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【第3回】だいたい250日後ぐらいに腎臓結石で緊急外来に運びこまれる留学生(Poripori2)

2日目
 パリは犯罪が多い。騒乱の街だと思う。実際パリの雰囲気が苦手、嫌いと語るフランス人に出くわすことは多々ある。もしかしたら我々のように、多くの地方出身のフランス人にとってもパリは外国の街なのかもしれない。
 留学を志してやってきた日本人たちにとってもやはりパリは特殊な街である。煌びやかな街、芸術の街、学問の街、そこから期待されるポジティブな留学生活像。そして、実際にパリに訪れ、長期間滞在する際に起こるネガティブな実像とそれとのギャップに、毎回ガツンとアッパーを食らったような衝撃を受け、最終的には打ちのめされる。そんな日本人留学生は既に20年以上も前から大勢確認されているらしく、パリに来た日本人特有の適応障害を指して「パリ・シンドローム」という専門用語すら作られてしまっている。
 具体的に、パリで起こる問題のほとんどはスリである。もっとも、単純にパリの人が他人に冷たいとか、そもそも街が汚すぎるとか、人々の間に明らかな経済格差があることが物乞いの多さからあからさまに分かることとかも、世間を知らない日本人にとってはカルチャーショックの原因足りうるかもしれない。24歳の時の私がまさにそうだったように。
 幸運なことに私はスリで実害を被ったことはない。そして、パリに長期で住もうと志したこともないので、スリに出くわした経験も2回だけである。1回目は、空港に着いた後、パリに向かう電車の中で出くわし、2回目は、何の気なしにルーブル美術館周辺を散歩していた時に出会った。後者に関しては特筆することもないようなツマらないスリだった。狭い路地でアンケートに答えてほしいといったことを言うような素振りをしながら複数人の女性がボードと紙を持ち一直線に近づいてくる。そして、それに意識が向くや否や、一斉に近づいた女性たちがこちらのズボンのポケットに手を突っ込んで中身を抜き取ろうとしてくる。そんな感じの手口のスリである。もっとも、たまたまその時来ていたジーンズがタイトで、私の財布はポケットの奥にキツキツにねじ込まれていたので、彼女たちの弱い握力ではさすがに瞬時に財布を引っ張り抜くことはできなかったのだが。
 1回目の方のスリはまるでドラマであった。被害者は私ではなく大きい乳母車と子供を複数連れた若い移民と思われる女性である。状況から察するに、彼女は我々と同じ車両に乗りこむ直前、通りがかりの男性に「電車の入り口の段差が大変なので乳母車だけお持ちしましょうか」とでも言われ、親切に感じ、はい、と答えてしまうが、実際に乗りこむ直前で「マダム、どの扉もスペースがギリギリなので、私はとりあえず同じ車両の隣の扉から入ります。次の駅あたりでそちらに合流するのでご心配なく。」とでも言われ、答える間もなく分かれて乗車してしまった。その後、次の駅で車内の人が一気に減ったので、男性と乳母車が彼女に合流したのだが、離れたその短い間の時間に、乳母車のカゴか何かに入っていた女性の財布が男に盗られてしまった。たぶんそんな感じの手口のスリだったのだろう。
 私は、彼らが合流した際の一部始終を目撃して、その急に現れた非日常さに心底驚いた。女性の方は、男性と合流した瞬間には既に何かを察していたらしく、さっと手で財布がないことを確認すると、彼に「あぁ、やっぱりあなたスリだったのね。財布がなくなっているわ。」と大声で詰め寄った。周りにいた10人ほどの客の視線が瞬時に男に向けられたが、彼の方も「違います。それは私じゃありません。私は善意でやったにすぎません」と、即座にしかも劇の登場人物であるかのような振る舞いで自己弁護を展開した。そして実際、この男が何かを盗んだという客観的な証拠もないので、結局誰も何も言うことはできず、男は次の駅で電車を降りて行った。男が彼の舞台から勝ち誇ったような表情を一瞬浮かべて去る時、「残念。でも、あなたみたいな人がいることを考えないで信じた私が一番悪いのよ。このお金は社会勉強代としてあなたに支払ったとでも考えておくわ。さぁ行きなさい。」と、女性が放った言葉はいかにもフランス人的であった。

                                          続く


プロフィール
Poripori2
 中学受験で入ったスパルタ校の洗礼をうけ精神を病んだことから、10代のほとんどを引きこもりとして過ごす。その後、何を思ったか24歳で渡仏し、念願の大学生となるが、選んだ学科が運悪く哲学だったために、一銭も儲からない生活を送っている。31歳の今は博士課程に在籍。最近一児の父になった。名前に意味はない。

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