#275【連載小説】Forget me Blue【画像付き】
外から聞こえた怒鳴り声は祖父のものだったので、イチは作業の手を止め、未央はダイニングチェアをガタッと言わせて立ち上がった。それから二人は顔を見合わせると、同時に「どうしたんやろ?」と言った。そして耳を澄ませてみるが、何も聞こえて来ないので未央が「俺、様子見て来るよ」と申し出た。それにイチはこっくり頷くと、「気を付けてな」と応えた。
「俺は、いつでも通報出来るようにしとこ……」
ダダダと階段を駆け下りて、あっという間に外へ出て行った未央の後を追って、両手で手摺りを握り注意深く下りながらイチはそう呟いた。恐らく、祖父は三好と遭遇したのだ——ほっつき歩くのが楽しくなったと話していたが、初めから一人で見回りをしていたのかも知れない。しかし、相手はか弱い女性とはいえ祖父は高齢だから、返り討ちに遭うかも知れないととても心配になった。その時、「ラ◯ン」とスマホの通知音が鳴り未央からかと思って見ると、折好く昼休憩になった佐村からだった。
『鶏そぼろ丼と卵と大根のお味噌汁、モリアーティ教授してますかあ?』
そんな呑気なメッセージに、イチは高速でぽちぽち入力して返信する。
『今、外でじーちゃんが三好さんと遭遇したっぽい! 未央が様子見に行ってる』
『ええ!?』
当然佐村は仰天した様子だったが、イチは一先ずスマホをポケットに仕舞うと三和土に下りてドアをしっかり施錠した。すると、再び「ラ◯ン」と通知音が鳴って佐村からのメッセージを受信した。
『お祖父様は大丈夫なの!?』
『分からん。とりま未央に電話する』
イチはそう返信すると、未央に電話を掛けた。すると直ぐ様通話状態になり、イチが口を開くよりも早く『三好さん、もう居ないよ! じーちゃんと今帰る』と言った。
「じーちゃんは無事なんやな!?」
『いや、頬っぺ引っ掻かれてる。腕掴もうとしたらやられたらしい』
「ええ……」
怪我をしていると聞いて、イチは青褪めた。けれども、突き飛ばされたり刃物を出されたりしなくて良かった。そしてやきもきしながら待っていると、三分程して二人の話し声が聞こえ、直ぐに鍵がガチャガチャ音を立てドアが開いた。
「じーちゃん、大丈夫!?」
「おう、すまねぇな、いっちゃん」
「これ、傷害事件だよね!? 写真撮ったし、病院行って診断書書いて貰お!!」
顔を見るなり叫ぶと、祖父は苦笑して頷いた。しかし、頬には赤い爪痕が付いている。そして、続いて入って来た未央は憤然としてそう言ったが、イチがその場に蹲ったのを見て「兄ちゃん!?」と叫び駆け寄った。
「痛い……」
「ええ!? どうしよ、生まれる!?」
「いや、生まれない……」
「いっちゃん、救急車呼ぶか!?」
急激に腹が張って、イチは弱弱しく答えると首を横に振った。きっと安静にしたら大丈夫だろう。
「とにかく、横にならないと!! 俺、クッションとブランケット取って来る!!」
未央はそう叫ぶと、ダダダと階段を駆け上って行った。一方、慌てて突っ掛けを脱いだ祖父はイチの背に手を添え、「横になれるか? いっちゃん」と聞いて狭い玄関の床に横たわるのを手伝った……。
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【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村と出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。
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