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スポーツの日2023限定SS「大人の嗜み」

 毎月最終日曜日に開催されるTマルシェに出店する、佐村御用達ごようたしの唐揚げ専門店「あるもん」は、Tの地元プロサッカーチームの「Tヴォリティス」の試合がある日は、スタジアムの屋台村へ行ってしまいTマルシェには来ない(試合も日曜日に行われることが多い)。
「サムさんの趣味って料理とハリネズミ? だよな……」
「え、何? 薮からステックに」
「いや、ふと思ったんだよ。俺の趣味って何だろうって……」
「ええ?」
 今日は花金だから、イチと佐村は夕食を食べた後、話しながらカフェオレを飲んでいた(茶請ちゃうけはしっとりした食感が人気のチョコチップクッキー「カントリーマダム」)。マグの中身をすすったイチがそんなことを言い出して、佐村はきょとんとした。だからイチは訳を話し始める。
「さっき、『大人になってから始めるコスパの良い趣味』の特集記事を読んだんだよ。そんで、俺はコスパとかはあんま気にしないけど、そもそも趣味自体無いのに気付いて」
「え? そんなこと無いじゃん。映画観たり本読んだり……」
「確かにそうだけど、映画鑑賞とか読書が趣味って他人に話しても、つまんない奴って思われそうだから、無いのも同然かなって」
「ええ、そう?」
 確かに、佐村の言う通りイチの趣味は映画鑑賞と読書だろう。しかし、料理はともかくハリネズミの飼育のような、他人とは一味違う趣味ではない。別にそれでも構わないが——第一、この先は子育てで手一杯になるだろう。
「オタクとか一部のガチ勢﹅﹅﹅を除いて、大抵の大人は続けられる趣味や習い事を敢えて﹅﹅﹅やってるんだよな。理由は人付き合いの一環だったり、生活の潤いとしてだったり……」
「俺の場合は、料理は趣味と実益を兼ねてるけど、ペットはただ動物が大好きなだけだから……」
「ペット飼いはそういう人多いやろな」
 佐村の言葉にこっくり頷いて、イチは再びマグを口元へ運んだ。そういえば、コーヒーをれるのも趣味と言えるかも知れない——しかし、この世界はとんでもなく奥が深いから、人に言う程ではないよな、と思い直す。
「スポーツ鑑賞とかもメジャーな趣味だよね。サッカーとか……地元のチームを応援すると、郷土愛も深まるしね」
「そうそう。スポーツ鑑賞とかは一体感が凄いみたいだもんな。俺はワールドカップの時くらいしか観ねぇけど……」
「郷土愛、良いよねぇ。俺もTをもっともっと愛せるように、何か地元のチーム、応援してみようかなあ!」
「おお、良いね。やっぱヴォリティス?」

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【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

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