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#280【連載小説】Forget me Blue【画像付き】

 長い黒髪をしっかり乾かして自室へ入り、シーリングライトの明かりを点けるとベッドの上にとんでもないもの﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅があったので、イチは思わず「何じゃあ!?」と叫んだ——いや、今更驚くことではないのだけれど。
「改めて見ると、かなりハードルたけぇな……」
 イチの枕元にきちんと畳んで置かれている、黒のマタニティブラジャーと同じ色のワカール﹅﹅﹅﹅のパンツ(パールの付いたリボンが縫い付けられていて、ぎりぎり真ん中まで透け透け﹅﹅﹅﹅のレースのもの)を見て、イチは眉を寄せて呟いた。イチのことを女性として﹅﹅﹅﹅﹅愛している佐村は、平気でこんなものを身に着けろと言うが、イチは今まで女物の下着など穿いたことが無い。最初は窮屈きゅうくつだったマタニティブラジャーにはすっかり慣れてしまったが……。
「でも、目の前で着替えるのは恥ずかしいから、今のうちに穿いとこ……」
 佐村はもうぐ帰って来るだろう。けれども、着替えているところをじっくり﹅﹅﹅﹅見られるのが嫌だったから、イチは寝間着ねまきのTシャツとスウェットパンツを脱ぐと、ブラジャーとパンツを身に着けた。
「何か、チ◯ポジ﹅﹅﹅﹅がおかしくなるな、これ……」
 黒のショーツはサイズがぴったりで安心したが、男の象徴﹅﹅﹅﹅が押さえ付けられるから穿き心地は良くなかった。しかも、ぎりぎりまでレースになっているせいで、ともすればソレが丸見えになる。だからイチは慌ててスウェットパンツを穿いた——それから今夜のことを想像して赤くなっていると、佐村が階段を上りながら「イチー?」と呼ぶのが聞こえた。いつの間にか帰宅していたらしい。
「わわっ」
「え? どうしたの、イチ?」
「お、お帰りサムさん。何でもないよ……」
「そう? じゃあ、お風呂入って来るね!」
 ノックも無しにドアが開いて佐村が顔を出し、イチはびくっとして声を上げた。すると彼はきょとんとしたが、ベッドの上の下着が無くなっているのには気付かなかったのか、そう言ってぐに顔を引っ込めた。
「先に寝たら怒られるよな……」
 一人残されたイチは、意味も無くきょろきょろするとそんな独り言を言った。いや、しっかり「パスンちゃん」は貰ったのだし、約束をたがえる訳には行かない——けれども、恥ずかしくてたまらない。だからイチはまぎらわせる為、スマホで巨大掲示板「ちゃんねる」の書き込みをまとめたブログ(所謂いわゆるまとめブログ)を読み始めた。すると、興味深い記事がいくつもあったのでいつの間にかふけってしまい、気付いた時には再びドアが開いて佐村が入って来た。
「あれ、電気点いてる。イチ、待っててくれたんだね……」
「いや、野生のチワワ﹅﹅﹅﹅﹅﹅がさ……」
「は? 野生のチワワ?」
「アメリカで野生化したチワワの軍団に、男性が噛み殺されそうになったらしいぞ」
「ええっ」
 佐村はベッドに横になっているイチを見て嬉しそうになりそう言ったが、イチは直前まで読んでいた記事のことで頭が一杯で、笑い出しそうになりながら内容を教えた。すると彼は頓狂とんきょうな声を上げたから、余計におかしくなってげらげら笑う。
「もう、イチ、わざとでしょ!」
「え?」
「恥ずかしいからチワワで誤魔化ごまかそうとしたんでしょ!」
「えっ、そ、そんなことは……」
「ブラとパンツ着て待っててくれた癖に、天邪鬼あまのじゃくなんだから!」
「え、気付いてたんかい!」
「当たり前でしょ! 朝からずーっとイチのパンツ姿のこと考えてたんだから……」
「わーっ! 声がデカい!」
 イチは今更ながら隣室に一が居るのを思い出し、大声で佐村の言葉を遮った。すると彼はニヤッとして﹅﹅﹅﹅﹅﹅寄って来たから、おたおたして逃げようとする。
「逃げちゃ駄目! クリスマスプレゼントなんだから、絶対サービスしてよ……」
「あっ」
 背後からぎゅっと抱き締められて、イチはあえかな声を上げた。するとぐに熱い吐息が首筋に掛かり、ざらついた舌でねっとりと舐め上げられた。
「駄目……サムさんっ」
「じゃあ、自分で服脱いでよ。そんで、下着姿見せて……」
「そ、そんな、無理……」
 不意に体を離した佐村が魅惑的な﹅﹅﹅﹅笑みを浮かべてそう頼み、イチは限界まで赤くなった。すると、彼はベッドから下りて自身の布団の上へ正座したから、「何で正座!?」と突っ込んだ。
「ほら、早く脱いで……しっかり鑑賞﹅﹅させて頂きます」
「ブッ」
 佐村はやけにきりっとした顔をしてそんなことを言い、イチは盛大に噴いた。そして真っ赤になりぷるぷる震えたが、彼は何もしないでにこにこしているので覚悟を決めた。
「わあ……可愛いね。凄く可愛いよ、イチ」
「んな訳あるかい! ち◯こ付いてんだぞ……」
「それがエロいんじゃない。俺、イチの体大好き﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅だよ……お腹がっきいのも可愛い」
「わーっ! やっぱり声がデカい!!」
「イチの方が声デカいよ。絶対今の、一さんに聞こえたよ」
「ええっ」
 ゆっくり脱ぐ方が恥ずかしいから、勢い良くTシャツとスウェットパンツを脱いで下着姿になると、佐村はぽっと頬を染めて褒めてくれた。しかし、素直には喜べなくてぷいと横を向いたら、追い討ちを掛けられたのでイチは思わず叫んでしまった——確かに、今のは一に聞こえただろう。
「じゃあ、ブラは外そっか。でも、パンツは脱いじゃ駄目だよ……」
「何その変態リクエスト﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅!!」
「だから、一さんに聞こえちゃうよ……」
 佐村は正座をやめると、ベッドの上に座り込んでいるイチの方へ身を乗り出してそんなリクエストをしたので、イチは再び叫んだ。けれども真面目な顔で指摘されて、慌てて口を押さえる。すると、大きな手が伸びて来てささやかな膨らみをつかまれた。
「あっ……」
「しょうがないから、ブラは外してあげるよ……そしたら、パンツ穿いたまま俺のにサービスして﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅……」
「そんな……ああ……」
 佐村はイチを抱き締めると、器用な手付きでブラジャーのバックベルトのホックを外しながらそうささやいたから、イチは何が何だか分からなくなってしまった……。

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【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

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