#258【連載小説】Forget me Blue【画像付き】
「凄い! このサーキュラー階段、とっても綺麗だね。ヴェルサイユ宮殿みたい」
「そこに飾ってある花嫁さんの写真、ここで撮ってるね」
玄関ホールの中央には木製のサーキュラー階段があり、上りながら目を輝かせた佐村がそう言った。それに未央がこっくり頷いて応える——イチは足を踏み外さないように注意していたから、返事をしている余裕が無かった。
「はーい。ここでは大っきなクマちゃんと一緒に撮りましょうか。あっ、ワンピは途中で着替えようね」
二階は洋館のようなセットになっており、イミテーションの蔦が這った煉瓦の壁や、ヨーロッパの田舎の一軒家のそれのようなお洒落な窓辺等があった。イチは可愛らしい子ども部屋のような一角に案内され、真っ白なフロアクッションに足を崩して座るように言われた——森の指示を受けたアシスタントが、一抱え程もある純白のテディベアを運んで来たので目を見開く。
「大っきなクマちゃん……ちょっと子どもっぽいような」
三十路にもなってクマと一緒に撮影するなんて恥ずかしかったからそう呟くと、森はきょとんとして「そのワンピお姫様みたいだから、ぴったりよ!」と応えたので益益赤くなった。確かに、アイボリーのレースのワンピースには少女っぽい雰囲気がある。イチは選んだ佐村がちょっぴり恨めしくなったけれど、矢張り未央と並んで見ている彼は満面の笑みを浮かべていた。
「ハイ、お次は旦那さんも一緒に撮りましょうね! あ、イチちゃんは彼が準備してる間に着替えて来て〜」
「わ、分かりました……」
テディベアとの撮影も未央と佐村のアシスト(今回は彼の変顔も貢献した)で上手く行き、今度は佐村と二人で撮影することになった。イチはアシスタントの案内で隣の小部屋へ行き、貸衣装の紺のワンピースに着替えた——そうして戻って来ると、椅子に腰を下ろした佐村の髪を森自ら弄っているところだった。
「うーん、素敵! この後、お昼食べたら戻って来てね! お時間大丈夫なんでしょ?」
「え、あ、はい、構いませんよ」
森はイケメン過ぎる旦那さんにすっかり夢中で、承諾の返事をしていないのに、いつの間にかモデルの話を進めている。佐村はやや戸惑っているようだが、顔に軽くファンデーションを付けられながらこっくり頷いた(イチには化粧などしなかったのに、彼にだけ物凄く念入りだ)。
「イチちゃんは椅子に座って、旦那さんは横に跪いてお腹に手を当ててみてー」
「ええ……」
「分かりました!」
今度は背の高い古時計とイミテーションの暖炉がある一角に案内され、森は二人にそんな指示を出した。イチは気後れしてぽっと頬を染めたが、佐村はノリノリで頷き言う通りにした。紺のワンピースに包まれた腹に大きくて温かい手が触れる——慣れている行為だが人前でするのは恥ずかしくて、イチは耳まで赤くなった。
「イチちゃん、照れ過ぎ! ちょっと落ち着こうか? 旦那さんは完璧よ!」
「うっ」
「本当だ、イチ、顔が真っ赤だよ。ふふ、そんなに恥ずかしい?」
「ちょっ……余計に恥ずかしくなるだろ!」
森に指摘されて呻いたら、佐村がおかしそうにそう言ったから、イチは眉を寄せて叫んだ。すると聞いていた森が「怒った顔も可愛いけど〜」と言ったのでブッと噴く。その時、イチの気分を変える為か彼が何気ない口調で言った。
「でも、びっくりしたわ。イチちゃん男の子だと思ってたら、大っきなお腹で現れるんだもの!」
冷水を浴びせられたような気がしてイチは顔を強張らせたが、それに気付いた佐村が優しく腹を撫でてくれた——すると森がにこっとして言う。
「あなたのアジアンで中性的な雰囲気、とっても素敵よ。マーベラスなビューティフルヘアーも相変わらずで、また撮影出来て嬉しいの!」
「あ……」
意外な言葉に目を見開いたら、森が「それに最高にイケメンの旦那さんも連れて来てくれて、超ラッキー!」と続けたのでぷっと噴き出す。その瞬間、フラッシュが光って何度もシャッターが切られた……。
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【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村と出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。
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