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#278【連載小説】Forget me Blue【画像付き】

 山程あったじゃが芋を未央は本当に手際良く処理したから、今度はコンソメスープとグリーンサラダに使う野菜を切り始めた。一方、佐村はローストチキンを焼く作業に移った。
「フライ返しで押さえて均等に火が通るようにして、皮目が八割、裏は二割くらいの気持ちで焼くのがコツなんだよ。最後はふたをして蒸し焼きにする」
「蒸し焼きにしない方法もあるよね。二、三分焼いたら余熱で中まで火を通す」
「うんうん。そっちの方がパリパリになり易いけど、やっぱり確実に火を通したいから、俺は蒸し焼きにする派かな」
成程なるほど。流石料理男子、それぞれこだわりがあるんやな」
 並んでキッチンに立った佐村と未央が話しているのに、イチは合いの手を入れた。部屋の中には鶏肉の焼ける香ばしい匂いが漂っている——佐村はいつも通りペー太のことを気にしたので、イチは窓を開けに行った。
「そうそう、ローストチキンには可愛いペーパーフリル﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅を付けようね! イチ、百均で買って来た材料があるから、作って貰って良い?」
「ペーパーフリル? 何やそれ?」
 初めて聞く名前に、イチは首を傾げた。すると、まな板の上に載せた胡瓜きゅうりを切っている未央が振り返って「チキンレッグに巻く飾りのことだよ」と答えた。
「おお、あの銀紙の!」
「銀紙の上から被せる紙の飾りだよ。今回は、耐油性のペーパーとマスキングテープで作るよ」
「そんなん、俺に出来るかな……」
「大丈夫! とっても簡単だから」
 佐村はそう言うと、「未央さん、ちょっと代わって貰って良い?」と聞いてローストチキンを焼くのを未央に交代して、コート掛けの足元に置いてあるビジネスリュックの元へ行った。そして中から耐油紙と赤の地に金のハートマーク柄のマスキングテープを取り出すと、「洗濯せんたくばさみも要るんだった!」と言って階段を駆け上って行った(三階の脱衣所兼洗濯機置き場に取りに行くらしい)。
「それとアルミホイルとセロハンテープ、はさみっと」
「おうおう、すみませんなサムさん。何もかも用意して貰って」
「ううん、最初はやり方分かんないでしょ? 後で量産してね」
「りょ!」
 あちこち駆け回って戻って来た佐村に謝ったら、彼はにこにこして首を横に振った。それからイチの隣に腰を下ろし、ペーパーフリルの最初の一つを作り始める。
「まず、エーよんサイズの耐油紙を四分の一に切りまーす」
 佐村はそう言うと、黄色い花柄の耐油紙に折り目を付けはさみで四等分にして、ペーパーのツルツルした面(耐油面)を上にして半分に重ねた。
「この時、折り目が付かないようにするのがポイントでーす」
「ふむふむ」
 イチも四分の一サイズの耐油紙を取り、佐村の手元を見ながら同じようにした。子どもの頃の工作みたいで楽しい。
「そんで洗濯せんたくばさみで固定したら、はさみで五ミリから一センチ幅に切れ目を入れて行きまーす。切るのは輪になってるところから半分くらいまでね」
「おお、何となく完成図が見えて来たぞ!」
「ふふ。ちょっと手間が掛かるけど、こういう飾りって雰囲気作りに役立つからね! やっぱりイチと過ごす﹅﹅﹅﹅﹅﹅初めてのクリスマスは、思い切り楽しみたい……」
「ちょっと佐村さん、俺もじーちゃんも居るんですけどぉ。まっ、早めに退散しますけどねぇ〜」
「お気遣い痛み入りますぅ〜」
 イチは切り過ぎないよう注意深く耐油紙にはさみを入れていたが、未央と佐村が互いに舌を出しながらやりとりしたのを聞いて、ブッと噴き出した——余りにも低レベルな争いである。しかし、さっきは本気で刃傷にんじょう沙汰ざたになると思ってやした。
「はい、切り込み入れられましたね。そしたら、裏返しにして五ミリくらいずらして、セロハンテープで固定しますよお」
「ふむふむ」
「次に、テープで止めた方を裏にしてクルクル巻いて、洗濯せんたくばさみで仮止めします。ここでは、親指が二、三本入るくらいの空間を作るのがポイント。俺の場合は二本で十分だけど……」
「ぷっ。サムさんの手、デッカいもんな」
 イチは佐村の言い様にくすくす笑うと、耐油紙をクルクル巻いた。余り器用な方ではないが、彼の言った通り難しくない。
「最後に、巻き終わり部分からふちにマスキングテープを巻いて行きまーす! 柄の向きに注意してね!」
「おう!」
 佐村が選んだハートマーク柄のマスキングテープは思い切り可愛らしかったから、イチは再びくすくす笑いながら作業した。外回りのついでに百円均一ショップに寄って購入したのに違いないが、彼がずらりと並ぶマスキングテープをあれこれ見ているところを想像したら可愛かった。
「はい、最後に輪っかになってる部分をふんわり膨らませましょう。すると……ほら、とっても可愛いペーパーフリルの出来上がり〜」
「おお〜」
 イチは耐油紙の輪の部分を膨らませると、それぞれの手のひらの上に載せられた完成品を見て目を輝かせた。そうしたら、にこっと笑った佐村が「後はレッグにアルミホイルを巻いて被せるだけだからね」と言って立ち上がった。
「チキショー、佐村さん、よがしに兄ちゃんとラブラブして! ムカつくからマーベラスな﹅﹅﹅﹅﹅﹅焼き加減にしてやったわ!」
「おお、流石です、未央さん! 悔しさをばねに頑張りましたね! 交代しますよ」
「うう〜、ムカつく!」
 そんな風に遣り合っている二人を余所よそにして、イチは真剣な眼差しでペーパーフリルを量産し始めた……。

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【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

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