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#253【連載小説】Forget me Blue【画像付き】

 そうして、佐村に確認を取ってからパーティーの日取りを決めることにして、溝口とのやりとりを終えた。勿論もちろんぐに佐村にもラ◯ンメッセージを送る——急にバタバタして来たな、と思ってイチはまたため息を吐いた。
 その後は、午前中読んでいたノンフィクション小説の続きを読んだ。腹が張ったばかりなのでストレッチは止めにして、読書するのに飽きた後は聡一の肌着を通販サイトで選んだ。そんな風に過ごしていたけれど夕方には遂にすることが無くなって、最終的にはスマートスピーカーに搭載されているAI人工知能アレクソ﹅﹅﹅﹅に頼んで、アメリカの最新ヒットチャートにランクインしている曲を次次つぎつぎに聴いていた(朝の事件のせいで目が冴えており、昼寝はしなかった)。
 ようやく午後六時過ぎになり、今か今かと待ち構えていたらガチャッとドアが開く音がして、イチは目を輝かせた。そして「蒼……」と呼び掛けたが、それよりも早く佐村が(挨拶もしないで)「溝口さん、ちょっと図図ずうずうしくない?」と言ったから、思い切り噴いた。
「蒼士、おかえり……溝口さんのパーティー、やっぱり駄目か? っていうか俺が提案したんだよ、パーティーは」
「ただいま。でもやっぱり、凄く図図ずうずうしいと思わない? 誕生日をイチと一緒に過ごしたいっていう理由も許せない……あっ、お祖父様、只今ただいま戻りました」
「佐村さん、お帰り」
 佐村は足早に階段を上って来ると、不満をあらわにした表情でそう言った(けれども祖父には笑顔で挨拶した)。だからイチは苦笑いして話題を変える。
「蒼士、ベビーカー見た?」
「ああ、ベビーカー……それよりも、溝口さんだよ、問題は」
「ベビーカーよりも重要なんかい」
 佐村は昼間はベビーカーの箱を開けるのを楽しみにしていたのに、溝口への不満で頭が一杯だったのか、受付のチェアのそばに置いてあるそれを素通りして来たのだった。そう思うとおかしかったが、イチは笑うのを我慢して「後で開けてみようぜ」と誘った。
「今日はね、『腹立はらだまぎれ和風コロッケ』を作ります! 白だし使ったやつ」
「そんな名前のレシピあんの!?」
 個性的過ぎる﹅﹅﹅﹅﹅﹅レシピ名を聞いて思わず叫んだら、佐村は首を横に振り「俺のオリジナルだよ」と答えてぷうと頬を膨らませた。それに我慢が出来なくなり、イチはあははと笑った。
「じゃが芋剥くよ」
「ありがとう。それにしても、今日は嫌なことばっかりだなあ……三好さんはあれから来てないんだよね? 俺も家入る時、気を付けてみたけど」
「うーん、ずっとリビングに居たし分かんねーな。でも会社に行く格好だったし、昼間は居なかっただろ」
「そうだね。今日はあっちに行かなかったけど、会社は休まないだろうね。でも出勤前に態態わざわざ来るなんて……。彼女、西の方にある実家暮らしって言ってたし、会社はマロンピアO﹅﹅﹅﹅﹅﹅にあるから多分通り道だけど……」
「へえ!」
 佐村の言葉を聞いて、じゃが芋を洗っていたイチは目を見開いた。「マロンピアO」とはT市東部のK港に浮かぶ人工島で工業団地があり、ここから行くのには車で十五分程掛かる(けれども国道から続きの県道をぐ東へ行くだけ)。三好の勤める会社がそこにあると聞いて、彼女はマイカーをどこかに停めて来たのかな、と思った。ここを含め、近所には沢山有料駐車場があるけれど、イチに一言言う為だけに態態わざわざ料金を払うなんて……。
「何か怖いな……」
「何かじゃなくて、凄く﹅﹅怖いよ! 人は見掛みかけにらないな、って改めて思ったよ……」
「そうそう、サムさんはすっかり油断してたもんな」
「うう……」
 思わずぶるっと身を震わせて呟いたら、佐村はぷりぷりしながら同意したので、イチは軽く嫌味を言った。すると彼は小さくうめいたが、唇を引き結ぶとまな板の上の玉葱たまねぎ高速みじん切り﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅にした。
「ヨシ! 後は揚げるだけ〜」
 そんな風に、佐村は腹立ち紛れに﹅﹅﹅﹅﹅﹅いつもより数倍早く作業したから、あっという間に揚げる作業に移った。百八十度に熱した揚げ油にどんどんころもまとったタネ﹅﹅を投入すると、きつねいろになるまで揚げた。

コロッケ

「うおお、美味しそう……」
「ほうれん草の胡麻ごまえも、たっぷり食べてね!」
「おう! じゃあ、いっただっきまーす!」
「いただきまーす!」
 真っ赤なミニトマトと共に皿に盛り付けたコロッケは揚げたてで、まだじゅうじゅうと音を立てていたから、席に着いたイチの口の中がよだれで一杯になった。そして満面の笑みを浮かべると手を合わせ、佐村と声をそろえて挨拶したら同時にパクッと齧り付いた。すると、サクサクした衣の中からふわふわのじゃが芋が飛び出して、ぶたにくの肉汁が口の中にじゅわっと広がった。にこにこしながらもぐもぐ咀嚼そしゃくした後、イチは「美味しい〜」と呟いたが、同じように幸せそうな顔でコロッケを頬張ほおばっている佐村をふと見ると、「この幸せがずっと続けば良いのにな」と願った……。

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【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

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3,968字

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