#257【連載小説】Forget me Blue【画像付き】
佐村の提案通りのんびり歩いて帰ったし、途中彼の部屋に寄ってタワシちゃんの世話をしたので、家に着いたのは午後七時十分頃だった。「ただいまー」と声を掛けて中に入るなり、鍵を掛けた佐村が満面の笑みを浮かべて「さあさあ、イチ、分かってるよね!」と言ったから、イチは「はぇ?」と声を上げた。
「俺のお願い聞いてくれなかった埋め合わせに、ワンピース、二着共着て見せてよ! まさか嫌とは言わないよね?」
「うっ……分かったよ」
イチは小さく呻いたが、仕方無く言う通りにすることにした。だから先に階段を上ると、二着のワンピースが掛けてあるコート掛けの側へ行った——それから、洗面所で手を洗っている佐村に「ご飯作ってる間? それとも食べた後が良いん?」と聞いた。
「勿論、今直ぐ着替えてよ! 遅くなっちゃったし、俺は超特急で『まるっとツナ缶パスタ』とサラダ作るから」
「『まるっとツナ缶パスタ』? 初めてだけど、美味そうだな」
「パスタは電子レンジでチンするから、凄く時短なんだよ! 俺、もう腹ぺこだから」
「ははっ。あ、じーちゃん、部屋借りて良い? ワンピースに着替える」
「おう。レンタルした方は俺も見てねぇから、そっちから着て見せてくれよ」
「りょ」
イチは祖父の言葉にくすっと笑うと、オズの衣装ケースとアイボリーのワンピースを手に祖父の部屋に向かった。
「わあ! 凄く可愛い……お姫様って感じだね!」
「こんなお姫様が居るかよ! 全く、サムさんも未央も、目に変なフィルターが掛かってんだから……」
「そんなことないよ! あっ、せっかくだし新聞紙敷いて、パンプスも履いてみない?」
「おう。合うか確認しとかないとな」
ワンピースは頭から被るだけで着られるので、イチはあっという間に着替えを済ませリビングに戻った。すると、キッチンの佐村は目をきらきら輝かせて絶賛したから、ぽっと頬を染める——矢張り、好きな人に褒めて貰えるのはとびきり嬉しい。そして、彼の勧め通りパンプスも履いてみることにした。
「うん、ぴったりだね! 靴を合わせたら、更に可愛くなった!」
「本当、ベージュってお上品に纏まるよな……パンプスなんて生まれて初めて履くけど」
「沢山歩くのならスニーカー一択だけど、それも結構歩き易そうだね」
「おう。かなりクッション性があるぞ。未央がクレオパトラの靴は歩き易さが売りだって言ってたけど、本当だ」
そんな会話をしながら、床に敷いた新聞紙の上に立ったイチはその場でくるくる回転して全身を確認した。馬子にも衣装と言うが、こんな格好をしたらちゃんとした女性に見える——フェミニンな服装は趣味ではないが、佐村はとても喜んでいるし意外に悪くないな、と思った……。
【53万文字試し読み】無料で最初から読めます↓
【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村と出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。
この記事が参加している募集
いつもご支援本当にありがとうございます。お陰様で書き続けられます。