして飛んであげようとしていたアンパンマン。そこへ突然現れた大男がアンパンマンにおんぶしてもらおうとしますが、重すぎたようで…。ようやく帰ってきて、ジャムおじさんに新しい顔を作ってもらうアンパンマンは、なんだか子どものようです。まだまだ登場したばかりのアンパンマン、これから成長していくのかな?と応援したくなるようなエピソードです。

アンパンマンのびっくり発言?!

『だれも知らないアンパンマン』P.144

筆者が個人的に印象的だったのがこのページ。きれいなものを汚したい「らくがきまん」が人や町に落書きをして回っている場面です。困っている町の人に、「ぼくのしごとは ひもじいひとをたすけることだ これはちがうなあ」と言ってしまうアンパンマン。さらには、「ぼくのあたまのなかはあんこだから、むずかしいことはかんがえられない」とまで。笑顔が見えないアンパンマンの表情もなんだかシュールだと思いませんか?

2.  幻の敵、フケツマン

 連載まんがにのみ登場するキャラクターで、一際存在感を放つのが、カビの胞子のような姿をした「フケツマン」。
全71回の連載のうち、計11話で登場するフケツマンは、バイキンマンの同志のようなキャラクター。バイキンマンと手を組むこともしばしばで、アンパンマンたちが攻撃を受けるとカビが生えてしまいます。

『だれも知らないアンパンマン』P.110.111

ちなみに、フケツマンはバタコさんのことが大好き。連載ではよくセットで登場しますが、バタコさんのどこが好きなのかはよくわかりません。『だれも知らないアンパンマン』を通して読んでいると、とても愛着が湧くキャラクターなので、ここでしか会えないのは寂しいような気すらしてきます。

3.  驚き!お馴染みキャラクターのこんな姿

 お馴染みのキャラクターの中でも、初登場回の衝撃が特に大きかったのがバイキンマンとめいけんチーズ。キャラクター造形や世界観がどんどん洗練されていく中で、特にその変化が大きいキャラクター、と言うことができるかもしれません。それぞれの初登場回を見れば、きっと誰かに話したくなりますよ!

バイキンマン初登場

『だれも知らないアンパンマン』P.52.53

他のお馴染みキャラクターが続々と登場する中、満を辞して登場した第二の主人公、バイキンマン。待っていました!という気持ちもありつつ、今のバイキンマンとは随分違う印象に、つい、よく知るバイキンマンと見比べてしまいました。これまで意識したことはなかったのですが、バイキンマンのモチーフって、ハエ?!背中についた目立つ羽や、頭にちょんちょんと生えた毛が、ハエっぽさを演出しています。実はこの何話か後、アンパンマンにハエ叩きで懲らしめられているので、やはりバイキンマン=ハエのイメージがあったのだと思います。

そして、もう一つ、このバイキンマンには鼻がありません。
しかし、鼻がないのはこの回だけ。次の登場回では大きな鼻がついたことでデフォルメ感が強くなり、ハエっぽい印象も薄くなっているのです。
この間、やなせ氏の頭の中ではどんな構想が繰り広げられていたのでしょうか…。

めいけんチーズ初登場

めいけんチーズと言えば、アンパンマンたちの仲間として活躍することもある犬のキャラクター。その初登場は実はかなり衝撃的で、一時期ネット上拡散され、大きな波紋を呼んだとか。

『だれも知らないアンパンマン』P.198.199

見た目の違いもさることながら、なんと、バイキンマンに協力し、アンパンマンをやっつけようとしているのです!この後バタコさんに手懐けられたチーズはすぐに仲間になるので、バイキンマン側として登場するのはこの回のみ。チーズを知る人ならば、一度は読んでおきたいレアな回と言えるでしょう。

ちなみに、アンパンマンは犬が苦手、という設定自体もちょっと意外だと思いませんか?連載第1回でも犬に追いかけられているので、トラウマになっている可能性も考えられますね。連載各話は読み切りの短編ですが、世界観の連続性が高いので、読み込んでいくともっと細かなこだわりや設定が見えてくるかもしれません!

おわりに

 たった2ページの読み切り作品から始まった『アンパンマン』は、約6年にわたる連載の中で、各キャラクターの設定や世界観が少しずつ確立されてしていきました。

今では子ども向けのアニメ、キャラクターの印象が強くなっているアンパンマンですが、根底に流れるやなせたかし氏の作品性を再認識すると、アンパンマンという作品がもつ歴史や独自性が浮かび上がり、力強く安定した作品の趣をあらためて感じられるような気がします。

今回は連載作品のごく一部をご紹介しましたが、キャラクターの存在感が際立つエピソード以外にも、短編ならではのテンポの良さが楽しいエピソードや、季節感を感じられるエピソードなど、見どころをあげればきりがありません。

“誰も知らない”アンパンマンを、今度はあなたが誰かに教えてあげてください!


■この記事を書いた人
Akari Miyama

元復刊ドットコム社員で、現在はフリーランスとして、社会の〈奥行き〉を〈奥ゆかしく〉伝えることをミッションとし、執筆・企画の両面から活動しています。いつか自分の言葉を本に乗せ、誰かの一生に寄り添う本を次の世代に送り出すことが夢。
https://okuyuki.info/

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