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#268【連載小説】Forget me Blue【画像付き】

 店に着いた時には午後一時を過ぎていたから、それ程混雑しておらずぐに四人掛けのテーブルに座ることが出来た。この店はレジで注文してカウンターへ料理を受け取りに行くセルフサービスだ——席に着くと、ラミネート加工されたメニューブックを渡されるので、何を注文するか相談を始める。
「俺はキーマカレーセットにしよ! ナンか黒米くろごめご飯が選べるけど、勿論もちろん黒米くろごめ!」
黒米くろごめって何? 黒いん?」
「古代米の一種で、いつも食べてる十六じゅうろっこくまいにも入ってるよ! 青紫の色素のアントシアニンを含んでるから紫っぽく見えて、抗酸化作用があるんだよ!」
「そうそう、しかも食物繊維は白米の二倍以上!」
 質問すると料理男子﹅﹅﹅﹅の二人は競うように蘊蓄うんちくを披露し、イチは「はえ〜」と声を上げて感心した。流石、所謂いわゆる意識高い系﹅﹅﹅﹅﹅人人ひとびと御用達ごようたしのカフェである。それから三人共キーマカレーセットを注文することにして、レジへ向かった。

ビーダッシュカフェのキーマカレーセット

「おお、思ったより量があるな」
「サラダにピクルスが付いて野菜たっぷりだしね! まずはスープから頂こう」
 三好と遭遇するかも知れないから、ガブちゃんの個展を見たらぐ家に帰ろうと話していたら料理が完成して、それぞれカウンターへ受け取りに行った。たっぷりのキーマカレーと黒米くろごめご飯、それからサラダが盛られたプレートとピクルスの小皿、更に卵とワカメのスープ、デザートの一口ブラウニーがシンプルな木のトレーに載せられている——セットのドリンクも付いていて、未央はカウピス﹅﹅﹅﹅を、イチと佐村は百パーセントオレンジジュースを選んだ。
「うん、美味しい! キーマカレーにも野菜が沢山入ってるね」
「辛さもそこそこで、素朴な感じが良いな」
「俺、午前中にぼたぼた焼き﹅﹅﹅﹅﹅﹅十袋くらい食べたんだけど、あっさりしてるし余裕で入る!」
「十袋って、ファミリーパックは十二袋入りだから、殆ど食い尽くしてるな……」
 そんな会話をしていたら、店の入り口の方を向いて座っていた佐村が目を見開き、さっきの未央みたいに「あ」と声を上げた。イチは思わず「マジで!?」と叫びながら振り返る——すると、予想通り三好が入って来たところだった。悪夢のような偶然だと思ったが、イチ達が居るのを知って来た可能性もある(この席は奥まっているから、前の道からは見えないはずだが)。
「どうする?」
 例によって声をひそめた未央がそう尋ねたけれど、佐村は今度ははあ﹅﹅とため息を吐いただけだった。だから代わりにイチが「とりま﹅﹅﹅らんりしようぜ」と答える。一方、三好は少し離れた大テーブルの席に着き、渡されたメニューブックを開いたところでイチ達の方は見ていない。
「もしかして、本当に偶偶たまたま来ただけなんかな?」
「さあ……でも、気付かれるのも時間の問題だね」
「話し掛けられたらどうするん? 佐村さん」
 いつの間にか殆どカレーを平らげた未央が、眉を寄せて佐村に尋ねた。すると佐村はうーん、とうなって少しの間考えていたが、パクッとカレーを口に入れるともぐもぐ咀嚼そしゃくして、「とりあえず、気にせずに食事を楽しみましょう」と答えたので、イチはずっこけそうになった。
「あっ、佐村さん!」
 けれども数分して、カウンターで注文を終えた三好が振り返り佐村に気付いた。ぱっと目を輝かせ、イチ達のテーブルに近付いて来る。だからイチと未央は身構えたが、佐村は平然として「こんにちは」と応えた——勿論もちろん目だけ笑っていない。
「皆さんでランチですか? あっ、キーマカレーにしたんですね! 私も同じの頼んだところです」
「三好さんはお一人ですか?」
「はい。この辺、お洒落しゃれだからぶらぶらするの好きなんです。月末にはマルシェもやってるし」
 にこにこしてそう答える三好は、とてもじゃないが卵投げをするような人物には見えなかった。初めてイチに声を掛けた時と変わらず艶のある茶色の髪をカールさせ、綺麗に化粧をしていて薄いピンクのタートルネックセーターにベージュのゆったりしたパンツを合わせている。履いているのはキラキラしたスパンコールの付いたシルバーのバレエシューズだ——華奢きゃしゃな手首にはピンクゴールドのベルトの腕時計が嵌められていて、指にはいくつかのファッションリングが光っている。どこかに彼氏が居るだろう、と探してしまうようなよそおいだ。
「イチ、食べたらぐに出ようね」
「お、おう」
「この後どこかに行かれるんですか?」
「はい。大事な用事があって」
「そうですか。それじゃ、お邪魔しました」
 佐村の返事を聞いて、三好はあっさり引き下がった。けれども席に戻った後もイチ達の方を見ているから、ぞくっとした——外見から想像するのと実際の性格に随分ギャップ﹅﹅﹅﹅がある。
「味がしねぇ……」
「ごめんね、せっかくのカフェご飯﹅﹅﹅﹅﹅だったのに」
「サムさんが謝ることじゃねーだろ……」
「キーッ、ムカつく! 一言ガツーン﹅﹅﹅﹅と言うの、我慢するの大変だった!」
 出来るだけ急いでカレーを食べながらそう呟くと、佐村が気遣ってくれた。一方、カウピスを飲み干した未央は座ったまま地団駄じだんだんだ(勿論もちろん三好には聞こえないようぶうぶう言った)……。

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【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

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4,299字

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