【観劇メモ】星組公演『ディミトリ〜曙光に散る、紫の花〜』を観る

宝塚大劇場で『ディミトリ』(生田大和脚本・演出)を観た。13世紀ジョージアを舞台とする歴史物である。今回、幸いなことに3回(後で述べるように新人公演を含めると4回)観劇することができた。最初に簡単にあらすじを紹介する。

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タマル女王時代に繁栄を極めたジョージア王国。現在はその息子ギオルギが統治している。ルスダンはギオルギの妹にあたる。主役のディミトリはイスラム教国であるルーム・セルジュークの第4皇子であるが、「人質」として少年の頃からジョージアに預けられていた。ルスダンとディミトリは歳も近く、王宮で仲良く成長する。

突然のモンゴル軍の襲来により兄ギルギオ王が深傷を負ってしまう。死を悟ったギオルギは、ルスダンにディミトリと結婚して王位を継ぐよう言い残し亡くなってしまう。女王とその王配として国の命運を背負うこととなったルスダンとディミトリだったが、異国出身であるディミトリのことを副宰相アヴァク・ザカリアンをはじめとする廷臣たちはよく思っていない。ディミトリは政治の表舞台から退き、影の存在としてルスダンを支えることを決意する。

ルスダンとディミトリの苦難はつづく。モンゴルの侵略によって国を失ったホラズムの帝王(スルタン)ジャラルッディーン率いる軍勢がジョージアに侵攻する。ジョージア軍はホラズム軍の猛攻を受けて崩壊状態になってしまう。ディミトリは愛するルスダンとジョージアを守るために敵国であるホラズムと同盟関係にある母国と密かに通じるのだが、ザカリアンらの手引きにより、その様子をルスダンに目撃されてしまう。夫の裏切りを知ったルスダンは絶望し、自らも夫を裏切る行為に出てしまう・・・。

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ここからは、舞台を観て感じたこと、考えたことを思いつくまま自由に記していく。なお今回、私としては珍しく観劇と並行して原作小説を読んだので、舞台と小説との違いにも言及している。

今回の舞台でもっとも印象に残ったのは、やはりルスダン(舞空瞳)とディミトリ(礼真琴)の密度の高い芝居である。二人のすれ違いの場面は、見ている側も心を抉られる。寝室で妻の不貞を目撃したディミトリが不貞相手のミヘイル(極美慎)を刺殺し、ルスダンと口論になる場面は、ほとんど正視できないくらいである。無邪気な子ども時代を含め、互いに手を取り合って生きてきたそれまでの関係性を息ぴったりに演じているために、余計にこの場面が心苦しく感じられる。

ギオルギ王を演じる綺城ひか理もよかった。おおらかでやさしく、かつ己を律する厳しさを持ち合わせた、気品あふれる若きジョージア王を好演していた。もともと身長があり、堅実な芝居ができる男役だったが、今回の役でさらに演技力が深化したように思う。組み替え後の花組でも大いに活躍してくれるのではないか。

ジャラルッディーンを演じる瀬央ゆりあにも、やはり注目してしまう。中盤以降に登場することになるが、大変しどころのある役柄だ。幽閉されたディミトリを助けに現れるシーンは、毎度鳥肌が立つほどカッコいい。ディミトリ最後の場面で彼を抱きとめることができるのは、この人しかいないだろう。ジャラルッディーンの忠臣ナサウィーを演じる天華えまにも目が向く。飄々としつつ主人に対する熱い想いをもった個性的な人物であり、天華にピッタリな役だと思った。

ところで今回、はじめて新人公演を生で観劇することができた。主演は天飛華音と藍羽ひよりである。かのんくんは3回目の新公主演ということもあり安心して見ることができた。驚いたのは107期生の藍羽ひよりの大人びた演技である。歌・芝居とも安定感があって、とても研2とは思えなかった(彼女は本公演ではタマラ王女を演じている)。周囲の感想を見聞きする限りでも新人公演としては出色のクオリティであったらしい。本公演と比べると特別な感じがあって、単なる観劇というよりまさに公演に”参加”しているという感じがした(天候が悪く、土砂降りのなか劇場に駆けつけたこともよい思い出である)。かのんくんたちの演技もよかったのだが、新人公演に参加したことで、本公演のまこっつぁんとひっとんの演技の妙にあらためて気付かされた。やはりいっしょに組んでこれまでやってきたからこそ、あれだけ思い切ってぶつかっていけたのだと思う。

つづいて、小説版との違いについて私が気になった点について記していく。原作小説を読むと、舞台が基本的には原作に忠実につくられてることがわかる。ただし、いくつかの違いもある。わかりやすい変更点はタイトルが『斜陽の国のルスダン』から『ディミトリ』に変えられていることだろう。宝塚のお約束として、男役が主役でなくてはならないというのがある(タイトルだけでいうと『エリザベート』や『アナスタシア』といった海外ミュージカルでは例外もあるが)。数々のナンバーが用意され、礼真琴演じるディミトリの心境が原作以上に伝わってくる。

タイトルが変えられているとはいえ、やはりルスダンが物語の中心であることには違いない。ただ、原作ではルスダンの成長や心境の変化が言葉によって描写されているが、舞台上では演者の表情や仕草でそれらを示す必要がある。たとえば、原作では例のディミトリの裏切り(そしてルスダンによるディミトリへの裏切り)の事件以降、氷のように感情を閉ざし、冷酷な美しさをたたえるようになったルスダンの様子が描かれる。この辺りのルスダンの変化をどう表現するかは、演じるひっとんにとって一つの挑戦なのではないかと思う。

暁千星演じる副宰相アヴァク・ザカリアンのキャラクターが小説版より膨らまされているのも宝塚版の重要な変更点である。原作ではさまざまな廷臣が担っている役割が、宝塚版ではおよそアヴァク一人に集約されている。ルスダンとディミトリの仲を引き裂く中心人物として、物語を動かす重要な役割を担う。一方、極美慎演じる奴隷ミヘイルは、小説版の方がしっかり描かれている。小説を読むと彼がいかに女王陛下を尊敬(崇拝といってもよい)しているかがわかる。尊敬の念が強すぎたために、あのような行為に及んだと理解できる。しかし、舞台版ではその辺りの事情が省略されているために、やや唐突に感じられる。

もう一つ大きな違いは(映像による演出意外)馬が出てこないところだろうか(笑)。小説版ではルスダンも含めて登場人物らが馬に乗るシーンが多い。最初の方でギオルギ王とディミトリがルスダンの将来をめぐって会話するところも原作では馬上である。騎馬戦を得意としたモンゴル軍も、本来は馬に乗って大地を駆けてなければいけないだろう。もっとも、この点は舞台演出上どうしようもない(以前見た壮一帆の退団公演『前田慶次』では馬が舞台上に登場していたが、これは歌舞伎に倣った演出であり、例外的であろう)。代わりにジョージアンダンスを取り入れた戦闘シーンが、今回の舞台の大きな見どころとなっている。モンゴル軍と対決する場面で、銀橋に居並ぶ男役たちが照明に照らされて登場する場面は、見ているこちら側も思わず身震いしてしまう。躍動的な音楽にのせ、長い裾の衣装を翻しながら踊る男たちの群舞は、勇壮にして優美である。

ほかにもいくつかの相違点があるが、私にとって大事なのは、ほとんど最後の場面で、ルスダンのもとにディミトリの死を知らせる手紙が届くところである。原作でルスダンは、ホラズムからの知らせをディミトリの死の詳細を含めて静かな様子で聞く。一方舞台では、手紙を読もうとするザカリアンを制止し、いつかディミトリが戻ったとき、今度こそ彼が議会に列席できるだろうかと尋ねる。ザカリアンはディミトリに対する自らの仕打ちを悔恨しつつ、ルスダンの提案に心から同意する。ここが私の(何度目かの)涙腺崩壊ポイントである。ディミトリの名誉が回復されるとともに、ジョージアがディミトリの犠牲のもとに再び一つになったことが示される象徴的な場面である。

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舞台を見るまで、「ジョージア」(最近までグルジアと呼ばれていた)について断片的な知識しか持ち合わせていなかった。ヨーロッパの東の果てにある国で、トビリシという首都の名前は聞いたことがあった。あとは、あのスターリンの出身地であること、近年だと黒髪の美形ピアニストとして有名な?カティア・ブニアティシビリの出身地であることくらい。なので、物語についていけるかどうかが心配だったが、生田先生の丁寧な作劇と演出上の工夫のおかげで、心配は杞憂に終わった。

演出上の工夫というのは、美稀千種演じる僧侶とも占い師ともみえる「物乞い」と、小桜ほのかをはじめとするリラの花の化身である「リラの精」とが対話しつつ物語の背景が説明されるところだ。場面が転換するところなどで登場し、説明的すぎることもなくスムーズに物語に入り込ませてくれる。ちなみに、リラの精が歌ったり言葉を発したりするさい、マイクを通した声にエフェクトがかけられていた。この世ならぬものの浮遊感を演出していて効果的であるが、リラの精を演じる3人はもともと歌が上手いので、エフェクトなしでも聴いてみたかった。

『ディミトリ』は、私がみる限りかなりの名作である。原作がよくできていることもあるが、生田先生の脚色・演出、太田先生による楽曲も優れている。まこっつぁんとひっとん以上の組み合わせは難しいかもしれないが、この先たとえキャストが変わっても再演できるくらいのクオリティがあると思う。とにかく涙なしには見れない(マスクを二つ以上用意して臨むべきだ)。そして、初日に近い頃を含め3回の観劇を経て、だんだんと芝居の密度が上がっていることを確認できた。多分行けないけれど、東京公演ではさらによくなっているのではないかと期待する。






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