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#266【連載小説】Forget me Blue【画像付き】

 そんなこんなで、三好の影に怯えながらもイチ達は賑やかな花金の夜を過ごすことになった。佐村は行き帰りを含めて三十分ちょっとで帰宅すると、「漬け込むのにちょっと時間掛かるけど、めっちゃ美味しいので銀鮭ぎんざけさんの南蛮なんばんけを作りまーす!」と言いながら階段を上って来た。それを聞いて、ソファに掛けてテレビを観ていたイチと、その隣でぴったりくっ付いている未央が歓声を上げた——しかし、佐村は二人を見るなりぷんぷんした。
「ちょっと近過ぎませんか!? 未央さん!!」
「兄ちゃんが寒くないようにあっためてるん!」
嘘おっしゃい﹅﹅﹅﹅﹅﹅、イチは電気ブランケット使ってるのに!!」
「ブッ。『嘘おっしゃい』って!」
 イチが佐村の言い様に噴き出すと、未央が対抗して「佐村さん、ちっとばかり﹅﹅﹅﹅﹅﹅心が狭くってよ!」と言ったので更に噴く(無茶苦茶な口調だ)。そんな阿呆なやりとりをしながらも、佐村は買って来たものを手早く冷蔵庫に入れ、綺麗に手を洗うと愛用のエプロンを着けた。
「そう言えば、今日のエコー写真も綺麗に撮れてたね。ポカンとお口開けて、可愛い」
「えっ、そうちゃんのエコー写真あるん!? 見せて見せて」
 ダイニングチェアに移動したイチを見て(勿論もちろん未央もそばに腰を下ろした)、ふと佐村がそう言った。すると、未央がパッと目を輝かせてイチに強請ねだる——だからイチはよっこらしょ、と言って立ち上がり、コート掛けに引っ掛けてあるトートバッグを取りに行った。
「おおっ、相変わらずめっちゃ可愛い……オリジナル﹅﹅﹅﹅﹅の佐村さんは全然可愛くないのに」
「俺だって昔は可愛かったんですよーだ!」
「だろうな。お母さんとお父さんはさぞかし気を付けて﹅﹅﹅﹅﹅育てたんやろな……」
 佐村の言葉を聞いてイチがそう言うと、彼はきょとんとして「全然? 朝から晩まで放置プレイ﹅﹅﹅﹅﹅だったけど」と答えたのでブッと噴く。
「マジかよ!? こんな美少年を……」
「でもまあ、変な人にはたまに声掛けられてたかな。俺、馬鹿だから素直に道教えそうになったり……」
「やっぱり!!」
 そう聞いたイチは、両手を頬に当てて叫んだ。天真てんしん爛漫らんまんな美少年だった佐村は、矢張やは変質者ホイホイ﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅だったのだ——そんな風に青褪あおざめているイチを余所よそに、佐村は鼻歌を歌いながら赤パプリカと黄パプリカを洗っているから、眉を寄せて尋ねる。
「そんで、危ない目には遭わなかったん? 一度も……」
「えっとね、一番ヤバかったのは、お祖父ちゃんの裏山で遊んでた時……」
 きで、佐村は幼少期の恐怖体験を語り始めた。何でも、盆休みに京都の祖父の家へ行った時、親戚の子ども達と近所の子ども達総勢二十人程(最年長でも中学一年生くらいで、最年少は何と三歳)で屋敷の裏山へ探検に行ったそうだ。その時、林の中から赤い帽子を被った中年男性﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅が現れたらしい。
「地元の子達によると、近所で見掛けたことが無い人だって。でも、遊ぶのが上手で……」
 その男性はとても器用で、木の枝で即席の弓矢を作ったり、上手に木登りする方法を教えてくれたりするから、ぐに子ども達はとりこになったらしい。だから探検に向かったのも忘れてきゃらきゃら遊んでいたのだけれど……。
「もう夕方の五時になったから、皆帰るって言ったんだ。そしたらそのおじさん、急に怒り出して……」
 その男性は突然木に上ると、高い枝に引っ掛けてあったロープをしっかり結び付け始めたそうだ。子ども達は何をしているのか分からず、ポカンと見上げていたが……。
「先端に輪っかを作ったんだよね。所謂いわゆる首吊りの……」
「ギャーッ!!」
 佐村がそう言った途端、未央が悲鳴を上げた。イチも何となくその先が予想出来たので、おそおそる「そんで……?」と続きをうながす。
「あ、イチ、ステンレスバットと小麦粉出してくれる?」
 けれども佐村は話を中断してそんな指示を出したから、固唾かたずんで待っていた二人はがっくり肩を落とした。けれどもイチは言う通りにして、彼の隣に立つと「小麦粉まぶすの、俺やるよ」と申し出た。そうしたら、佐村はキッチン収納からフライパンを取り出し、続きを話し始めた。
「結論から言うと、府外から来た自殺志願者だったんだよね、その人。一番年嵩としかさの子が気付いて大人呼んで来て、結局警察に保護されてった」
「ブッ」
「なーんだ! 予想外につまんないオチ……」
「はは。現実なんてそんなもんですよ」
 思い掛けず呆気ない幕切れだったから、未央が伸びをしながら不満を言った。それに佐村は苦笑して応えたが、イチは「今のも十分怖い話だけど、一人の時に危ない目に遭ったことは無いん?」と追及した。すると佐村は「うーん、放課後に一人だったことって、大分大きくなるまで無かったな……」と答えたから、イチは思わず大声で「やっぱ滅茶苦茶めちゃくちゃ人気者だな!!」と突っ込んでしまった……。

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【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

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