見出し画像

#264【連載小説】Forget me Blue【画像付き】

 そうして用事を済ませ安心したイチは、午後は丸丸まるまるノンフィクション小説を読んで過ごした。心臓外科医が書いたもので、手術の描写は手に汗を握る。後書きを読み終え、ぱたんと本を閉じて顔を上げたら、窓の外はすっかり暗くなっていた。壁時計の針は午後六時十二分を指している——もうぐ佐村が帰って来る。
『お疲れ。帰り道、気を付けてな』
 昨日三好に遭遇したばかりだから、イチは不安になってそんなラ◯ンメッセージを彼に送った。そして、ほんの五分ちょっとの道程みちのりだし心配は無いはずだと自分に言い聞かせる——その時、メッセージに既読マークが付いたのでホッとした。しかし、少し待っても返信は無い。読んだだけで返す暇が無かったのかも知れないが、彼らしくないな、と思って再び心配になった。
 そうしてイチはじりじりしながら待っていたが、午後六時半を過ぎても佐村は帰って来なかった。だから電話しようと思ってスマホを取り上げた時、ガチャッとドアが開いて「ただいまー」と言う声がした。イチはホッとして、「蒼士! 遅かったな……」と言いながら階段の踊り場へ向かった。
「うん……そこで三好さんに会って」
「ええっ!?」
 しっかり鍵を掛けると、佐村は三和土たたきで靴を脱ぎながらそう答えた。それから受付に直行して監視カメラの映像を確認する。何があったのか聞かなければならないが、今はとにかくモニターを見ている彼のそばへ行きたかったから、イチは手摺てすりを握って階段を下りようとした。
「ああ、駄目だよ。下りて来ちゃ駄目」
「三好さんに何かされたりしてないよな……」
「え、ああ、何もされてないよ。でも『好きです』って言われた……」
「ブッ」
 質問に佐村は浮かぬ顔で答え、イチは思い切り噴いた。仕事帰りの彼を待ち伏せした上、このタイミングで告白するとは……。
勿論もちろん『結婚の約束をしている人が居るので』って断ったけど、『知ってます』って。その後は黙ってるから怖くて、ダッシュで逃げて来た」
「それは怖いな……」
 昨日も現れたばかりなのに、少し行動がエスカレートしているな、と思ってイチは眉を寄せた。けれども矢張やはり、警察に相談するような被害は無いから対策し辛い。陽キャ﹅﹅﹅の佐村にしては珍しく暗い顔をしているので、イチは無理矢理にこっとして「そこ寒いだろ。早く上がって来なよ」と言った……。

【53万文字試し読み】無料で最初から読めます↓

【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

ここから先は

6,759字 / 1画像

この記事は現在販売されていません

この記事が参加している募集

いつもご支援本当にありがとうございます。お陰様で書き続けられます。