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映画『吹けよ春風』について(相馬 光)

 このZINEの由来にもなっている、『吹けよ春風』は、黒澤明氏が脚本を書き、谷口千吉氏が監督した1953年の映画です。
 『リーダーズ・ダイジェスト』という雑誌の、タクシー運転手が印象に残ったお客さんについて語る1コーナーから着想を得て脚本を作ったそうです。
 この映画も雑誌のコーナー同様、タクシーに乗る少し変わった客と運転手のやり取りがオムニバス形式で描かれます。

 オープニングの東宝のロゴが出ると同時に小気味の良いドラムが響き、終戦後の東京の路上を駆けるタクシーと共にクレジットが流れていきます。
 それだけでも何故だが胸が温まってしまうのです。
 戦後間もない東京は、信号も無いし、交通法規もあまりしっかりしていなさそうなのです。道を未舗装で、川は汚そう。しかし都電や建物、丸みのある車など景色がべらぼうに格好いいのです。

 クレジットの終わりと共に、この映画に”乗った”ことを示すかのように視点はタクシーの後部座席になります。そしてタクシーのミラーにチラッと映る主演の三船敏郎氏のべらぼうにカッコイイことよ。
 後部座席でじゃれるカップルに困り、頭をポリポリと掻く後ろ姿は映画『用心棒』のオープニングの様でした。これはこの人にしかできない後ろ姿なのだなぁと思います。

 それぞれのお客さんのエピソードは10分〜20分くらいで、明るい話の後には少し悲しい話だったり、スリルのある話が交互に挟まれます。
 そんなアップダウンを繰り返しながらタクシーは街を走り続けるのです。
 最初の子供たちの大群(まじで大群です)には笑いました。でもミフネ演じる運転手は終始子供達に迷惑そうに怒っていながらも、ナレーションでは楽しそうに述懐しているのです。

 基本はコメディが下地にあるからこそ、三國連太郎氏が出てくるエピソードはびっくりしました。
 モノクロ映画だからこそ際立つ陰影とその不穏さがたまりません。
 また、小林桂樹氏のエピソードは酔っ払い特有のしつこさに辟易しつつも笑いましたし(でも行動がちょっと常軌を逸していて度肝を抜かれる)、そこから急展開するのも良かったです。それまで小林桂樹氏が鳴らしていた”ある音”が急に止むのには、めちゃくちゃハラハラしました。
 あの酔っ払いだけは乗せたくない。っていうかあのタコなんなの。

 そしてこの映画の白眉は越路吹雪氏とのエピソード(というかミュージカルシーン)です。
 あまりの多幸感で涙が出てしまいました。
 ただ越路吹雪氏演じるスターを乗せて、神宮外苑の並木道で歌うだけなのですが、このシーンが抜きん出て素晴らしいのです。
 ミフネのぶっきらぼうな歌声もたまらないです。特に照れ臭くて「車」を早口で言ってしまうのが可愛かった。ミフネがこんなにしっかりと歌っているのを初めて見ました。2人の歌声と共に変わっていく東京の街並みと、通り過ぎる人たちの反応も愛おしいのです。

 この映画はモノクロでありながらも”色”が見えてくる作品です。特に越路吹雪とのエピソードが終わってからはあの車が黄色に見えてくるのです。

 見終えてから胸いっぱいになる愛おしい映画です。
 見た人が三船敏郎が運転する、春風のように心地よくてあたたかなタクシーのお客さんになれるのです。

 もしもご興味を持たれた方がいらっしゃいましたら是非ともご覧ください!

**黒澤明 DVDコレクション 46号『吹けよ春風』 [分冊百科] **

 新宿武蔵野館の100周年記念上映で4月にリバイバルで上映される予定だったのですが、延期となってしまいました。
 早くこの映画を劇場で、たくさんの方々に見ていただける日が来ることを心より祈っております。


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相馬 光(そうま ひかる)
文芸をやっている。特に脚本を書く。
脚本『新米姉妹のふたりごはん(4月16日から再放送始まります!)』
脚本協力『グッド・ドクター(4月9日から再放送始まっています!)』、『ストロベリーナイト・サーガ』など
第29回フジテレビヤングシナリオ大賞佳作『サヨナラニッポン!』
第28回フジテレビヤングシナリオ大賞最終選考『余命60秒』
インターネットウミウシ名義で『書き出し小説大賞』と『文芸ヌー』にも書いている。

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