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#135【連載小説】Forget me Blue【試し読み53万文字】

【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

「それじゃあ、行ってくるね」
「うん。行ってらっしゃい」
 明くる日、イチは駐車場の受付の前で出勤する佐村を見送った。
 昨日は月曜が憂鬱になりそうだなんて言っていたくせに、元気良く歩いて行く。そんな後ろ姿が角を曲がって見えなくなると、イチは家の中へ入った。
 徒歩一分の道程でも何があるか分からないからと、出勤ついでに彼が付き添ってくれたのだ。心配し過ぎじゃないかと思ったが、一人で倒れた前科があるので文句は言えない。

「ペー! ペー!」
「ん? どうしたペー太」
 階段を上ってリビングに入ると、ケージの中のペー太がうるさく鳴いた。近づいたら嬉しそうに飛び跳ねて、正面扉のそばで小首を傾げておねだりしたから、ダメダメと首を横に振る。
「この前、ペー太さんはコーヒーの中に投身自殺未遂したからな。仕事終わったら出してやるよ」
「本当、危なかったなあ! 鳥があんなことするなんて、知らなかったや」
 ペー太に話しかけたのを聞いた祖父が顔を上げてそう言った。それにイチは「それな!」と応えると、作業のお供のコーヒー(一日二杯までの制限付き)をれにキッチンへ向かった。

 珍しく筆が乗って十時ぐらいまでノートパソコンに向かっていた。ふと顔を上げると、隣でテレビを観ていた祖父は居眠りをしていて、イチはくすっと笑うと落ちそうになっている膝掛けを直してやった。
「俺もちょっと寝よっかなー。どうしますか、聡一?」
 イチはそう言うと、やや膨らんだ腹を撫でた。こんな風に思い出したときに声を掛けるようにしていて、そうすると少し不安が和らいだ。

 それから本当に少し眠ることにして、イチはノートパソコンを充電ケーブルに繋ぐとテーブルに置き、三階の自室へ向かった。ずっと留守にしているから布団が干せていないのだけれど、久しぶりに一人でぐっすり眠るのも良い。もちろん佐村と一緒に寝るのは好きだが、気付いたら抱き締められているのでちょっと暑い。
「さてさて、やれやれ……」
 意味無く呟きながら、ごそごそとベッドにもぐむ。リモコンで電気を消したが、部屋の中は遮光カーテンの隙間から漏れる光で薄明るかった。
 目を閉じようとして、ふと昨日のことを思い出した。再会した守谷と何を話したか聞かなかったが、数十分も話し込んでいたなんて……積もる話があったのだろうが、やっぱり気になった。
 離婚して独り身なら、超イケメンの同級生に偶然再会したら色色いろいろ思うことがあるかもしれない。けれども全部イチの勝手な想像だから、さっさと忘れることにして目を閉じた……。

 ハッと目が覚めて、枕元の目覚まし時計を確認したらなんと夕方の四時になっていた。
「はあ!? 四時って! 寝過ぎだろ……」
 昼食も食べずに眠っていたなんて、と自分自身に呆れる。祖父は気を遣って起こさなかったのだろう。
 寝乱れた黒髪をガシガシ掻きながらスマホを見たら、昼に佐村からのラ◯ンメッセージを受信していた。
『お昼食べた? お弁当美味しかったー。自分で言うのも何だけど』
 イチはくすっと笑うと、返事を書きはじめた。佐村の昼食は手製てせいの弁当だ。
『今起きた……。昼ごはんは食べ損なった』
 そんなメッセージの後に、クマが呆然としているイラストを送信した。それからため息を吐き、「トイレトイレ」と呟きながら部屋を出た……。

「ただいまー。イチ、お祖父様、お土産買ってきたよー」
 六時過ぎ、いつもより少し遅く佐村が帰って来た。イチが階段の上から顔を出すと、にこにこした佐村が「21トゥエンティーワンのアイス!」と言って、大手アイスクリームショップの袋を見せた。
「おかえり! どしたの、珍しい」
「外回りでイ◯ンの方行ったからさ。帰りにフードコートまで走って買って、会社の冷凍庫に入れてたんだ。でももう少しで食べられそうになって焦った! マジックで名前書いてたのに……」
 口を尖らせてそう言うのにあははと笑うと、アイスの袋を受け取った。中を覗くと、カップが四つ入っていたから一の分もある。
「それにイチ、お昼ご飯食べてないでしょ? カロリー足りないじゃん」
「ええ、まあそうだけど……アイスで補うのもな」
「美味しかったら正義よ、正義」
「ぶはっ」
 いつかのイチみたいな言い様に噴き出しながら階段を上る。リビングに入るとソファの祖父が振り返って「佐村さん、おかえり」と言った。

「お、ジャンピングシャワー味あるじゃん」
 ミントアイスとチョコアイスを混ぜたフレーバーが入っているのを見て、イチは目を輝かせた。ライトグリーンのそれは、21トゥエンティーワンアイスで一番好きなフレーバーである。
「前に好きだって言ってたなと思って。自信なかったから合ってて良かったー」
「サムさんは何にしたん?」
「ストロベリーとメロン、それからサンライズサーフィン!」
「おお、色鮮やか……」
 最後の「サンライズサーフィン」はライチとココナッツにパイナップルのアイスを組み合わせた夏季限定のフレーバーだ。色鮮やかなカップの中身を見て、イチは流石のチョイスだな、と感心した。

 その時、佐村のスマホがピコーン! と鳴って、聞き慣れない通知音に何だろうと思った。佐村も同じだったようで、「何のアプリの音?」と呟きながらスマホを見た。
「……」
 ほんの少し眉を寄せて画面を見ているから、「どしたん?」と聞いた。すると歯切れの悪い返事をする。
「なんか、フェ◯スブックのメッセージ……守谷さんから」
「えっ!?」
 イチは驚きながら、昨日の今日で行動アクション早いな、と思ってからやっぱりな、とも思った。何でも無いような顔をして「どうするん?」と聞く。
「んー、シカティング﹅﹅﹅﹅﹅﹅しちゃおっかな!」
「シカティングて!」
 意外な答えにアイスを噴きそうになる。すると佐村はスマホをテーブルに置き、アイスをスプーンですくうとパクッと食べた。
「シカティングて、そんなんしていけるん」
「良いの良いの。返事しても良いことないし」
「ええ……」
 イチは流石だな、と感心しながらも佐村もそこはかとなく﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅感じて﹅﹅﹅いたのだな、と思って(守谷に対して)少少しょうしょうムッとした。
「婚約してるってことは言ってたん?」
「うん。ここに住んでるの? って聞かれたから」
「マジか……」
 それなのに突っ込んで来るとは、守谷も中中﹅﹅である……。

 守谷の件は佐村があっさり解決したので、イチは安心して絶対安静生活三日目に突入した。
 昨日みたいに佐村に送って貰って、今日も二階のリビングへ上がる。するとダイニングテーブルの上にメモ紙があるのに気付いた。
『いっちゃんへ(ハートマーク)今日はパパ、いつもより早く帰って来ます(ハートマーク二個)』
「……」
 おっさんの書く文じゃないやろ、と心の中で突っ込みながら無言でメモ紙をテーブルに戻した。
『今日は父ちゃん早く帰って来るって。ごはん要るかも』
 ソファに腰を下ろすと、ノートパソコンを開く前に佐村にラ◯ンメッセージを送った。滅多に早く帰って来ない一は高校の近くにあるスーパーの惣菜を夕食にするから、普段は彼の分を作らないのである。
 それからノートパソコンを開くと、作業に集中した……。

 今日は用心してアラームをかけたから、寝過ごさずに済んでちゃんと昼食を食べることが出来た。それから午後は丸丸まるまる執筆に当てて、ふと壁の時計を見たら五時半になっていた。目頭を揉みながらうーん、と伸びをして立ち上がる。
「なんか食いてえな……」
 空腹だが、もうすぐ佐村が帰って夕食を作ってくれる。すっかり集中していておやつを食べるのを忘れていた。
「そうだ、◯テン棒食べよ。カロリー的にノーカンやろ、ノーカン」
 名案が浮かび、いそいそと冷凍庫を開けた。ちなみに◯テン棒アイスは一本当たり五十四キロカロリーである。
「◯テン棒! ◯テン棒! ってええっ!?」
 冷凍室に縦置きしてあるアイスの紙箱に手を突っ込んだが、なんと空だった。ショックを受けて叫んだら、ペー太が「クソクペ!」と鳴いて対抗したので「いやマジでクソだよ!!」と応える。
「未央の奴ー! 全部食べたなら食べたって報告しろや!」
 ぷりぷりしながらそう言い、今すぐラ◯ンメッセージで文句を言ってやろうとスマホを手に取る。
 その時、ピンポン、とインターホンが鳴ったのでおや、と思った。
 急いで階段を下りようとしたらかさず祖父に止められたので、手持ても無沙汰ぶさたになってダイニングチェアに腰を下ろした。まだアイスに未練みれんがあったから、佐村に言って帰りに買って来てもらおうかな、と思ったが、夕飯の支度が遅くなってもいけないし、と我慢した。
 そんなことを考えていたら、階下で客に応対していた祖父に「いっちゃーん! ちょっと来てくれい!」と呼ばれたので、何事かと見に行った……。

「え!? 父ちゃんどしたん!?」
 階段を下りると、玄関で一がひっくり返っていたのでびっくりした。それから祖父と介抱している人物を見て、さらに驚く。
「ええっ! もしかして、キンカチョウの……」
「ええっ!?」
 ぼっちゃんりに黒縁眼鏡の背の高い彼は、ペー太の飼い主かもしれないとメガド◯キで待ち合わせした山田やまだまさるだった。イチに気付くと目を見開いている。
「えっと……」
「山田です。その節はお世話に……」
 名前が思い出せなくて口籠くちごもったら、山田は恥ずかしそうに笑って名乗った。
「え、もしかして父ちゃんの……」
「はい。同じ国語科で……」
 なんと一の同僚だったと知って仰天した。それからハッとすると倒れている一に「父ちゃん!」と声を掛けて揺さぶる。
「ぐえ〜……」
「ぐえ〜って!!」
 かえるみたいなうめごえを上げたのに呆れていたら、困り顔の山田が説明した。
「佐藤先生、面談終わった後アイス食べたんです。でもお酒入ってたのがいけなかったみたいで……〇コンマ六パーくらいだったんですけど」
「えっ!? 酒入りアイスって何!?」
「レミーチョコのアイスです。ラムレーズンの……」
 昔からある洋酒入りチョコレートのアイスを食べたと聞いて、イチは眉を寄せた。とんでもない下戸げこだから(というかアルコールアレルギー)普段から気をつけているのに……。
「美味しいよって、他の先生が分けちゃったんです。ほんのちょっとだから大丈夫だと思って……。本当、すみません」
 そう聞いて納得した。度数一パーセント未満ならそう思うのも無理もない。
 山田がしょんぼりと謝ったのにイチは首を横に振ると、「送ってくれたんですよね? こちらこそご迷惑おかけしました……」と言った。

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