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【終】連載脚本「余命60秒」最終回 (相馬 光)

前回までのあらすじ

「あなたの余命はあと60秒。最期にやりたい事は何ですか?」と聞き、その反応を笑う動画を投稿していた男がある日、自身の余命が幾許もない事を知る。しかし、それをネタに動画を作ればさらに儲けられるのではと思い、今まで散々馬鹿にしてきた人々の願いを叶える為に奔走するうちに、本気で死と向き合い始めるのだが……


「余命60秒」第1回はこちら

「余命60秒」第2回はこちら

「余命60秒」 最終回

○ラーメン屋・内(昼)
   ラーメンを食べながらインタビューし
   た人のリストを見る玲次。
   隣で丼をじっと見る野辺。
野辺「何で言ってくれなかったんですか」
玲次「伸びるぞ」
野辺「言いにくい事かもしれないですけど、一言くらいあっても……」
玲次「(リストを見て)こんなにインタビューしてたんだな」
野辺「永見さんの『時間』ってあとどれくらいなんですか?」
玲次「再生数伸びてるんだってな。1分どころか10分超えてるやつもあるのに」
野辺「答えてください、永見さん」
玲次「……医者なんてテキトーだよなぁ」
   リストを見つめる玲次。
玲次「あと三ヶ月って言ってたのに、進行が早いからとかどうのであと一ヶ月……それが今じゃ元気に動いているのが奇跡だって」
野辺「……行きましょう。お母さんの所」
玲次「はぁ?」
野辺「言うなら……今しかないですよ」
   玲次、野辺を見る。
野辺「あなたのやりたい事、言いたい事は何ですか?」
   俯き考える玲次。
   フッと笑って再びラーメンを食べ始める。
野辺「永見さん……」
永見「(ため息をついて笑う)早くしろ、食ったら出発だ」
   野辺、頷いてラーメンを食べる。

○電車・内
   走行中の車内。
   まばらに人が乗っている。
   車窓を見ている母子、スマホを見ている学生、寝ているサラリーマ ン。
   席に座り人々を見つめる玲次。
   カメラの手入れをしつつその横顔を見る野辺。

○駅・前(夕)
   郊外の駅前。
   玲次の後を追ってカメラを回しながら歩く野辺。
   感慨深げに町並みを見ている玲次。

○アパート・京子の部屋・前
   かなり年季の入った古いアパート。
   ボロボロの『永見』の表札。
   インターホンを押す玲次。
京子の声「はぁい」
   しばらくドタドタした後、京子(48)が出てくる。
   乱れた身なりで、明らかに酔っている。
京子「あら玲次ィ! 何か痩せた? 髪もボサボサだし、ちゃんと野菜食べてんの?」
玲次「(遮って)飲んだの?」
京子「なぁにあんた、カメラなんて連れてきて」
   玲次、震えている。
玲次「……約束しただろ」
京子「約束ぅ? いつしたっけ?」
   玲次、掴みかかる。
京子「キャハハハ! 怖い! DVだ! あ
の人譲りだねえ!」
玲次「(カッとなり)テメェ!」
   慌てて止めに入る野辺。
   玲次を引き剥がす。
玲次「俺は違う! あいつとは違うんだよ!」
野辺「一旦出ましょう! 永見さん! 落ち着きましょう!」 
   野辺、玲次を連れて出て行く。
   京子、投げやりに笑い続ける。

○駐車場(夜)
   車止めに座る玲次。
玲次「期待した俺が馬鹿だった」
   玲次に温かい缶のお茶を渡す野辺。
玲次「もうあいつに言う事は何も無い」
   立ち上がる玲次。
野辺「ダメです」
玲次「わかっただろ! ああいう奴なんだ!」
野辺「まだ話してないです」
玲次「充分話したよ」
野辺「もっとちゃんと、話して下さい。お母さんに言いたかった事や身体の事も……」
玲次「あんなのは母親じゃない」
野辺「……痩せた事、気づいてましたよ。心配してくれてるじゃないですか。十年ぶりなんでしょ?」
玲次「テキトー言ってただけだよ」
野辺「あの人は間違いなく、永見さんの母親です」
   玲次、野辺を見る。
野辺「もう一度、話をしましょう」

○アパート・京子の部屋・前
   インターホンを鳴らす玲次。
   反応がない。
   何度も鳴らす。
   ドアに手をかけると鍵が開いている。

○同・同・玄関
   酒瓶やゴミが散乱している。
   静かに入る玲次。

○同・同・居間
   居間でテレビを付けたままいびきをかいている京子。
玲次「親父と一緒にいると殴られるからさ、財布から金盗んで一日中名画座に居たんだ」
   本棚の上に玲一の遺影。
玲次「親父が死んだ辺りからかなぁ」
   京子を見つめる玲次。
玲次「借金だらけだったってわかって、お袋、必死で働いて……だけど酒が手放せなくなってさ」
   静かに玲次を映す野辺。
玲次「ちゃんと治すって約束したのに」
   窓を開ける玲次。
玲次「人って変わらねえんだな」
   倒れている酒瓶を持ち、震える。
玲次「俺より、酒を取ったんだ」
   衣服とゴミがごちゃごちゃになっている。
   中には玲次の制服も見える。
玲次「俺の思い出も、ゴミと一緒なんだな」
京子の声「まだいたんだ」
   振り向くと、京子が起きている。
玲次「いや、もう帰るよ」
   玄関へ向かおうとする玲次。
京子「余命60秒」
   玲次、動きが止まる。
京子「人様を馬鹿にする様なものばっか撮って……恥ずかしいよ」
   玲次、玄関へ行く。

○ 同・同・玄関
   靴を履く玲次。
   ドアノブに手をかける。
京子「ごめんね」
   ドアを開ける玲次。
京子「……アタシのせいだよね」
   俯く京子。
京子「でも最近のやつ、何か変わったね」
   一歩を踏み出せずにいる玲次。
京子「あんたさ……身体悪いんじゃないの?」
   玲次、ハッとする。
京子「アタシ、映像の事とかよく分かんない
けどさ。そういうのは分かるんだよ」
   京子、玲次の肩に手を伸ばそうとする
   がためらう。
京子「(笑って)何でだろうね」
玲次「(小声で)……ありがとう」
京子「……玲次」
   振り返る玲次。
玲次「ありがとう、ありがとう……」
   下を向き、絞り出す様に言い続ける。

○同・同・居間
   ちゃぶ台の前に座る玲次と野辺。
   野辺、カメラを回している。
   台所で湯を沸かす京子。
京子「ラーメンしかないけどいい?」
   野辺と玲次、一瞬目を合わせる。
玲次「あー、いいよ。ラーメン、最近食べて
ないし」
   野辺と玲次、声を出さずに笑う。
   野辺、本棚を映し、何かに気づく。
   隅にある薄いノートを引っ張り出す。
   『映画研究ノート③』。
   玲次、ノートを見て固まる。
   本棚に他の映画研究ノートが全部揃っている。
   ノートをグッと握る玲次。
玲次「なぁ、おふくろ」
京子「ん?」
玲次「あなたがやりたい事、言いたい事は何ですか?」
   京子、フッと笑う。

○住宅街
   閑静な住宅街。
   玲次と野辺、歩いている。
野辺「まさかお母さんに聞くとは思いませんでしたよ」
玲次「(ぶっきらぼうに)使えるものは親でも使えってな。これでまた新作が撮れる」
野辺「永見さん、照れ隠し下手ですね」
   静かによろめく玲次。
   気づかず歩く野辺。
野辺「じゃあまずお母さんの病院を探して……あれ?」
   振り返る野辺。
   倒れている玲次。

○ タクシー・車内
   ふらふらの玲次。
   野辺が引っ張り入れる。
野辺「近くの病院! お願いします!」
運転手「はい。(小声で)えーっと病院って言われてもなぁ……ここら辺よく知らなくて……」
玲次「(力なく)大丈夫だよ、ちょっと転んだだけだから。駅でお願いします」
野辺「病院を! 今すぐ!」
   振り返る運転手、神谷。
神谷「何、どっちなの……あれ? 永見さんだ! ほらこないだ乗ってくれた!」
玲次「あ、ああ……(と言って笑う)」
神谷「何かふらふらしてんね。飲みすぎたの? ダメだよ、身体大事にしなきゃ」
野辺「あの! 病院にお願いします!」
玲次「(野辺を制して)へへ、すいません」
神谷「はいはい、とりあえず駅前の方、行きますから、どこ行くか決めてね」
   車、走り出す。
神谷「あ、そういや見てるよぉ、『余命60秒』」
玲次「ありがとうございます」
神谷「でも何だかねえ……急にお涙頂戴路線になっちゃって、どうしたの? ネタ切れ?」
   シートにもたれながら聞く玲次。
   苛つく野辺。
神谷「ああいうの嫌いなんだよね。『人間描いてます』みたいなさ。あんなの見せられちゃうと……」
   野辺、思わず運転席の背もたれをグッと掴む。
神谷「泣いちゃうんだよね」
   野辺、ハッとする。
   玲次、神谷の背中を見つめている。
神谷「しょーもない客とか乗せるとさ、本当イラっとする事言われたりするんだよ。だからあんたらの動画に出てるしょーもない奴ら見て笑って憂さを晴らしてたの」
   じっと聞いている玲次と野辺。
神谷「だけどさぁ、最近の見てるとさぁ。ああいうしょーもない奴にも産んでくれた親がいて、愛してくれる人がいるのかもなぁって考えちゃったりなんかしてさ」
   小さく微笑む玲次。
神谷「あの、『乳揉みたい』って言ってた爺さん。手、無くなっちゃうんだろ」
玲次「……ええ」
神谷「笑っちゃって悪かったなぁ」
玲次「……」
神谷「ほら、思い出すとしんみりしちゃうだろ! ちゃんと方向性決めてよぉ。笑わすなら笑わしてくれないとどう見ていいか分かんないじゃん!」
   野辺、静かに泣いている。
神谷「何、厳しすぎた? こんな小言で泣いてちゃダメだよぉ」
野辺「(泣きながら)はい、すみません……」
神谷「そういや、病院行くの? 駅行くの? っていうかどっか具合悪いの?」
   思わず吹き出す玲次。
   泣きながら笑ってしまう野辺。
   二人の笑顔。
   ストップモーション。
野辺の声「その後はあっという間でした」

○ 河川敷(日替わり)
 昼間。四つ葉のクローバーを探した河川敷。
野辺の声「永見は病院に運ばれて、沢山の人が彼を見舞いました。この動画を通じて知りあった人々とは、その後も交流が続いています」
 ケンがバーベキューの準備をしている。
 ナナが料理の準備をしている。
 走り回る大河と夢。
成川「野辺ちゃんとカオリンは?」
ケン「もうすぐ来るって! あっ、侘助さんもう飲んでる!」
  テントでビールを飲む侘助。
  右手は義手になっている。
  成川、紗羅にアロマを嗅がせている。
  紗羅、玲(0)を抱いている。
  玲が泣き出す。
紗羅「玲ちゃんどうしたの? おっぱいですかー?」
   思わず反応する侘助。
   成川、侘助の頭を叩く。
野辺の声「『余命60秒』はこれからも続きます」

○駅前
   香が道行く人にマイクを向けている。
野辺の声「新しい相棒も出来ました。まだまだ未熟者ですけど暖かい目で見守っていただけたらと思います」
   香の耳には四つ葉のクローバーの押し
   花のピアスが付いている。

○ 病院・中庭
   明るい日差しが差し込んでいる。
野辺の声「私は監督ではありません。ただカメラを回していただけです。彼と彼にインタビューされた人たちが起こす、小さな奇跡を見守っていただけです」
   看護師と一緒に歩く、パジャマ姿の京子の後ろ姿。
看護師「じゃあそのノートの映画は全部制覇ですか」
京子「まだあと九冊あるんです」
   映画研究ノート①を持っている。

○タクシー・内
   シートを倒して寝ながらスマホで動画を見る神谷。
野辺の声「病床の永見が、一本の映画にしろって言ったんです」

○映画館・内
   満員の場内。
   スクリーンの前に立つ野辺。
野辺「そしたらまさかこんな事になるとは思いませんでした」
   野辺、トロフィーを持っている。
野辺「この賞は私だけの賞ではありません。永見と、彼と関わった全ての人々が獲った賞です」
   観客席に幼子を抱いた野辺の妻がいる。
   野辺、妻の方を見て微笑む。
野辺「彼とここに上がれなかったのが本当に悔しいです」
   うつむく野辺。
野辺「ただ、今日は特別に病室とライブ映像が繋がっているとの事なので、ちょっと呼んでみましょうか。永見さぁーん!」
   野辺、舞台の隅へ移動する。
   スクリーンに大写しになる病室の玲次。
   痩せてはいるが、目は生き生きしている。
玲次「どうも、死に損ないです! 野辺ちゃん、そのスピーチ寝ないで考えただろ? 目にクマ出来てるぞ」
   微笑む野辺。
玲次「こいつ昔っからそうなんですよ。新卒で入った時も一言挨拶すりゃいいのに、果し状みたいな紙出して自分の夢とか語りだして」
野辺「今関係ないでしょうそれ!」
玲次「『今日死のうと思ってた人が自分の作った映像見て、また一週間頑張ろうかなって思えるような、そんな映像を撮りたい』って言ってて」
野辺「何で覚えてるんですかぁ」
玲次「すげー良いなって思ったんです」
   野辺、スクリーンを見つめる。
玲次「何かわかんねーけど、こいつが『これは良いです!』って言ってくれるモノ作らなきゃなって思ったんですよ」
野辺「永見さん……」
玲次「野辺ちゃん。最高傑作、出来ただろ」
野辺「(笑って)……まだまだですよ」
玲次「マジかよぉ、病人いじめんなよぉ」
野辺「俺らならもっと良いもの作れます。だから……だから早く新作撮りましょう」
玲次「簡単に言うなよ。生きてるのが奇跡って言われ続けて1年経ってんだぜ?」
   笑う野辺。
   舞台袖のスタッフが時計を指差す。
野辺「あ、そろそろ時間みたいです。最後にこの映像をご覧になっている方に言っておきたいことはありますか?」
玲次「あるよ」
   ベッドの中をゴソゴソと探る。

○病院・病室
   マイクを持った玲次がカメラを見つめる。
玲次「あなたの言いたい事、やりたい事は、何ですか?」           

                            完



書いてた時によく聞いてた曲です。

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相馬 光(そうま ひかる)
文芸をやっている。特に脚本を書いている。
脚本『新米姉妹のふたりごはん』
脚本協力『グッド・ドクター』、『ストロベリーナイト・サーガ』など
第29回フジテレビヤングシナリオ大賞佳作『サヨナラニッポン!』
第28回フジテレビヤングシナリオ大賞最終選考『余命60秒』
インターネットウミウシ名義で『書き出し小説大賞』と『文芸ヌー』にも書いている。

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